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21 三姉妹


 夕食が終わり、ロイドとテレーズが食堂を後にすると、三姉妹は身を寄せ合うようにテーブル端の椅子に腰掛けた。

 そしてキースはそんな三人を見守るように、壁にそっと背を預けた。


 明るいブロンドヘアでグラマラスな雰囲気を持つエル。対照的に、落ち着いたダークブロンドの髪とスレンダーな体形のエマ。そして、透き通るような白い肌に、月光のような輝きを纏ったプラチナブロンドの髪が美しいエリー。


 三人それぞれ容姿は異なるものの、姉妹として似通った雰囲気を持っている。

 

 椅子に腰掛け落ち着いたところで、エリーがエルに訊ねた。


「エルちゃん、お父様とお母様に何があったの?」

「実はね、お父様がお知り合いのご子息とエリーの婚約を決めようとしていたの」

「っ! ……婚約?」


 エルはエリーの呟きに頷きながら話を続けた。


「そのことがお母様の耳に入って、二人は大喧嘩したの」

「お母様が……喧嘩」

「ふふっ、お母様ったら、お父様と一週間も口を聞かなかったのよ」

「......そんなこと初めてよね?」

「ええ。だからお父様も狼狽えていたわ」


 寛容なテレーズを怒らせた原因。エリーはエルの発言にあった無視できない言葉を口にした。


「それで、婚約の話はどうなったの?」

「婚約話はなくなったわ。お相手の方にお話をしてご理解いただいたそうよ」

「そう……それならいいんだけど」


 エルは不安げな表情のエリーを見ながら、「そうは聞いても不安よね」と言いながら話を続けた。


「これからお会いする機会もあるかもしれないから、お相手の名前だけは伝えておくわ。メルフィス侯爵家のご嫡男でローラン・メルフィス様よ。エリーはお会いしたことあるかしら?」


「いいえ、お名前は知っているけど、お会いしたことはないわ」


 それまで黙って話を聞いていたエマが口を挟んだ。


「そんなに心配することないわよ、エリー。それにエルちゃんも、話は流れたんだからもうこの話はお終いでいいでしょ」

 

「エマ、これは大事なことよ。当事者であるエリーにも伝えておくべきだわ。この先、知らなかったではすまされない場面があるかもしれない。そのとき何も知らなかったら、恥をかくのはエリーなのよ」


「エルちゃんは大袈裟よ~」


 その言葉に反応したキースが話に加わった。


「エルの言ってることは理にかなってる。エマは、もう少し慎重な言動を心掛けたほうがいいと思うよ」


 その発言に反応したエマが、キースの方に顔を向けた。


「私は慎重派よ。ていうか、目が怖いわよ。もう、エルちゃんのことになるといつも面倒くさくなるのよね」


「エマ、そんな言い方しないで」


 キースがエルに歩み寄り、肩に手を置いて宥めている。

 

 エリーは三人の会話を訊いて、ふと何かを思い出したようにエマに話しかけた。


「——慎重派のエマちゃん」

「えっ、なに? エリー」

「自分のことを慎重派と謳うエマちゃんは、人の部屋に勝手に入って、勝手にノートを持って行ったりしないわよね?」

「............」


 エリーは、すーっと顔を背けるエマをじっと見つめている。そんな二人を横目にエルとキースが囁き合っている。


「お義母様にそっくりだな」

「そうね…姉妹の中で一番似ているかもしれないわね。怒らせると一番怖いタイプよね」


 エリーは沈黙するエマに、自らの思いを伝え始めた。


「私ね、幼い子供たちや、有毒植物を知らない人たちに役立つ本を作りたいの。そのために、あのノートを作成したの。でも、エマちゃんが作ろうとしている本は、きっと貴族向けよね? だから、もし私の思いを取り入れてくれるのなら、そういう人たちの手にも届くようにしてほしいの」


「エリー、ごめん……。そんな思いを持っていたなんて知らなかった」

「誰にも言ったことはないから…それは仕方ないわ」

「——勝手に部屋に入って、ノートを持ち出してごめんなさい。それから本のことも……でも、本はエリーの名前で出すつもりよ」

「名前は誰でもいいわ。でも、私のノートを使うのなら、内容は必ず、お祖母様に確認してほしいの」

「分かったわ。それは約束する」


 二人は頷き合うと、折り合いをつけるかのように微笑んだ。


 エルは、その様子を見てほっとした表情を浮かべると、エリーに話しかけた。


「そういえば、ユーゴからマヤが体調を崩したと聞いたけど、もう回復したの?」

「…………」

「エリー、何かあるの? エマにも言ったけど、報告は大事なことよ」


 エリーはエルから指摘されると、「そうね」と呟きながら今日起きた出来事を話し始めた。


「そうだったの……。お相手の女性は分かる?」

「断定はできないけど……ドネ子爵家のマチルダ嬢だと思うわ」


 その時、エルの隣に腰掛けたキースが呟いた。


「ドネ子爵家…あそこはメナール公爵家と縁戚関係だったか」

「そうね。確か、公爵家からドネ家へ嫁いだ方がいたわね。婚姻関係にあったのはかなり前だけど、交流自体は続いてると思うわ」

「そうか…」


 しらけた表情でエルとキースの会話を聞いていたエマが口を開いた。

 

