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22 登城


 今日は王妃様へ献上品を奉上する日。


「エリーお嬢様、おはようございます」

「おはよう、マヤ。気分はどう?」

「はい。気持ちもだいぶ落ち着きました。昨日お休みを頂いたおかげだと思います。ありがとうございました」

「そう、それなら良かった」


 エリーはマヤの手を取ると、ほっとしたように微かな笑みを浮かべた。そんなエリーにつられるように、マヤも笑顔を返した。


「さあ、準備を始めましょう!」


 マヤに促されると、エリーはドレスを着ようと鏡の前に進んだところで止められた。


「エリーお嬢様、ドレスがシンプルですから、もう少し華やかな髪形にしませんか?」


 エリーはあらかじめ、自分で化粧と髪を整えていた。緩く編み込んだ髪を横に流している。その髪に触れながら、「これでは失礼かしら?」と呟きドレッサーの前に腰掛けるとマヤに髪を委ねた。


「領地にいるときも結ってみたいと思ってたんです。金色が薄く入ったプラチナブロンド、綺麗ですよね~。前髪は編み込んで、ハーフアップにしますね!」


 マヤの手際の良さに感心しているうちに、整髪はあっという間に終わった。エリーはその後、着替えたドレス姿を鏡の前で確認する。


「お母様、いつの間に用意したのかしら」

「薄紫色のドレス、エリーお嬢様の透明感のある肌にぴったりの色ですよね。本当に素敵です」

「マヤ、ありがとう。だけど、そんなに褒められると照れくさいわ」

「慣れてください。この姿を見たら、次々にお声が掛かりますよ」


 エリーが支度を終えて玄関に向かうと、そこにはテレーズが待っていた。


「おはよう、エリー。そのドレス、とても似合っているわ」

「おはよう、お母様。ありがとう。このドレスの色、とても素敵ね」


 テレーズは嬉しそうに頬を緩めると、「さあ、そろそろ行きましょう」とエリーを連れて馬車に乗り込んだ。

 執事のユーゴとマヤはその姿を認めると、前方の馬車へ身を移し出発した。


 後方を走る馬車内では、テレーズが嬉しそうな表情で話をしていた。


「こうして二人でお出かけするのも久しぶりね。私、とても楽しみにしていたの」


 普段は慎ましやかなテレーズだが、家族にだけは少女のような素顔を見せる。


「私もお母様とのお出かけは嬉しいわ」


 エリーの言葉を受けて、笑みを深めたテレーズが囁くように呟いた。


「このままお買い物にでも行きたい気分ね」

「そうね。今日は流石に無理だけど、お役目が無事に終わったら、今度お買い物に行きたいわ。領地の皆にもお土産を買いたいし」

「いいわね。そうしましょう」


 二人は頷くと、窓の外に視線を向けた。その時、ふとエリーが「お母様」とテレーズに呼びかけた。テレーズは「なに?」と言いながらエリーと視線を交わした。


「婚約のこと、エルちゃんから聞いたわ。お母様がお父様を止めてくれたのよね。ありがとう」


「昔から、婚約はしないって言っていたものね……今も、その思いに変わりはないの?」


 テレーズは頷くエリーを見つめると、開きかけの口を閉じた。


 しばらくの沈黙が続いた後、エリーがゆっくりと話し始めた。


「婚約には関係ないけど……私、変わりたい。自分のことになると全然だめで、言いたいことも言えない。でも、後悔はしたくないから、自分の想いは伝えようと思うの」


 テレーズは、エリーの決意を秘めた表情を見ると穏やかな眼差しで頷いた。


「いいわね、そうするべきよ。私も今回のことで、エリーと同じことを思ったわ。夫婦関係に波風が立とうが、言うべきことは言うわ」

「——うん。いいと思う。私もそうするわ」


 二人は満足そうに微笑んだ。その後、和やかに会話をしている間に馬車は王宮に到着した。



 エリーとテレーズが馬車から降りると、王妃の専属執事である老齢のセバスチャンが微笑みながら二人を出迎えた。


 セバスチャンの案内を受け、二人は王妃の元へ向かった。そして重厚な扉の前に立つと、セバスチャンが静かにその扉を開けた。

 部屋に入ると広々とした空間が広がっており、その中央には優美な彫刻が施されたテーブルセットが置かれている。


 そこの椅子に腰掛けて王妃が二人の訪れを待っていた。


 エリーとテレーズが部屋に入ると、王妃は椅子から立ち上がり二人の傍に歩み寄った。


「テレーズ、エリー、よく来てくれましたね」


 王妃の言葉を賜った二人は優雅にカーテシーをすると、すぐにテレーズが挨拶をした。


「王妃様におかれましてはご機嫌麗しく」


「テレーズ、今日はプライベートでお願い」


 テレーズは、「わかったわ」と言いながら頭を上げるが、エリーは頭を下げたまま戸惑っていた。王妃はその姿を捉えると、「エリーもね」と声を掛けて微笑んだ。


 「さあ、こちらに座って」と王妃は二人をソファーに案内すると、セバスチャンにお茶の指示を出した。セバスチャンは王妃に頷き返すと、献上品を運んできたユーゴとマヤを伴い隣の控室に移動した。


 エリーはその姿を見送り、献上品を手に王妃の前に差し出すと、挨拶を述べた。


「エリー・シャロンがナタリー・シャロンに代わり、ささやかではございますが、お贈り物を謹んでお納め申し上げます——微力ながら、王妃殿下のお役に立てればと存じます」


「エリー、ありがとう。ナタリー夫人からお手紙を貰ったわ。あなたまで巻き込んでしまいごめんなさいね」


「とんでもございません。お気になさらないでください」


 それからエリーは、献上した贈り物の説明を始めた。収穫したばかりのラベンダーを入れたサシュやクッション。いつも献上していた化粧品はオイルの濃度が心配の為やめたこと。そして最後に、エリーが作った解毒薬は体調を考慮しながら飲むようにと勧めた。


 説明が終わると、エリーは気がかりだった症状について王妃に訊ねた。


「医師にも確認したのだけど、毒の影響が出ているらしいの。だから、ラベンダーが原因で喘息になった訳ではないのよ」


 エリーはラベンダーが直接の原因ではないと訊いて、少しだけ不安が解消された。 王妃は、「そうでしたか」と返事をするエリーを見つめると、壁に立てかけられた額縁に視線を向けた。


「ねえ、エリー。あそこにある額縁、見てもいいかしら?」

「っ! もちろんです」


 エリーは椅子から立ち上がり、額縁に近づくと、上に掛けられていた布を取り去った。 

 王妃は目を見張り立ち上がると、壁に立てかけられた大きなタペストリーに近づき視線を落とした。


「……素敵ね」

「収穫前のラベンダー畑です」


 エリーの言葉を聞きながら、タペストリーから目線を外さずに答える王妃は囁くように呟いた。


「そうなのね……私も……行ってみたいわ」


「その時は、私もお供するわ」


 切なげな雰囲気が漂う中、王妃はテレーズの言葉に反応して、どこか寂しげな笑顔を浮かべた。一方、テレーズからの視線を感じたエリーは、そっと頷くと、静かに部屋を後にした。


 エリーは部屋を出ると、控室にいるセバスチャンに少し外に出てくることを伝えマヤと一緒に庭園に向かった。


 廊下を渡り、懐かしい庭園を見ながら佇んでいると、自分の名を呼ぶ懐かしい声が聴こえてきた。


「エリー」


 鼓動が高鳴る中、エリーが振り向いた先にいたのは、会いたくてたまらない人だった。


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