9 祖母との語らい
「そう、辛い思いをしたのね」
「ううん。私は何も分かっていなかった。今にして思えば、幼いからでは済まされないことだと分かるわ。あの時エルちゃんが動いてくれたから、今まで貴族令嬢として生活を送ってこれたの」
「エルは責任感が強いからね」
エリーはナタリーの言葉を聞きながら、切ない微笑みを返した。
「うん。私も……殿下から『もう会えない』と言われて、悲しくてまた自分の部屋に引きこもってしまったの。だから、エルちゃんがどんな気持ちでいたかなんて気づきもしなかった」
「でもあの頃のエルは、気丈に振る舞いながらも頑張っていたわね」
「——そうなの。あの時のエルちゃんは13歳……。自分のことだけで精一杯のはずなのに、私のことでお母様や伯母さまにも掛け合って。お父様と言い合う姿も時折見かけたわ。
そんな時、キース様がエルちゃんとのお茶会で屋敷に来たの。私もララに連れられて、庭園にいるキース様の所にご挨拶に向かったわ。
——そこでは、エルちゃんが泣いていたの。ララには止められたけど、気になって二人に近づいたときに聞こえたわ。キース様は、『大丈夫だよ、エル』て言いながら、エルちゃんの背中を何度も擦ってた。
その光景を見ていたら……ああ、キース様がいて良かったって思ったわ」
「二人はその頃から仲が良かったのね」
エリーはナタリーに頷き同意しながらも、目線を床に向けた。
「でも、エルちゃんが泣いていた理由が気になって、ララに聞いたの。初めは教えてもらえなかったけど、何度もしつこく聞いたら教えてくれたわ。
自分が部屋から連れ出したのに、また私が引きこもってしまったこと。高位貴族のご令嬢に私が馬鹿にされたこと。それは家族の責任だと言いながらも、自分を責めていたこと......、家族にそんな思いをさせてしまうなんて、申し訳ないし、惨めだった」
ナタリーは、言葉を詰まらせ俯くエリーの手を握りしめた。
「そんな風に思う必要はないわ。でも、それであんなにもマナーや勉強を頑張っていたのね。何かあったのかとは思っていたけど」
エリーは情けなさそうに笑いながらナタリーを見た。
「そう……思うわよね。領地に来れば一日中遊び回っていた私が、一日中お勉強しているんだもの。でも、エルちゃんのあんな姿を見てしまったら、何もせずにはいられなかったの」
エリーは、何度も頷きながら手を優しく擦るナタリーを安心させるかのように微笑んだ。
「けれど、そのおかげで殿下との手紙のやり取りも楽しかった。すてきな便箋に綺麗な文字で書かれた言葉たちはみんな特別で……、その手紙は今でも私の宝物なの。
でも憧れの人……、そう思えれば良かった。交わした言葉を思い出して……、もしかして……なんて期待して——。お祖母様、ごめんなさい。まだ、彼の話は無理みたい」
ナタリーは、涙ぐむエリーを自分の胸に引き寄せた。
「無理はしないで。心が元気になれば、きっとまた動きだせるわ」
しばらくすると、エリーはナタリーを抱きしめ返し、その部屋を出て行った。
エリーは自室に戻ると、ベッド横のサイドテーブルの引き出しから白い箱を取り出した。ベッドに腰掛けてそっとその箱を開けると、中には手紙の束が入っていた。エリーは、その手紙を一通ずつ読み進めながら、目に焼きつけているようだ。
(私も大概ね。手紙の内容に喜んで、期待して。自ら動きもしなかった)
全ての手紙に目を通すと、大切そうに箱にしまってから引き出しに戻した。
♢
翌日、エリーは護衛を連れて街に買い物に出かけた。朝食の席で、ナタリーからタペストリーの材料の買い出しを頼まれたようだ。
街は朝から賑わいを見せ、大通りには多くの人たちが行きかっている。その中をエリーは器用に通り抜け、街の中心地にある刺繍店に入った。
店内にはレースやリネンの他に、色とりどりの刺繍糸が所狭しと並んでいる。
その中から紫、ピンク、緑に茶色など、様々な色を選び出して会計を済ませると、出口に向かった。
「買い物はもうよろしいのですか?」
「——少し、待っててもらえるかしら」
護衛に問われ、一瞬考え込んだエリーは踵を返し売場に戻ると、コットンリネンと三色の刺繍糸を購入した。
それから数日後。
エリーは、ナタリーに王宮行きを志願した。