5 秘めた想い
ラベンダーの花が開き始めた頃
商業用の畑では、エリーや使用人たち数十名がラベンダーの収穫作業を行っていた。
早朝の涼しい時間、作業に慣れた者たちは、黙々と手を動かしている。
「エリーお嬢様、そろそろ私たちは仕分け作業に入りましょう」
「そうね。ダニエルありがとう。まだ要領が掴めていなくて……助かるわ」
「大丈夫ですよ。作業を何度も繰り返すうちに、自然と身体が動くようになりますから」
エリーはダニエルに頷き返すと、ラベンダーが入った籠を両手に持ち、畑近くの作業場へと向かっていった。
作業場では、二人の他にも慣れた者たち数名で、質の良い花を選別しながら不要な部分を取り除いていく。仕分けたものは洗浄が必要なものは洗浄に、その他のものは束ねて吊るして乾燥させる。
そんな作業を繰り返すうちに、午前の時間が終わる。これを数週間行うようだ。
エリーとダニエルは、作業仲間たちを休憩に行かせると、畑の確認を済ませてからナタリーのいる部屋に向かって歩いて行った。
♢
「二人ともお疲れさま。さあ、昼食にしましょう」
「はい」
「お待たせして申し訳ございません。それでは失礼いたします」
ナタリーに席につくように勧められたエリーとダニエルは、いつもの定位置に腰掛けると今日の報告をし始めた。ナタリーはその話を聞きながら、頷き返事をする。
「作業は順調そうね」
「ええ。私はダニエルに教わりながら作業をしているけど、皆は慣れているし、助けられているわ」
「それは良かったわ。まだまだ作業は続くけどよろしくね」
「はい」
「ところで、タペストリーの図案なんだけど、ステラが描き終えたそうよ」
「えっ、もう? 早いわ。それなら、明日にでも刺繍を入れられるかしら」
「そうね、早く始めた方が良いかもしれないわ……」
「お祖母様、心配しているの? 大丈夫よ、今ステラから刺繍の手ほどきは受けているし、ステラの足を引っ張らないように頑張るわ」
「……違うのよ、刺繍の心配はしていないわ」
するとそこへ、皆の昼食を調理場へ取りに行っていたステラが戻って来た。
「エリーお嬢様、図案ができあがりましたよ。こちらです」
「っ!! ……すごいわ……ステラ、素晴らしいわ……でも、これ二、三ヶ月で終わるかしら……」
「これは……大作になりそうですね」
「喜んでいただけて良かったですわ!」
ステラは図案をエリーに見せるため常に持ち歩いていたようだ。ステラのやる気に火をつけたのはエリーだが、こんな大型の図案を見せられるとは思ってもみなかった。エリーは呆然とした後、瞬きを繰り返しながら気持ちを落ちつかせているようだ。
「ステラ……ありがとう。私……やってみるわ」
「お嬢様、頑張りましょうね!」
「……ええ」
そんな二人の横では、ナタリーとダニエルが献上品を運ぶ役目をどうするか話し合っていた。
「大奥様はご無理をされないほうがよろしいかと」
「そうね。この身体で私が出向いて、ご迷惑をおかけするわけにはいかないわ。でも、式典があるわけでもないから、当主自らが出向くというわけにもいかないわよね」
「それでは、奥様にご協力をお願いするのはいかがでしょうか」
「そうね。テレーズさんなら安心だわ。そうしましょう」
途中から、二人の会話を聞いていたエリーにナタリーが説明をした。
「エリー、いつもは私が王妃様のもとへ伺うのだけれど、今回はテレーズさんにお願いすることにしたの。王妃様の体調面も心配だから、献上品について詳しく説明できるエリーにも同行をお願いしたいの。詳細はテレーズさんに送る手紙に記すけど、エリーからも王妃様に詳しい説明をお願いできるかしら」
「……私が……、王宮に?」
「エリー?」
言葉を詰まらせ俯くエリーを心配したのか、ナタリーはダニエルとステラに部屋を出てもらうことにしたようだ。
二人が部屋から退出すると、ナタリーはエリーをソファーに座らせて、自分もその隣に腰を下ろした。
「……ごめんなさい。お祖母様が体調を崩されたという知らせを受けたとき、早く領地に行きたい……お祖母様のそばにいたいと思ったわ。でも、それだけじゃないの……。私、王都にいるのがつらくて逃げてきたの……」
「……そう」
「彼の…姿を見かけるだけで苦しくて、誰かと一緒にいるところを見たくなくて……。子供の頃から、あきらめないといけないって……分かっていたのに」
「エリーの王子様ね」
「っ!! お祖母さま……どうして?」