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23 アレックス


 アレックスにとって、エリーは可愛い妹のような存在だった。それがかけがえのない存在に変わったのは、一体いつ頃だったのだろう。


 アレックスはカルディニア王国の第一王子として生を受けた。王としては厳格だが母親には甘い父親と、王妃として凛とした姿を見せながらも優しく時には厳しい母親。そんな二人に可愛がられて育った幼少期は幸せだった。

 

 そんな生活がゆっくりと変わり始めたのは、第二王子となる異母弟が生まれてからだった。自分に兄弟ができたと聞いたときは嬉しかった。だが、いつまで経っても会う機会は与えられなかった。アレックスは理由が分からない感情を抱えつつも、母親を困らせてはいけないと自分の気持ちに蓋をした。


 それから二年後、アレックスが六歳のとき、庭園を散歩する父親と側妃、そして幼子を見かけた。父親が手を繋いでいる子が弟なのだろうが、なんの感情も持たなかった。しかし、その隣にいた父親を見た時、吐き気を催すほどの嫌悪感を抱いた。 


 その夜ひとしきり泣いた後、アレックスが父親や弟に会いたいと言い出すことは一度もなかった。


 その後、父親だけでなく周りの環境も様変わりした。幼いながらに周りが物騒になりつつあるのを肌で感じるようになった。

 

 城の中を歩けば、見たことのない人間が増えていき、その者たちの冷ややかな視線に晒される日々。それからのアレックスは、元々の気性も相まって、幼子らしく騒ぐこともなく、淡々と毎日をやり過ごした。


 庭園での出来事から四年が経ち、当時六歳だったアレックスは、十歳になった。

 ある日のこと、専属護衛の交代を告げられた。新たな護衛になったセルジュは、威圧感のある強面で寡黙な男であった。侯爵家の三男で二十四歳、剣の腕は騎士団内でも三本の指に入るという。


 セルジュは、副団長と第三部隊の隊長を兼任してとても忙しそうだが、有事以外はアレックスの傍を離れることはなかった。


 アレックスはセルジュが近くにいるだけで、息をするのが少しだけ楽になった。十歳のアレックスにとって、セルジュはいつしか兄の様な心強い存在になっていった。


 十三歳になると、高位貴族の子息からご学友が選ばれた。月に数回の勉強会が行われ、中々会えなかった従兄弟のキースとも会う機会が増えてきた。


 キースは繊細な見た目とは違い、乱雑な物言いをする時もあるが、世話焼きで優しいところもある。アレックスは、そんな従兄弟と共にする時間に、心地よさを感じていた。


 しかし、外部との接触が増えてきた頃から、体調を崩すことが増えてきた。身体は怠く熱っぽい。王宮医の診察を受けるものの、診断はいつも風邪と言われた。


 城内にいると息苦しいため、そんなときは一人バラ園で過ごした。涼しい風を感じると、体が幾分か楽になった。


 その日も朝から身体が怠く、気分も最悪だった。午後からはご学友との勉強会がある。アレックスは息苦しさを解消するため、風を浴びにバラ園へと向かった。ガゼボに着くと、人のいないことに安堵し、ベンチに横たわった。うつらうつらしていると、人の気配を感じ体が硬直した。相手の出方を確認する。近くにはセルジュが控えている。咄嗟に出てこないところを見ると、無害な人間なのかもしれない。


 アレックスは、薄っすらと開けた眼から、近づく人物を見た。自分よりも小さな体にほっとしたのも束の間、その子供はアレックスの顔を覗き込んでから、何かを置いて去っていった。


 存在が消えたことを確認すると、アレックスは起き上がり、テーブルに置かれた飴を手に取った。駆けてきたセルジュに「お渡しください」と言われたが、「口にはしないから大丈夫」と言ってポケットにしまった。


 アレックスは自分に声も掛けずに飴を置いて去っていった少女が気になった。幼い少女の分かりづらい気遣いが、アレックスの心を柔らかくした。


 その後、少女の身元はすぐにわかった。セルジュからシャロン伯爵家のご令嬢だと聞いたアレックスは、従兄弟の婚約者がその家のご令嬢だと思い出すと、すぐさま本人に訊ねた。


 キースから、婚約者が妹を城に連れてきている理由や家庭事情を聞いているうちに、アレックスは思った。環境や立場は異なっていても、自分とエリーには似通ったところがあると。


 それからは、エリーが登城するたびに会いに行った。最初はぎこちなかった態度も、会うごとに親しくなっていった。アレックスは、エリーの笑顔に触れるたび、自然と心が温まり、穏やかな気持ちになれた。 


 しかし、そんな逢瀬も長くは続かなかった。エリーが遊んでいる最中に、有毒植物を発見したのだ。毒の説明をするエリーの知識に驚きながらも、アレックスはこんな危険な場所にこさせてはいけない、そんな思いから、エリーに王宮へは来ないようにと伝えた。

 

 突然告げられた言葉に、エリーは目を見開き驚きの顔を見せる。しかし、その意味を理解すると、表情を歪ませ涙を溢れさせた。

 アレックスは子供ながらに紳士に対応しながらも、視線はエリーの泣き顔に釘付けになった。


 泣かないように我慢する表情や、離れたくないと訴える瞳。そのどれもが胸を締め付けられるほどの破壊力だった。


 こんな無防備な泣き顔を晒すのは、自分の前だけにしてほしい。他の誰にも見せたくない。アレックス十三歳、人生で初めて感じた執着だった。


 この時、アレックスにとって、エリーはたった一人の特別な女の子になった。



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