31 婚約発表
いつもとは違う昼下がり——
王宮の大広間では、盛大な舞踏会が開かれていた。優しい色合いの花々が会場を彩り、心安らぐ穏やかな空間が広がっている。大きく縦長の窓は開け放たれ、風と共に光が差し込み、とても清々しい。
貴族たちは、王太子即位の式典に参列した後、舞踏会の会場に足を踏み入れると驚きの声を上げた。
たいてい夜に催される舞踏会が、昼間に行われる。しかも会場を見渡せば、重厚な扉が開かれ、大きな窓は開け放たれている。
いつもとは違う演出に戸惑い、眉をひそめる貴族たちがいる一方で、開放的な空間に口角を上げる貴族も多く見られる。その中でも、王妃と同年代の夫人たちは皆、頬を緩ませている。これらは開け放たれた王宮を望む王妃の演出のようだ。
貴族たちが場の雰囲気にも慣れてきた頃、奥に控えていた楽団から、格式高い音色が響き渡った。会場が静けさを取り戻すと、貴族たちの視線は玉座の間に向けられた。
するとそこに、陛下と王妃の二人が静かに姿を現した。陛下が療養されていることは、王宮関係者だけではなく、全貴族にも周知はされている。そんな中での登場に、会場にいる者たちは驚きの表情を浮かべた。そして、驚きながらも一斉に跪き、深く頭を下げた。
貴族たちが頭を下げる中、陛下と王妃が玉座に座ると、その気配から広間には安堵の空気が広がった。やがて、二人が着座するのを確認すると、楽団の演奏が軽やかなものへと変わった。貴族たちは新たな予兆を感じ取ったのか、すぐさま正面入り口に顔を向けた。
楽団の調べが会場内に響く中、入口に控えていた侍従が前に進み出ると口を開いた。
「アレックス王太子殿下、そしてシャロン伯爵家のご令嬢、エリー様のご入場です」
貴族たちの視線が集まる中、アレックスとエリーは歩みを進めた。
アレックスは深い紺色の正装に身を包み、その胸元にはエリーが刺繍を施した白いハンカチーフが挿してある。
そして、アレックスの隣には、純白のドレスを着たエリーが寄り添っている。ドレスは、光沢を抑えたシルクに白い絹糸で繊細な花の模様が施され、光に照らされた刺繍の花は、美しく浮かび上がっている。
二人が広間の中央まで進む間、貴族たちの囁く声が聞こえてきた。
「舞踏会では見かけたことがないな」
「ローレン公爵家で侍女をしていたそうだ」
「侍女? まだ発表前だが......侍女か...」
「お綺麗な方ね」
「ええ、そうね。侍女だと聞いていたけれど、所作も美しいわよね?」
「確か、公爵令嬢と侯爵令嬢の二人が婚約者候補ではなかったか?」
「そんな話もあったけど、正式な発表はなかったわ。でも高位のご令嬢たちを差し置いて、伯爵家のご令嬢ってどうなのかしら」
(私が伯爵令嬢で侍女だということが気になるのね。事実だから仕方がないけど、私のことでアレックスの評価が下がるのはいやだわ......)
アレックスは、隣を歩くエリーに気遣いの言葉をかける。
「エリー、大丈夫?」
「心配しないで。私は気にしてないわ」
エリーはそんなアレックスを安心させるように微笑みながら囁いた。アレックスは心配しているようだが、エリーは周囲の批判や噂話は気にしてはいないようだ。
アレックスは目を細めると、エスコートするエリーの手に自分の指を優しく添えた。エリーはその仕草が嬉しくて微笑み、アレックスも穏やかに微笑み返す。そんな二人のやり取りを見ているご令嬢たちからは、黄色い声が聞こえてきた。
広間の中央まで進み、アレックスとエリーは静かに足を止める。すると、陛下はゆっくりと玉座から立ち上がり、前へと進むと貴族たちに語りかけた。
「この佳き日に、皆のものと一堂に会することができ、大変嬉しく思う。皆の変わらぬ尽力に、心より感謝申す」
陛下は言葉を区切ると、アレックスとエリーに視線を向け、口を開いた。
「そして、この場を借りて、皆に紹介したい者がおる。我が息子、アレックスの婚約者となる、シャロン伯爵家のエリー嬢だ。今後、王室の一員として共に歩むこととなる。急な予定ではあるが、結婚式は半年後に決定した。まだまだ未熟な二人だが、どうか温かく見守ってもらいたい」
貴族たちは結婚式の日取りを聞いて、一瞬眉を顰めるが、陛下の顔色を見ると口を噤んだ。
陛下の言葉が終わるや否や、貴族たちからは一斉に拍手が起こった。アレックスとエリーは、陛下と王妃の隣に行くと、貴族たちへ深々と頭を下げる。
貴族たちへの挨拶が終わると、王妃が顔色の悪い陛下を連れて、玉座の間に続く控室へ向かった。王妃が止める中、陛下は無理をして出席したそうだ。
アレックスとエリーはそんな二人を見送ると、貴族たちに歩み寄り、祝福の言葉を受けながら歓談を始めた。
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