24 再会
エリーはアレックスを視界に捉えると、体を硬直させた。いざ本人を目の前にすると、足は竦み声が出ない。言いたいことや伝えたいことは沢山あった。なのに、どんな言葉を紡げばいいのか分からない。弱々しく開閉される口から漏れるのは微かな吐息だけ。
その様子を見ていたアレックスは、エリーに近づくと「ようやく会えたね」と囁いた。
エリーは顔を上げてアレックスの顔を仰ぎ見ると、口を固く閉じ、小さな頷きを何度も繰り返した。いくつ年を重ねても、気持ちだけは幼少の頃に引き戻される。
エリーは左手でそっとドレスのふくらみを抑えながら気持ちを落ち着かせた。そして静かに呼吸を整えると、引き締まった表情でカーテシーをした。
「エリー、顔を見せて」
アレックスは、声を掛けると、ゆっくり上体を起こしていくエリーをじっと見つめた。エリーはその視線を感じると、自分の胸がまたときめき出すのを必死に堪えた。
「久しぶりだね」
エリーは微笑むアレックスを前に気持ちを引き締める。
「この度は、思いがけずお声がけいただき、誠に光栄に存じます。また、久しぶりにお目にかかれ、大変嬉しく思います」
「昔みたいに話してくれると嬉しいな」
(ずるいわ……そんな言い方するなんて……ここは王宮だし、もう子供じゃないわ。それに、私、怒ってるのよ)
エリーは冷静を装い、平静な声で答えた。
「昔のように.....。できる限り、思い出してみます」
アレックスは真顔で答えるエリーを見ると、軽く目を見開き微笑んだ。
「エリー、怒ってる?」
「怒ってません」
「ふふっ...そう」
アレックスは嬉しそうな表情を浮かべ、「行こう」と言いながらエリーの手を引いて歩き出した。
エリーは突然のことに一瞬戸惑い、マヤの存在を思い出すと後ろを振り返った。するとその様子に気づいたアレックスが、立ち止まり振り向くとマヤに伝えた。
「君はセバスチャンに伝えてくれ。エリーはアレックスのところにいると。頼んだよ」
マヤは動揺しながらも、相手が第一王子だと気づいたのかお辞儀をしながら返事をした。
「っ! こんな姿を誰かに見られたら大変です!」
「エリーは心配しないで」
アレックスの切なげな表情を見たエリーは口を閉じた。昔からこの表情にはめっぽう弱いのだ。
(そんな顔されたら…何も言えないわ)
アレックスは前を見据え、庭園から王宮へと足を踏み入れた。エリーはその横顔から何かを読み取ろうとするように、黙って隣を歩いた。
部屋の前に来ると、アレックスは扉を開けてエリーを室内に促した。
「僕の執務室。覚えてる?」
「はい。ここへは、一度だけ…来たことがあります」
「そうだね。本当はバラ園に行きたかったんだけど、今日はエリーに話したいことがあるからここにしたんだ。勝手に連れてきてごめんね」
「それは、大丈夫ですが、話しってなん……」
エリーの話しが終わる前に、アレックスはエリーをそっと抱き寄せ、自分の胸に包み込んだ。エリーは驚きながらも安堵したようにアレックスの背中に腕を回した。
しばらく抱き合っていた二人だったが、ふと我に返ったように、エリーは顔を上げるとアレックスの腕からすっと身を引いた。
「違うわ。話しが…あるって...言っていたわ」
自然とアレックスの腕に包まれたエリーは、その懐かしい温もりに身を任せた。だが、大人になってから初めての抱擁だと気づくと、途端に頬を赤らめ言葉を詰まらせた。
「残念」
「もう…ずるいわ。私も聞きたいことがあったのに……」
「良かった。エリー、そのままで…ね?」
エリーは気の抜けた表情になると、黙って頷いた。
アレックスは昔のような会話に満足したのか、微かな笑みを浮かべた。そして、エリーの手を引きソファーに座らせると、自分もその隣に座った。
アレックスはエリーの手に自分の手を重ねると、落ち着いた表情で話し始めた。
「エリー、手紙だけだったから、不安にさせたよね? ずっと会なくてごめんね」
「…………」
黙り込み、視線を床に向けるエリーを見たアレックスは、悟られないように動揺を隠した。すると、その様子を知ってか知らずか、エリーが話し始めた。
「まだ、話しは聞こえてきませんが…婚約のご予定は?」
「婚約? ああ、もちろん。婚約したいと思ってる」
「……そうですか——私は、もう子供ではありません。あんな風に抱きしめたり、このように部屋に二人きりになるのは困ります。お相手の方にも失礼です」
「……僕の相手は、エリーしかいないけど……手紙だけでは信用できなかった?」
エリーは顔を上げると、驚いた表情でアレックスを見た。
「でも......私が領地へ行く前に催された舞踏会で......あなたは、部屋で女性と抱き合っていたわ。それに、その女性がご懐妊されていることをあなたに伝えていたわ」
エリーは自分の手を握りしめながら、真剣な眼差しでアレックスに伝えた。
「エリーはその場面を見て、僕から離れようと思ったの?」
エリーは頷くと、アレックスを見ながら自分の想いを伝えた。
「手紙で伝えてくれたあなたの想いは、本当に嬉しかった。私も同じ気持ちだから。だから、あなたを想い続けることだけはずっと手放せなかった。でも、あの場面を見たら駄目だったわ。自分の気持ちを保つのが難しくて、領地に逃げたの」
「エリー......」
「でも、領地で過ごすうちに、もう逃げたくないって思ったの。たとえ、この想いが実らなくても、自分の気持ちだけは伝えたい...そう思ったの」
「............」
「愛してるわ、アレックス」
想いを告げたエリーは、高鳴る胸を押さえるようにアレックスの胸に飛び込んだ。そして照れ隠しだろうか、その勢いのまま顔を埋めた。しかし、アレックスは突然の告白に、いつもの余裕はどこへやら、息を呑み全身を強張らせて固まった。
気持ちを落ち着かせたエリーが顔を上げると、アレックスは赤くなった顔を伏せながら、それでもエリーを見つめていた。




