30 会議
修道院で友人に再会してから一週間が過ぎた。
あれからエリーは、舞踏会の準備を進めながら、薬草について書き溜めていたノートを整理していた。
夜一人になると机に向かい、黙々と手を動かす。今夜も夕食を摂り終えると、部屋に戻りひたすらノートの清書に没頭する。
エリーは眠たげに目を擦りながら、目の前の大きな窓から月を見上げた。ぼんやりと佇む月をしばらく見ていると、部屋をノックする音が聞こえてきた。
エリーは振り返ると、椅子から立ち上がり、ノックに応じるように扉を開けた。
「エルちゃん...どうしたの?」
「どうしたの? じゃないわ。まだ起きていたの?」
「うん。ノートの整理をしていたの」
エルは頷きながら、「少しいい?」と尋ね、部屋の中に入り机の前に行くと、開かれたノートを手に取った。エリーはその様子を見ながら口を開いた。
「エマちゃんには任せるようなことを言ったけど、やっぱり、自分で最後までやってみたいの」
「それはそうよね。エマにはそのまま伝えればいいと思うわ」
エルはノートを机に戻し、エリーに微笑みながら、近くのソファーに腰掛けた。エリーもそれにつられるように隣に座った。
エルはエリーと目を合わせると、上層部の会議が二週間後に決まったことを伝えた。
「今日、キース様から訊いたの。当日は、エリーにも出席してもらうことになると仰っていたわ」
「覚悟は、できているわ」
エリーが真剣な眼差しでエルを見つめると、エルはそれを受けて力強く頷き返した。
♢
会議当日——
王宮の会議室。大きなテーブルの上席に、王妃とアレックス、そしてエリーが座っている。そしてその左右には、五大公爵家の当主、次いで上層部の議員たちがずらりと並んでいる。
エリーは場の雰囲気に吞まれそうな自分を叱咤するかのように、ミアが急いで作ってくれた紺色のドレスを脚の上から軽く押さえた。
今日という日を迎えるまで、エリーとエルは入念に予行練習を行った。エルは、五大公爵家の内、二家の動向が読めないと心配していたのだ。そのためエルは、対策としてひと通り質問には答えられる程度のことをエリーに教えた。
婚約者として認めてくれた王妃やアレックスに、恥をかかせたくない。エリーはそんなことを思いながら、五大公爵家の当主たちを視界に捉えた。
王妃の斜め前に座るのは、ローレン公爵家の当主ジャック。彼はエリザベスの父親でエリーにとっては伯父に当たる。エリーにとってはとても心強い存在だ。
その伯父の隣に座るのは、ドルモア公爵家の当主で学院長の弟に当たる人物。姉弟仲は良好で、今回は学院長がドルモア公爵に話を通してくれたと聞いている。
そして、そのまた隣に座るのは、エヴァンス公爵家当主のギル。エヴァンス公爵家は王妃の妹の嫁ぎ先である。キースの父親であるギルは、幼い頃からエリーを可愛がっていて、今回も事前にエルと挨拶に行ったところ、温かく迎えてくれた。
エリーは少しだけ落ち着きを取り戻すと、自分の斜め前の席に座る人物に視線を向けた。メナール公爵はキャロライン嬢の父親であり、同時にメルフィス侯爵の兄でもある。エリーはエルの言葉を頭の中で反芻していた。
『メルフィス侯爵から婚約の申し込みがあった時点で、普通はおかしいと思うはずなんだけど...お父様は、仕事はできるのに、他人の感情には疎いところがあるのよね』
『派閥は違うけど、お父様とメルフィス侯爵は友人なの。お父様が気付いているかは分からないけど、メルフィス侯爵は貴族らしい人物だと伯父様が言っていたわ』
『今、婚約申し込みに至るまでの経緯については、伯父様が調べてくださっているわ』
エリーは頭に浮かんだ言葉を飲み込むと、メナール公爵の隣に視線を移した。
(ブルイエ公爵......修道院長様が嫁ぐはずだった、婚約者様の弟君...)
エリーは修道院長を思い出すと、切なくなりそうな気持に蓋をした。
微かなざわめきが残る中、それを断ち切るように王妃が立ち上がった。そして、出席者に視線を向けながら話し出した。
「皆様、本日はお集まりいただき感謝いたします。皆様もご存じの通り、陛下はただいま療養の身であり、本来であれば、この場は宰相が進行するところではありますが、——誠に遺憾ながら、彼は今、その責務を全うできる状況にはございません。陛下と宰相が不在の今、この場は私が取り仕切らせていただきます」
王妃の威厳を帯びた態度に、それまでのざわつきがぴたりと収まった。議員の中には青い顔で俯く者も見える。王妃は静まり返った空気に頷くと、話を続けた。
「この度、アレックス第一王子の王太子即位をご報告申し上げるとともに、皆様にご紹介したい者がおります。それでは、王太子からご挨拶を」
議員たちの間に微かなざわめきが広がった。それらを遮るように、アレックスは立ち上がると、即位への感謝と決意を述べた。そして、エリーに手を差し伸べた。
エリーはアレックスの手を取り立ち上がると、前に進み出て軽くカーテシーをしながら深く頭を下げた。そして、ゆっくりと顔を上げると澄んだ声で話し始めた。。
「皆様、はじめまして。わたくしは、シャロン伯爵家のエリーと申します。光栄にも、アレックス王太子殿下の婚約者として、皆様にご挨拶させていただく機会を賜りました。至らぬ身ではございますが、王太子殿下を支え、この国のために尽力する所存です。皆様のご指導ご鞭撻を賜りたく、何卒よろしくお願い申し上げます」
挨拶の言葉を述べると、エリーは再び頭を下げた。静まり返る会議室。その張り詰めた空気を断ち切るように、ローレン公爵は立ち上がると大きな拍手をした。すると、それに倣うように賛同の拍手が沸き上がった。
エリーは賛同の拍手を受けてほっとするも、刺すような視線が向けられているのを肌で感じた。
しかしエリーは、最後まで微笑みを崩すことはなかった。




