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手紙

瞼を開けて真っ先に見えたのは、波のような木目が入り乱れる天井だった。それは僕らが寝床として使用していた場所のもので、僕はいつの間にか布団のなかで眠っていた。


「……つばき」


その名前を呼んでみる。けれど、いつもなら「なぁに」と顔を出すあの子が、今日は居ない。自分の掠れた声だけが、誰も居ない部屋に溶けた。


夢、だったのか?

明るく透き通った声。

鼻に焼け付くような火薬の香り。

どれもこれも記憶には残っているのに、どこかおぼろげで。


夢、だったのか。全部。

寝起きのふわふわした頭で考える。

最初から全部、十二年前の夜に「再会」した時から……そうかもしれない、きっとそうだ。妙に納得してしまって、再び眠りの海に揺蕩いかけた、その時。


“ありがとう、穂波。私を探しに来てくれて“


その声が、鮮明に頭に響いた。


「……夢なわけ、ない」


布団を蹴飛ばして飛び起きる。夢じゃない、夢なんかじゃない!確かに君はここに居た。

どこまでも不確かで、不鮮明。

でも、ちゃんと覚えてる。僕の記憶には、一秒も残らず君が居る。


布団の海からスマホを救出する。ホーム画面に4:50の文字がぼわんと浮かんだ。同時に、布団の隙間から白い長方形の紙が顔を出しているのが目に入った。

手紙だった。宛名欄には小ぶりな息吹の字で、【穂波へ】と書かれていた。


「なんだ、手紙……?」


桜のシールで止められた封を、封筒を破かないように慎重に開けていく。

ピシっと折り目のつけられた便せんを開けば、そこにはいつもより少し固めな息吹の字がみっちりと列をなしていた。




『穂波へ

おはようございます。

昨日はよく眠れましたか?和寿さんが作ってくれたお夕飯は美味しかった?


今、急に手紙なんてどうしたのかと驚いてるかもしれない。

無理もないよね。私が穂波に手紙を書くのは初めてだもんね。

でも私はこういう形でないと正直な思いを伝えられないから、どうにか頑張って書いてみます。

長くなると思うけど、どうか最後まで読んでください。


まず、昨日のこと。

取り乱しちゃって、ごめんなさい。


多分穂波が思ってる以上に椿は、私にとって大きすぎる存在でした。

震災前も、震災後、一年に一回しか会えなくなっても。

一人っ子の私にとって、椿は本当のお姉ちゃんみたいだった。学校の友達百人集めても勝てないくらいの親友で、どんな立派な人も霞んで見えるくらいの、憧れの人でした。

誰よりも可愛くて、優しくて、強くて、そして。


唯一、私を私のままで甘やかしてくれる人だった。


私、椿にたくさん相談乗ってもらってたんだ。

学校のこと、進路のこと、人生のこと。

自分の普段の生活からかけ離れた場所にいる人だからかもしれない、不思議と椿にはなんでも話すことができた。


椿は、私の生き甲斐だった。


だから椿がいなくなった今、私は今後の人生をどうやって生きていけば良いかわからない。

悲しいこと、辛いことがあったとき、私は誰に話せばいい?

誰を頼って生きればいい?誰が私の話を、聞いてくれる?


椿が居ない世界での生き方が、わからない』


文字列を追いかけながら、目の前が真っ暗になっていくのを感じた。

なんで、なんでそんなことを言う。

いつも明るい息吹らしくないじゃないか。

そう笑い飛ばせたらよかった。

でも。


息が震える。続く文は読みたくないのに、目は勝手に文字列を追いかけ始める。

そして、気づく。

昨日、僕は息吹になんて言った?自分のエゴで勝手に現実を押し付けたあと、僕は。


“僕らもいい加減、大人になるべきなんだ“


全身の力が抜ける。思わず座り込み、震える手で手紙を握りしめる。

まるで、まるで……そう思いながら読み進め、とある一文でそれは確信に変わった。


『だから、私は椿の元に行ってきます』


遺書だ。


それに気づいた途端、僕は立ち上がり、駆け出していた。


離れを飛び出し、つぼみを膨らませた百日紅の下を駆け抜け、桜門寺の本堂に転がりこむ。

和寿さんはまだ出てきていないようだった。

和寿さん、ごめん。すぐに返すよ。

心の中で謝って、棚にかかっていた自転車のキーを掴み取った。


息吹がどこに行ったのか、見当もつかないわけじゃない。けれどもし、この手紙が本当に「遺書」としての役割を果たしているなら。


和寿さんの自転車にまたがり、僕は思い切り地面を蹴った。

急こう配の坂へ一気に走り出す。両脇を流れていく景色に、自分の心臓の音が重なった。

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