6 幼き日の思い出 ①
「エリーは、覚えていないかしら。幼いあなたはここへ遊びにくると、いつもお友達のお話を聞かせてくれたのよ。——あれは、あなたが8歳の時だったかしらね。エリーの口から、初めて男の子の話が出たから印象的だったわ。『優しくて王子さまみたいなの』ってあなたが嬉しそうに話すものだから、もしかして初恋かしら、なんて思っていたの」
「…………」
「でもね、翌年ここに遊びに来たあなたから、彼の話は出なかったわ。エリーは、周りに心配をかけまいとして黙ってしまうから、もう少し深く話を聞いてあげればよかったと後悔したの」
「心配かけて……、ごめんなさい」
「エリー、謝らないで。可愛い子供や孫のことは、幾つになっても心配なのよ。あなたたちのためなら何でもしてあげたい。この歳になると、大切な人たちのために何かできると思うだけで幸せなのよ。エリーとエマ、それにエルも、みんな立派な大人だし、そんな思いは必要ないかもしれないけど。……それに、今はエリーに助けてもらっている身だしね」
ナタリーは、孫娘でシャロン家の長女エルと次女のエマ、そして三女のエリーをとても大切に思っている。
そんなナタリーが肩をすくめておどける姿に、エリーは体の力が抜けたのかゆっくりと話しだした。
「——お祖母様……昔の話、聞いてくれる?」
ナタリーは、穏やかに微笑みながら頷いた。
「8歳の頃、大好きな友達と会うことができなくて、部屋に閉じこもっていたの。そんな私を心配して、エルちゃんが王宮に連れて行ってくれたわ。
エルちゃんは、婚約者のキース様と一緒に第一王子様のご学友として王宮へ上がっていたでしょう。そんな二人と一緒にお城へ行けることも嬉しくて、とてもはしゃいでいたの。
今にして思えば、ご学友として登城するのに、妹を連れて王宮に行くなんて許されたことではないのよね。私はそんなことにも気づかないで、何度も二人について行ったわ。王宮へ着くと、二人とは別れて庭園を散策して、好きなことをして楽しんでた。
王宮に通い始めて三回目のその日は、初めてバラ園に入ることができたの。浮かれていた私は、侍女と二人で歩き回って、バラ園の最奥にあるガゼボまで行ったわ。
そこには、泣きながら眠ってしまったような……、男の子がいたの」
王宮のバラ園(回想)
エリー8歳 アレックス13歳
「ねえ、ララ。私すこし疲れちゃったの。あそこで休もう?」
「そうですね。ずいぶんと歩きましたし、休憩いたしましょうか」
エリーは侍女のララと手を繋ぎながらガゼボへと向かった。
格子模様の入った白いガゼボの周りには、ピンクのバラが幾重にも重なり、休息するには最適な場所になっている。
「ララ、誰かいるよ。エリーとララも休んでいいか聞いてくるね」
エリーはベンチで横になって眠る少年に近づくと、その顔を覗き込んだ。
「…………」
少年の顔をしばらく見つめていたエリーは、ワンピースのポケットからキャンディーを取り出すと、眠る少年の顔近くにそっと置いた。
「ララ、エルちゃんのところに戻ろう」
「そうですね。心配されているかもしれません。そういたしましょう」
二人は休憩することをやめ、勉強が終わったであろうエルのもとへと戻っていった。
その日以降、エリーは登城するとバラ園へと足を運んだ。幼いながらにも、あの日見た少年の姿には何か思うところがあったようだ。
登城する前日の夜には、小さなポシェットにお菓子やキャンディーを詰め込んでからベッドへ潜りこんだ。
登城すること五回目、エリーはバラ園のガゼボであの少年と再会した。あちらとしては初対面かと思いきや、エリーを見るなり薄く微笑んだ。エリーは、そんな表情を向けられ戸惑いながらもぎこちない笑顔を返した。前回の無防備な姿とは一転、線引きされたかのような彼の表情を幼いながらにも感じ取ったエリーは戸惑っていた。
「君には前にもここで会ったことがあるのかな?」
「……はい」
「そう……、もしかして飴を置いていったのも君?」
エリーは「はい」と小声で答えるが、威圧を感じる彼の言いざまに、膝がプルプルと震えていた。そしてそれを隠そうと、ワンピースの上からそっと脚を押さえた。だが、目の前の少年には全ての動きが見えていた。
少年はそんな様子に微かな笑みを浮かべると「怖がらせてごめんね」、と謝りながら自分の隣にエリーを座らせた。
先ほどとは打って変わって穏やかな顔つきになった少年を見て、エリーは少しだけ落ち着きを取り戻した。しかし、内心では心臓が早鐘を打つかのようにドキドキしていた。
先ほど彼の言動に緊張させられた部分もあるが、それだけではないようだ。日常的に交流のある異性は父親や使用人だけ。自分よりはるか年上の男性としか話したことのないエリーは、自分と年齢の近い少年に釘付けになった。
金髪碧眼の繊細な顔立ちの少年は、エリーが愛読する絵本に登場する王子様そのものだ。そんな相手が側にいて緊張するのも無理はない。
「あの、これ……」
エリーは初めて抱く感情をごまかすように、震える手をポシェットの中に入れるとキャンディーが入った袋を取って少年に差し出した。