4 薬草園と作業場
初夏の季節
ロンマルク地方ではラベンダーの開花時期を迎えていた。
この時期になると観光客も増え始め、街が賑わいをみせる。
当然ラベンダー畑にも観光客は訪れる。そのため畑の手入れをする者たちは、景観の妨げになることを避け、いつもより早い時間に作業を開始する。
ラベンダー畑を楽しみにしている観光客に、「花と香りを楽しんでもらいたい」皆、そんな思いだけで美しい花を維持するために労力をかける。
除草や水やりはもちろんのこと、病害虫がいないかを確かめながら手入れをする。
エリーもまた、観光客が訪れるラベンダー畑の手入れを済ませると、販売するラベンダーを育てる商業用の畑へと移動する。その場所でも同じ作業を繰り返す。
この日も午前中の作業が終了すると、エリーとダニエルは、ナタリーとステラの元へと向かった。昼食を共にしながら、エリーはナタリーにラベンダーの生育状況を報告している。
観光用のラベンダー畑と違い、香りや品質を重視する商業用の畑は収穫時期が早い。そのため、報告と相談は欠かせないようだ。
「それで、早めに収穫したラベンダーを乾燥させている間に、一緒にタペストリーを制作してほしいの。ステラにも負担をかけてしまうけどお願いできるかしら?」
「もちろん、私はそのつもりですよ。大奥様からもそうするようにとお話をいただいております」
エリーはステラに感謝すると、午後からの作業場所である薬草園に向かって行った。
屋敷の裏手には、シャロン伯爵家の者たちが大切に守ってきた薬草園と、少し古びた木造建ての作業場がある。この場所を守るのがシャロン伯爵夫人の仕事の一つでもある。
そこで摘んだハーブや薬草を洗って乾燥させると、作業場に運んで保存する。今は ナタリーの代わりに、エリーが全ての工程を一人で行っているようだ。
幼少期のエリーは、この作業を覚えるくらいナタリーから離れずについていた。とりわけ、この作業場で祖母がハーブの調合をする姿を眺めるのが大好きだった。
かつて目にしていた光景の中で、今は自分がハーブの調合をしている。
嬉しそうな表情で作業をしているが、時折エリーの視線と手元には控えめな態度がうかがえる。
(ここは私が好き勝手して良い場所じゃないわ。ゆくゆくはお母様とエマちゃんの場所になるんだから……)
薬草の入った保存瓶や道具を扱いやすい配置に並べ替えようとして、躊躇しているようだ。
その時、エリーと同じ年頃のメイド服を着た少女が作業場へと入ってきた。
「エリーお嬢様!」
「マヤ、どうしたの?」
「お持ち帰り用の薬草が足りないようで、補充用をいただきたいです」
「そう。何が足りないのかしら?」
「カモミールとローズマリー、あとペパーミント…、それからレモンバームとレモン……」
「レモングラスね……すぐに用意するわ」
(皆、疲れているのかしら。それとも消化が悪い? それとも冷え……かしら)
エリーは保存していたドライハーブを瓶に移し替えると、かごに入れてマヤに手渡した。
「大丈夫? 運べるかしら?」
「大丈夫です! エリーお嬢様、私もいただいて良いですか?」
「もちろんよ。でも、畑作業をしている皆に行き渡るようにしてね」
マヤはエリーに返事をすると、急いで皆の待つ場所へ戻っていった。
ナタリーは普段から、使用人たちに薬草園で採れたハーブをおすそわけしているようだ。エリーもナタリーにならって、皆の為にドライハーブを用意していた。しかし、想定していたよりも量が足りなかったようだ。
(皆、ラベンダーの収穫時期に合わせてドライハーブを保管するために、多めに持ち帰るのかしら? だとしたら、あの量だと足りないわよね)
しばらく考え込んでいたエリーは、何か気づいたのか、薬草園へと急ぎ足で向かった。
(ローズマリーとカモミールは多めに用意した方がいいわね。どうして気づかなかったのかしら……皆、飲むためだけに持ち帰っているわけじゃないのよね)
先ほど補充したハーブを多めに摘み取ると、流水で洗い水気をきり、束ねて風通しの良い場所に吊るし始めた。
するとそこへ、ハーブの補充を終えたマヤが戻って来た。
「エリーお嬢様、補充分もなくなりました。皆さん、何日分持ち帰るんでしょうか」
「マヤ、皆は飲むためだけに持ち帰っているのではないわ。疲れや痛みを和らげるために、湿布などに使うと思うの。実は……私もさっき気づいたのよ」
「湿布?」
「ドライハーブやフレッシュハーブで作った抽出液に、ガーゼやタオルを浸して、それを気になる患部に当てるの」
「知りませんでした……。私もやってみたいです」
「私で良かったら教えるわ。皆、お祖母様から教わったと思うけど、今は動けないから」
「ありがとうございます!」
「薬草もハーブも、自然のものだから全て体に良いというわけではないわ。まずは、そこから話していくわね」
その後、エリーはマヤにナタリーから教わった知識を伝えた。