「ねえ二人とも、深刻そうな顔してるけど、深読みしすぎじゃない? 話を聞いた限りだと、いわゆる痴情のもつれってやつでしょ? 二人が心配するような貴族間の思惑なんて絡んでないわよ」

「エマ、全てを疑う必要はないけど…もう少し慎重になったほうがいいと思うわ」


 エマはテーブルに肘をつき、手のひらに顔を乗せて小さく「わかってる」と呟いた。


「それはそうと、マヤは大丈夫かしら。傷ついているわよね」


 エマは心配そうな顔つきのエルを見ながら平然とした顔つきで答えた。


「確かに今は辛いだろうけど、時間がたてば忘れられるわよ。それに、そんな男、こちらから願い下げよ! 婚姻を結ぶ前にわかって良かったわ」


 その様子を見ていたエリーは、エマに声をかけ、「マヤに乱暴なことは言わないでね」と念を押した。


「もちろんよ。私だって、その辺は心得てるわ」

 

 エリーはその言葉を聞くと、「そうよね」と言いながらほっと息を漏らした。


「ところで、エリーは好きな人いないの?」

「............」

「その反応…いるのね? ねえ、誰? 教えて」

「......……」


 エリーは予期せぬ質問に戸惑い言葉に詰まった。


「ふ〜ん。じゃあ、ロランさんなんてどう? 歳は離れてるけど、薬草仲間だし、話も合うわよね。性格も穏やかだし、お似合いなんじゃないかな。相手がロランさんなら、ずっと領地にいられるだろうし、いいこと尽くしよ?」


「——エマちゃん、ロランさんに失礼だわ。それに、私はもう逃げないって決めたの。だから、エマちゃんの期待には応えられない」


 エリーはゆっくり立ち上がると、「ごめん、部屋に戻るわ」と言いながら食堂を後にした。


「逃げないって......どういうこと? えっ…ちょっと、待ちなさい! エリー!」


 エルはエリーを追いかけようとするエマを引き留めた。


「エマ、やめなさい」

「えっ、だって、あの子の言っていたことが理解できなかったの。気になるじゃない」

「気になるからって、追いかけて問い詰めても、エリーは何も言わないわ。もう子供じゃないのよ。詮索するのはやめた方がいいわ」


「だって、さっきのエリーの反応見たでしょう? 何か間違いがあったら大変じゃない! 家族に言えないような相手なんてろくなもんじゃないわ。そんな相手に時間を割くより、現実に目を向けた方がいいに決まってる。エリーは繊細だから、穏やかで優しそうなロランさんがお似合いなのよ」


「さっきの反応だけでは分からないわ。エマはエリーを手元に置いておきたいだけでしょう? 好みも感情も、人それぞれよ。全て自分の価値観に当てはめるものじゃないわ。妹が大切なのは分かるけど、人をコントロールしようとするのはよくないわ」


「コントロールじゃないわ。誘導よ!」


 そこに姉妹のやり取りを見ていたキースが口を出した。


「いや、その先を行けば支配だ」


 エマは、何気なく言い放ったキースを睨みつけた。


「もう、キース様もエルちゃんも、いつもエリーの味方なんだから……」


「今はそういう話じゃないだろ」


 キースはエル以外の相手には容赦がない。


「私にとっては、エマもエリーも同じくらい大切よ。二人のことは同じくらい愛してるわ。だから、どちらかだけを贔屓してるという意識はないの。でも、そう思わせてしまったのなら、ごめんなさい」

「............」


 エルは、黙り込むエマを見つめながら話を続けた。


「それに、エリーは繊細だけど、弱いわけではないわ。時間はかかっても、きちんと前に進んでる。同じ姉妹でも、性格が違うように歩む速度も違うのよ。そこをわかってあげて」


「——でもエリーは、貴族社会なんかで生きるより、領地のようなのんびりとした環境で過ごす方が合ってるわ」


「それでも見守りましょう。もし傷つくことがあれば、その時は私たちで支えてあげればいいわ」


「はぁ~、もう...エルちゃんにはいつも勝てないわ」


「エマ...家族に勝ち負けなんてないわよ。それに...私も後悔ばかりよ。いつも思うの。二人には、もっと何かしてあげれたんじゃないかって」


 エルが切なげな表情を浮かべると、隣にいたキースが気遣うような言葉を口にした。


「エル、後悔するのはその相手が大切だからだ。俺も、もっとエルにしてあげれたことがあるんじゃないかって、いつも思ってる」


 キースはエルの腰を抱き寄せ、その頭を優しく撫でた。


「キース......」


 エルは潤んだ瞳を閉じると、キースの胸元に頬を寄せた。


 そんな二人のやり取りを半目で見つめるエマが渋い顔で口を開いた。


「ちょっと、やめてよ〜。妹の前でいちゃつかないで!」

「ごめんね、エマ」

「すまん......でもそろそろ慣れてくれ」

「もう!」


 その夜、三人の話し声が深夜まで静かに響いていた。


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