3 王妃様への献上品
「お祖母様、お待たせしてごめんなさい」
「エリー、お疲れさま。こちらに座って休んでちょうだい」
エリーは頷き返事をしながら、ベッドで横向きに寝ているナタリーの寝姿を確認すると、側に控える侍女のステラに綿素材で出来たクッションのような物を手渡した。
「これ作ってみたんだけど、どうかしら? 午後から夕方にかけて体勢を仰向けに変える時に、腰あてとして使ってほしいの。お願いできるかしら?」
「エリーお嬢様、これは柔らかすぎず、硬すぎず、ベッドの上でもずれにくいでしょうし、良いと思いますよ。昨日いただいた膝の下に置くクッションも良かったですしね、早速今日から使ってみましょう」
「二人とも……有難いけど、しばらく横になっていれば痛みも治まるだろうから、そんなに手間暇かけなくても大丈夫よ」
「大奥様、無理はいけません! しっかり治さないと、寒い季節にはもっとお辛くなりますよ」
「お祖母様、腰痛を甘く見てはいけないわ。ここは、ステラの言うことを聞いて、しっかり養生してね」
「ふふっ わかったわ」
二人の熱意に折れたナタリーは、素直に聞き入れることにしたようだ。そんなナタリーを見て、エリーとステラも胸を撫でおろした。
「そういえば、ダニエルはどうしたのかしら?」
「ダニエルは厨房に行っているわ。実は三人に相談したいことがあって、昼食を一緒に取りたいとお願いしたの。勝手にごめんなさい」
「それは良いのよ。それなら、ダニエルが来たら話を聞きましょう」
その後、部屋へやって来たダニエルを交えて、四人は食事を始めた。
「それで相談というのは、王妃様への献上品についてなの。もらった資料には、詳しく書かれてはいなかったけれど、今年は何を献上するのかしら?」
エリーは、仕事を教えてくれるダニエルに、献上品の詳細について尋ねた。
「それが、まだ決まっていないのです」
「この時期に決まっていないなんて、珍しいわね」
ダニエルに問いかけるも、返された言葉に驚いた様子を見せるエリー。
「昨年は色々なことがあったでしょう? 王妃様は毎日執務に追われて、大変お疲れのようだとテレーズさんからお手紙をもらったのよ」
「お母様から……わざわざ伝えてくるということは、何かあったのかしら」
「いつもお渡していたラベンダーの化粧品だと、刺激が強いかもしれないと心配してくれたのね。でも、王妃様はラベンダーをとてもお気に召してくださっているから、収穫したラベンダーで何かできないかと皆で考えていたところなのよ」
「そうだったの。以前、王妃様は気管支が弱いとお聞きしたことがあるわ。もしかして症状が悪化して、喘息の症状が出たということもありえるのかしら」
「手紙に詳しいことは書かれてはいなかったけれど、もし本当に喘息を抱えているのなら、献上できるものは限られてくるわね」
「そうね。ラベンダーのオイルを吸引して、喘息の発作を引き起こす場合もあるわよね。薬草園に蜜ろうが沢山あるから、乾燥ラベンダーを入れてキャンドルを作ろうかと思っていたけれどやめた方が良いわね」
四人は良い考えが浮かばずに、困った様子のまま食事を進めた。
食事も終わりに差し掛かるころ、ステラがさりげなく言葉をもらした。
「王妃様は、こちらにお越しになることを楽しみにしていらっしゃったのに、今年も難しそうですね」
「そうね。『国の状況が安定してきたから、ラベンダー畑にも行ってみたい』とおっしゃっていたそうだから、残念よね」
「王妃様は本当にラベンダーがお好きなのですね。早くご覧いただきたいです」
エリーは、ステラとナタリーの会話に驚くと、隣にいるダニエルに尋ねた。
「それは、公務として訪問する予定があったということかしら?」
「公務で二つ先の領地に訪問した際に、こちらまで足を延ばされる予定だったそうですよ。王都からは距離がありますから、こちらにだけ訪問するということは出来ないのでしょうね。その予定されていた訪問も延期になってしまったので、次の訪問予定は未定なのです」
ダニエルの言葉に、「そう……」とつぶやきながら何かを考えている様子のエリー。
「収穫前の景色を何かに残せないかしら……。私は絵心がないし、今から画家を探して依頼するにも時間が足りないわ。——そうだわ、ステラ」
「はい。エリーお嬢様どうかされましたか?」
「ステラ、ラベンダー畑の絵を描いてはもらえないかしら? サシェに刺繍されたラベンダーの図案もとても素晴らしかったわ」
「エリーお嬢様、私に絵画の心得はございません。刺繍の図案を描くのとは訳が違います。それに私が描いたものを王妃様にお渡しするなど恐れ多いことです」
「それなら、刺繍タペストリーにすれば良いんじゃないかしら。刺繍の図案だと思えば、ステラも描きやすいのではない?」
ステラはナタリーの言葉を聞いても首を縦に振らない。エリーは、そんなステラを熱い眼差しで見つめた。
「——『あなたを待っています』 いつまでも、この場所は貴女が訪れる日をお待ちしています、というメッセージを送りたいの。それに、その風景を見て少しでも癒しになれば良いと思って……」
「っ!! エリーお嬢様……、わかりました。私、心を込めて描かせていただきます!」
「ありがとう、ステラ。私もできることがあれば何でもするわ」
頷き合う二人。ステラもエリーと同じように、ラベンダーにまつわる数々の切ない伝承に心を揺さぶられた一人のようだ。
そんな二人を側で見ていたナタリーとダニエルは顔を見合わせた。
「そうだったわ。ステラはロマンティストなのよね……」
ナタリーの発言に、ダニエルは無言で頷いた。