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2 穏やかな日々


 ラベンダーの美しい花色が、見る人々に癒しと幸福をもたらす季節。


 紫色の大地が目の前に広がり、人々の心を魅了する。穏やかな風が吹くたびに、優しく爽やかな香りが漂い、心が穏やかに包まれるようだ。


 そんな花たちに魅せられた人物が一人。


 太陽の光を受けて、プラチナブロンドの髪と澄んだ水色の瞳が輝いている。だが、その表情には少しばかりの寂しさが漂っている。


「こんなに素敵な香りなのに、あなたの想い人は気づいてくれなかったのかしら……」


(相手に想いを伝えることができなかったのは、私と一緒ね)


 紫の花に触れながら、呟きを漏らす姿はなんとも感傷的だ。


 幼い頃、何度も耳にした、ラベンダーにまつわる切ない恋の物語。その中に登場する少女の姿に、自分自身を重ねているようだ。


 そんな彼女の名はエリー。この地域を管理するシャロン伯爵家の三女である。

 王都にある女学院の侍女科を18歳の時に卒業し、従姉で公爵令嬢のエリザベス・ローレンのもとで侍女として働いていた。だが、ちょうど一年が過ぎようとするときにお暇をもらうこととなった。


 外交職に就く父親と、そんな彼を支える母親と姉たちは、王都のタウンハウスで生活をしている。エリーは、その彼らと離れて生活をする高齢の祖母を以前から心配していた。そんな不安に思っていたことが、最近になって現実のものとなってしまった。


 侍女をしていたエリーのもとに、「祖母が体調を崩した」との報せが届いたのだ。


 従姉は、祖母のもとへ向かうようにとエリーに指示を出した。伯爵令嬢のエリーが、自ら動こうとしても周りが騒がしいため、公爵令嬢の従姉が配慮してくれたようだ。


 母親たちが姉妹ということもあり、本人たちも同等な関係を築いてきた。昔から何かと融通をきかせてくれる従姉に感謝をしながら、エリーは急いでこの地へとやって来た。


 憂える思いと共に。



  ♢



 ここはカルディニア王国の南東部に位置するロンマルク地方。

 豊かな自然と美しい景色に恵まれたこの場所は、海岸に面した温暖な土地で、観光地としても人気がある。中でもラベンダー畑は、この土地を訪れる人々に安らぎを与える場所として、多くの人たちに愛されている。


 シャロン家の先代伯爵夫人であるナタリーは、夫亡き後、代官や使用人、そして領民たちに支えられながらこの地を守ってきた。だがこの二、三年は、現在の伯爵夫妻である息子夫婦にこの地を引き継ぐため、身体に鞭を打ちつつも意欲的に取り組んできた。その中でも力を入れている農作業中に、どうやら腰を痛めてしまったようだ。


 そんなナタリーのもとへ愛する孫娘が駆け付けたとき、安堵した表情で「ありがとう」と伝えながら、エリーの手をいつまでも握りしめていた。エリーもまた、病気や過労ではないことが分かって、安心したのか気が抜けたようだ。


 翌日から、エリーはナタリーの身の回りの世話と、彼女が携わっていた仕事の一部を引き継いだ。

エリーは幼少の頃から年に二回は祖母のもとを訪れていた。それゆえ昔から見ていた彼女の仕事には馴染みがあったのだろう。細やかな作業は使用人に教えられながらも、順調に始めることができた。


 エリーは日除けの帽子を被り、露出の少ない長袖長ズボンを着込んだ姿で早朝から昼まで農作業をする。傍から見れば、とても貴族令嬢には見えない。

だが、ここではそんな些細なことを気にする者はいない。


 心が疲弊していたエリーにとって、そんな周りの空気はとても心地の良いものであった。


 今日も朝早くからラベンダー畑へ出向いて仕事に取りかかる。元々は、農地の一部分で栽培していたラベンダーだが、観光客が増えるにつれて、その栽培面積も広がっていった。そのため、人手はいくらあっても足りるということはなく、シャロン家の使用人総出で畑の手入れをしているのが現状のようだ。


「エリーお嬢様、そろそろ休憩にいたしましょう」

「——ごめんなさい、ぼんやりしていたわ。そうね、皆にも休憩をとってもらいましょう」

「かしこまりました。エリーお嬢様も休憩なさってください。大奥様がお部屋でお待ちですよ」

「わかったわ。できればダニエルも、お祖母様のお部屋で一緒に昼食を取ってもらえないかしら? 食事をしながらで申し訳ないけど、三人に相談したいことがあるの」

「三人……ステラも一緒にということですね。かしこまりました。それでは、私も厨房に寄った後、すぐにお部屋へ向かいます」


 エリーに休憩を勧める執事のダニエルは、祖母の信頼が厚く、屋敷の管理を一任されている。先代伯爵夫妻に忠誠を誓い、共に歩んできた忠義の人である。そんな彼も、ナタリーの様子から完全な引退が近いことを悟ったのか、ここ最近では後継への教育に熱が入っているようだ。


 今回、ナタリーが注力している仕事をエリーに伝授したのも彼である。


 二人は頷き合うと、目的の場所へと足早に歩き出した。


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