39 これからは二人で...
最終話です。
領地に到着してから二日後の早朝。
作業着姿のエリーは、王妃が滞在する客室のドアをノックした。その音と共に、王妃が部屋から顔を覗かせる。
「起こしに来てくれたのね。エリー、ありがとう。支度は終わっているからこのまま出られるわ」
既に着替えも済ませ、エリーが来るのを待っていたようだ。
「とんでもないことです。それでは参りましょうか」
「ええ」
晴れやかな笑顔を見せる王妃は、早朝にもかかわらず身のこなしも軽やかだ。
昨日は地域住民から凱旋さながらの歓待を受けた。王妃と王太子妃の訪問。当然と言えば当然だが、王妃が希望するお忍びとはならなかった。これは、アレックスとキースが王妃の計画を練り直したもののようだ。それによれば、地域住民との交流を兼ねたご静養となっている。
領地に足を踏み入れる頃には、王妃と王太子妃を出迎える者たちで街が溢れかえっていた。二人は馬車から手を振り笑顔で応える。その列はシャロン家の屋敷まで続いていた。
シャロン家の屋敷に到着すると、玄関前にはナタリーと使用人たちが列をなして待っていた。
王妃とエリーは、笑顔で出迎えるナタリーに歩み寄ると、軽く抱擁しながら頬を寄せる。王妃はナタリーに快く受け入れてくれたことへの感謝を述べ、隣にいるステラへもタペストリーの感想とお礼を伝えた。王妃はその後も、夜遅くまでシャロン家の者たちと交流を深めた。
こうして一日目は慌ただしく過ぎた。二日目の今日は、今回の目的であるラベンダー畑の見学を予定している。王妃はきっと、ラベンダーを楽しみつつも、人々との交流を大切にするのだろう。少しでも安らいだ時間を過ごしてほしい。エリーはナタリーとテレーズに相談して、王妃を誘うことにした。
使用人が畑作業に入る前の時間帯、エリーは王妃をラベンダー畑へと連れてきた。
王妃は眼前に広がるラベンダーの群れを見渡すと、軽く香りを確かめ、深く息を吐いた。
「......本当に、素晴らしいわ」
「......はい」
王妃はその後もしばらくその景色を黙って眺めていた。
ラベンダーの香りと色合いは、弱った心を回復させて、穏やかな心を取り戻させてくれる。エリーはそれを身に沁みて感じている。
隣にいる王妃を見れば、瞳は潤んでいるが、口元には笑みが浮かんでいる。エリーはその表情を見ると、ほっと胸を撫で下ろした。
三日目以降、王妃は街に下りると住民との交流を図り、テレーズやエリーと出かけると観光を楽しんだ。王妃とエリーの訪問は、観光シーズンも相まって、街はいつも以上の賑わいを見せた。
領地に滞在する二週間、エリーはナタリーと、できる限りの時間を共にした。
「お祖母様、これからは、なかなか領地にも来れなくなるわ…ごめんなさい」
「そんな風に思わないで。前にも言ったでしょう? あなたたちが元気に過ごしていれば、私はそれだけで幸せなの。それに、私もまだまだ若いのよ。腰さえ良くなれば、王都にだって会いに行けるわ」
「ええ、そうね」
ナタリーは微笑むと、エリーの手元にあるノートに書かれた文字を指差した。
「それよりも、ここ。もう少し分かりやすく書いたほうが良いわよ」
「確かにそうね…子供たちにも分かりやすくするためには、もっと絵を増やしたほうがいいのかしら?」
「そうね〜。そうだわ、ステラ。ここに薬草の絵を描いてくれる?」
「えっ、どの草ですか?」
「これよ、この草よ」
エリーは、ナタリーとステラを見つめると、「また来れますように」と心の中で呟いた。
エリーも王妃も充実した日々を過ごしているうちに、滞在期間の二週間は瞬く間に過ぎ去った。
帰宅当日、王妃はナタリーの手を握りしめながら本音をぼそっと呟いた。
「ああ、帰りたくないわ」
「ふふっ、また、いつでもいらしてくださいね」
「ええ、また必ず伺いますわ」
王妃がナタリーから離れると、エリーがナタリーに歩み寄り、その体を抱きしめた。
「お祖母様...また来るわね」
「......待ってるわ。でも、無理はしちゃだめよ」
ナタリーは、静かに頷くエリーの頬に手を添えながら微笑んだ。
それから二年後——
エリーとアレックスの二人は、シャロン家のラベンダー畑に来ていた。
「ようやく来れた」
エリーは隣で呟くアレックスの横顔を見ながらくすっと微笑んだ。
「そうね......ようやくね」
エリーの何かを含んだような答えに、アレックスは不満げな目を返した。
「昨年は僕がエリーと来るはずだったんだ。それなのに、母上がエリーを連れて出かけてしまうし——」
「ごめんなさい。——私もアレックスと来ることができて嬉しいわ」
「...これからは二人で......」
アレックスは囁くように呟くとそっとエリーを抱きしめた。
ナタリーと使用人たちが二人の到着に気づくと、ラベンダー畑にやって来た。
「あらあら......ふふっ、若いっていいわね~」
「そうですね~」
「それにしても......絵になるわね~」
「はい。——そうだわ、大奥様、私お二人をスケッチしてもよろしいでしょうか?」
「あら、いいわね。ステラ、その絵を描き上げたら玄関前に飾ってほしいわ」
「ふふっ、分かりました」
うっとりとした目で二人を見つめるナタリーとステラ。そんな彼女達の遠慮のない声がラベンダー畑に響き渡った。
Fin
ここまでお付き合いくださりありがとうございました。




