15 解毒薬
王宮へ登城するひと月前——
夕食を終えたエリーは、ナタリーとトーマスと共に薬草園の作業場へ向かった。
何やらナタリーから大切な話があるようだ。
薬草園に着くと、先に作業場へ入ったトーマスが、いくつかのランプに明かりを灯し始めた。その様子を見ているナタリーと、トーマスを手伝うエリー。
全てのランプに明かりが灯ると、その場の空気が穏やかになった。
いつも見ている作業場も、夜になると表情が変わる。エリーはいつもとは違う感触に、言い表せない感情になった。
その様子を見ていたナタリーは、エリーに作業台にある椅子に腰掛けるように促した。
「お祖母様、作業場でしか話せないような内容なの?」
「そうね。後、見せたいものもあったし」
ナタリーは、そう言いながら作業台の引き出しを開けるとノートを取り出した。そして、不思議そうな顔で「見せたいもの?」と呟くエリーにそのノートを手渡した。
エリーが中を見てもいいのか尋ねると、ナタリーは頷いた。恐る恐るノートを開くエリー。
「これって……私が見ても良いものなの? 調合の配合や製法も書かれているわ……これは、お祖母様の記録よね?」
戸惑いながら視線を合わせるエリーに、ナタリーは「このページを見て」と開いたページを指さした。
「............」
「これを、エリーに作ってほしいの。あなたならできるわ。もちろん改良してもいいのよ」
「お祖母様、話がみえないわ。この薬草......、これは毒だしのレシピ? それに、これは誰が飲むの?」
「——王妃様よ」
「それは......どういうこと?」
眉間に皺を寄せながら、困惑した表情のエリー。ナタリーは、そんなエリーに十年前の出来事を話し始めた。
「十年近く前になるかしら。エリーがエルとキース君、そしてブリュノ男爵令息と一緒に領地へ来たの。その事は覚えている?」
ナタリーは、頷くエリーを見て話を続けた。
「その時、キース君とブリュノ男爵令息から、解毒薬と調合薬を作成してほしいと依頼を受けたの。二人は、誰に使用するかも言わずに、いくつかの植物を渡してきたわ。でも、患者さんの症状も見ずに渡せないと言い張ったら、数日後、私も王都へ向かうことになったの」
「覚えてるわ。お祖母様と王都へ帰ることができて、すごく嬉しかったの」
ナタリーはエリーに微笑み返すと、すぐに真剣な表情になって話し始めた。
「王都の屋敷に着くと、今度はテレーズさんと一緒に王宮へ向かったわ。表向きはお茶会ね。そこで、依頼された解毒薬が誰に使用されるのかわかったわ」
無言のエリーを心配そうに見つめながら、ナタリーは話を続けた。
「お会いした王妃様は、倦怠感と発熱があった。風邪のような症状だけど、目と皮膚に違和感があったの。そこで、見せられた植物を思い出したわ」
「ホワイトラキュール......」
エリーは呟くと、ナタリーに視線を合わせた。ナタリーもそんなエリーに頷き返す。
「それから私は、献上品という名目で王妃様にお会いして、解毒薬をお渡ししているの。もちろん、症状を診る目的もあるけれど」
エリーは、ナタリーから告げられた内容に、聞きたいことが多すぎて何から聞いていいのかわからないという表情だ。
(もしかして......)
「解毒薬は、王妃様にだけお渡ししているの?」
「お渡ししているのは王妃様だけよ。でも、キース君から多めにほしいと言われて、彼にも渡しているの」
(やっぱり.....)
エリーは辛そうな表情で俯いた。
(バラ園で初めて見かけたとき......具合が悪そうだった。もしかして、あの頃から?)
エリーは目から溢れ出そうな涙を手で拭うと、顔を上げた。
「お祖母様、このノート、大切に使わせてもらうわ」
ナタリーは、エリーを見つめると深く頷いた。
エリーが作業場を後にすると、トーマスがナタリーに声をかけた。
「もう少し、詳しくお話されたほうがよろしかったのでは?」
「大丈夫よ、あの子ならきっと気づくわ」
トーマスは、ナタリーの言葉に納得するように頷いた。
「それも、そうですね」
♢
エリーは解毒薬の話を聞いた翌日から、午前の畑作業が終わると作業場へ籠っていた。
ナタリーのノートを読み終えると、材料と道具を用意する。数種類の乾燥した薬草をナイフで細かく刻み、乳棒で優しくすりつぶして粉末にする。天秤の針がわずかに揺れるのを見つめ、息を潜めながらを微量の粉末を別の粉末へと加えていく。
エリーはこの工程を何度も繰り返した。しかし、出来上がったものはナタリーの薬とは何かが違った。ノートの配合を見ただけでもエリーにはそれがわかった。
最初の三日間は、ナタリーがノートに書きなぐった数種類の薬草をひたすら混ぜ合わせてきた。エリーの中では粉末の薬を白湯で飲むという印象が強かったのだ。しかし、ずっと引っ掛かっていた。ノートに書かれた十二種類の薬草。その中でも、二つの薬草は、加熱することによって有効な生薬成分を抽出できるはず。五日目、エリーは自身の思い込みを捨てた。ノートを見ても書かれていない。それならと、ずっと引っ掛かっていた違和感を試してみることにした。二つの薬草を煮出して液体にすること。
解毒薬の調合を始めてから八日目の朝。昨夜は途中で中断することができず、夜通し作業を続けたようだ。
エリーは左手に持つ茶色い瓶と、目の前にある乳鉢を交互に見つめると小さく呟いた。
「......できたわ」
(でも......、散財と湯剤の薬草は分けて書いてほしかったわ、お祖母様)
エリーは遠い目をしながらも、安心したのかほっと息を吐いた。




