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16 薬師


 日の出前の時間


 エリーは完成した解毒薬を籠に詰めるとナタリーの部屋に向かった。

 部屋のドアをノックすると、既に部屋の中で待機していたステラがドアを開け、エリーを迎え入れた。


「エリーお嬢様、大奥様がお待ちしておりましたよ。どうぞ、中にお入りください」

「ステラ、ありがとう」


 エリーは、ステラに笑顔で頷くと、ベッドで起き上がったナタリーの傍に歩み寄った。


「お祖母様、早い時間にごめんなさい」


「良いのよ。それよりも......、できたのね?」


 ナタリーの言葉に頷くエリー。


「試作品、完成したわ」


 ナタリーは頷き、「見せて」と言いながら手を差し出した。エリーから陶器製の入れ物とガラス製の小瓶を受け取ると、すぐにふたを開けた。慌てた様子のステラが隣から白い紙を渡すと、ナタリーはそこに粉末を取り出し、香りと色を確かめる。


「お祖母様、どうかしら?」


 おそるおそる尋ねるエリーの声を聞きながら、ナタリーは粉末の形状をじっくり確認する。そして小さく息を吐いて顔を上げると、軽く微笑み、続けて小瓶の中身を慎重に確認した。


 ナタリーは、しばらくして顔を上げると、ほっとしたような微笑みを浮かべた。


「いいわ。エリー合格よ」


 その言葉にエリーは深く息を吐きだし、ほっと安堵の表情を浮かべた。


 ナタリーは、そんなエリーを見つめると口元に微笑みを浮かべながら目を輝かせた。


「それにしても、良く気づいたわね」


「お祖母様に教えてもらったことを思い出しながら、何度も何度も作り直したわ。肝心な工程が抜けていたから困ったけど、お祖母様の頭の中にはその内容がすべてしっかりと収まっているのよね」


「そうね。でも、詳細を伝えなくても、エリーならきっとうまくできると思っていたわ」


「ありがとう。期待に応えられて良かった。ただ、今更だけど、私が調合したものを王妃様に差し上げてもいいのかしら? 私は何の資格も持っていないわ」


 エリーは、王族への薬の提供を資格のない自分が行っていいのか心配になった。そんな思いを余所に、ナタリーはなんてことないといった表情で答えた。


「大丈夫よ。あなたは私の弟子で、すでに薬師だから」

「えっ......」


 驚きのあまりエリーは言葉を失った。その様子を近くで見ていたステラが、「大奥様」と呆れるようにナタリーをじっと見つめると、当の本人は頬に手を当て困惑した。


「あら、言っていなかったかしら。ごめんなさい、うっかりしていたわ」

「大奥様、うっかりしないでください。王族の方へ差し上げるものなのですから、そういったことは事前に説明なさらないと、エリーお嬢様もですよ」


 二人の話に耳を傾けるうちに、エリーの心中には落ち着きが戻って来た。


「そうね、引き受ける前に確認するべきだったわ、ごめんなさい。——ところでお祖母様、さっきの話だけど、私が薬師ってどういうこと?」


 エリーは、困惑したような表情で「なぜ私が?」と問いただした。ナタリーは、そんなエリーを落ち着かせるようにゆっくりと話し始めた。


「本当はね、エリーが望んだら、エマのように隣国へ留学させてあげたかった。エマのように、女学院を卒業したらあちらへ行けるように、あなたの両親にも話すつもりでいたの。そんな時、エリーは侍女として働き始めた。その経緯は私にはわからない。でも、あなたは薬草が大好きよね。その思いは手放してほしくなかった。だから、国の師弟制度を使ってあなたを私の弟子にしたの。もちろん国にも登録済みよ」


 エリーは話の展開に唖然としたが、聞き終わるころには感動で胸がいっぱいになった。


「お祖母様、ありがとう。そんなふうに考えてくれていたのね。本当に...ありがとう」


「良かったわ。——ねえ、エリー。幼い頃からあなたに教えてきた薬草の知識は、決して当たり前のものじゃないのよ。薬師として十分にやっていけるほどの、専門的な知識なの。あなたには、既にそれが身についている。だから、自信を持って」 


 エリーはナタリーの言葉を一つ一つ受け止めると、握りしめた手に力を込めて深く頷いた。


 未だ感動の余韻に浸るエリーの近くで、ステラがナタリーに話しかけた。


「大奥様、本当によろしかったですね。解毒薬についても解決しましたし、後は献上品のタペストリーと、エマお嬢様の進めている本ですね」


「そうねぇ、解毒薬については心配はしていなかったけど、エマの方は心配ね。あの子はまだ勉強中だから、こちらできちんと確認しないといけないわね」


 二人の話を聞いていたエリーは、疑問を口にした。


「エマちゃんは本を出すの?」

唖然とするステラの隣で、ナタリーが恐る恐る口を開いた。


「............」

「......エリー、エマから何も聞いていないの? エマは、あなたが女学院時代に研究した薬草の本を出す予定だそうよ」


 エリーは固まったまま、「聞いてないわ」と小さく呟いた。


「なんでも、留学先でお世話になっている先生にエリーのノートを見せたら、出版を勧められたそうよ」


「私の...ノート。私、エマちゃんに手紙を書くわ」


 ナタリーとステラは顔を見合わせると心配そうにエリーを見つめた。




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