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14 過去の出来事 ④


 密談の翌日——


 アレックスの執務室では、昨日のメンバーの他に植物学者のロラン・ブリュノ男爵令息が卓上に並ぶ植物に真剣な眼差しを向けていた。


「これは厄介ですね。この花は、毒草でありながら薬草でもあるんです。使い方を間違えれば命を奪うが、正しく使えば病を癒すとも言われています。そのため、毒性はありますが、栽培も使用も禁止されていません。とはいっても、特定の資格を持つ人間しか扱うことはできませんが」

「そうですか。では、使用した者を今すぐ捕らえることはできないのですね」


 アレックスは、ロランの言葉を聞くと神妙な顔つきで考え込んだ。セルジュはそんなアレックスを心配そうに見てからロランに向き直った。


「それを口にした場合はどんな症状が出るんだろうか?」


「呼吸器系と皮膚の両方に症状が現れます。しかし、それも投与方法や投与量によってバラつきがあるんです。先ほどの話から考えて、もしも薬師が意図的に毒として扱った場合、微量を口内から摂取させるでしょうね。微量の場合は気づきにくい。素人には、ただの風邪や体調不良としか思われないでしょう。しかし、少量ずつ何度も投与し続ければ、徐々に体を蝕んでいく。薬師の思惑も叶い、もし表沙汰になった場合でも言い逃れできる」


 ロランは、その場にいる者たちの深刻そうな表情を見るとすぐさま謝罪した。


「失礼いたしました。私の考えのように話しましたが、植物に詳しいものなら知っている話です。ですから、そのように使用する者はいないと思いますが——」


 少々気まずそうな表情をするロランにルーカスは言葉をかけた。


「それは隣国の話だろう? この国でそんな話を知るものはいないし、いても少数だと思うぞ」


 二人のやり取りを聞いていたアレックスが、ロランに問いかけた。


「この花は、薬草として使用する場合、どのような病気に効くんでしょうか?」


「精神疾患への効果があるとされています。しかし、脳への毒性が強く、副作用のリスクが高い。私個人としては、なぜ栽培禁止にならないのか疑問です」


「............」


 ロランは、考え込んだ様子のアレックスをじっと見つめると口を開いた。


「ところで、この植物たちを見つけたのはどなたですか?」


「シャロン伯爵家のご令嬢です」


「シャロン伯爵家......ご令嬢。なるほど、それなら納得です。前伯爵夫人は、とても素晴らしい薬師ですからね。きっと、お孫さんにご自身の知恵を伝授されているのでしょう」


「薬師? ロラン殿は、前伯爵夫人のことをご存じなのですか?」


「ええ、もちろん。お会いしたことはありませんが、植物に詳しい者であれば、皆存じているかと思います。それだけ薬師として優秀な方ですから」


「それなら、解毒薬や調合薬を作ってもらうことは可能でしょうか?」


「断言はできませんが、薬草の専門家で、調合の技術にも優れている方ですからね。期待できるのではないでしょうか」


 それまで黙って話を聞いていたキースは、不安そうな視線をアレックスに向けた。


「アレックス、解毒について聞くということは、毒に関して思い当たることがあるのか? もしかして、お前がたびたび体調を崩す時があったのは——」


 アレックスは、心配するキースの言葉を遮り「大丈夫だ、心配するな」と答えると話を続けた。


「それより、以前から母上は体調を崩すことが多い。本人は風邪だと言っていたが、今にして思えば治りも遅かったように感じるんだ。セルジュ、母上の予定を確認してほしい。直接会って話をしたい」


「御意」


 返事をしたセルジュと顔を見合わせたポールは、頷きながら急ぎ部屋を退出した。

 その状況を冷静に見ていたロランは、戸惑いの表情を浮かべると、アレックスに視線を向けた。


「アレックス殿下、よろしいでしょうか」

「はい。ロラン殿、なにかありましたか?」

「王妃様は、医師の診察を受けていらっしゃいますよね? 王宮には、優秀な者がいると思うのですが」

「ええ、もちろんです。王宮にいる七名の医師の中でも経験年数の長い三名が王族の専属医を務めています。王妃もその者たちの診察を受けているはずです」

「経験年数が長い? 彼ではないのか......でも熟練の医師が診るのも当然か......」


 アレックスは、考えながら小声で話すロランをじっと見つめると、静かに話しかけた。


「なにか気になることでもありますか?」


 少しのためらいを見せた後、ロランはアレックスと視線を交わした。


「私が留学先でお世話になっていた方が、帰国後はこちらで働くと伺っていましたので、すでにご活躍されているかと思っておりました。とても優秀な方でしたので、私よりも貢献することができるのではないかと」


 アレックスはロランにその者の名を尋ねた。


「ジャン・ラクロワ様です」


 ジャン・ラクロワという名前が出た瞬間、護衛の三人はその名をそっと呟いた。そしてルーカスが先に口を開いた。


「ジャンなら騎士団の医務室にいたはずです。今すぐ呼びにいきますか?」


 その言葉にセルジュが待ったをかけた。


「ルーカス落ち着け。昨日、王宮関係者は避けると話したはずだ」


 その時、アレックスが「セルジュ」と呼びかけた。


「その医師を知っているのか? セルジュから見て、信頼できる人物なのか?」


 セルジュは、問いかけるような視線を向けるアレックスに対し迷わず頷いた。


「そうか......、話を聞きたい。その医師を連れてきてくれ」


「「「御意」」」


 アレックスの許しがでると、ルーカスはジャンを迎えに騎士団の医務室へと向かった。



 ♢ 



 ルーカスが医務室に入ると、ジャンは騎士団員の怪我を処置していた。ルーカスがその様子をじっと見ていると、それに気づいたジャンが話しかけてきた。


「ルーカス? お前がここに来るなんて珍しいな。具合でも悪いのか?」

「いや、体は大丈夫だ。お前に話しがあって来たんだ。診察が終わってからでいい。時間を取ってくれ」

「——少しだけ待っててくれ」


 騎士団員たちの診察が終わると、ルーカスはジャンをつれてアレックスの執務室に向かった。

 アレックスの執務室前に着くと、ジャンは困惑した表情を浮かべながら部屋へ入った。そこには待ち構えるかのようにアレックスが立っている。その姿を見たジャンはすぐさま挨拶をした。


「急に呼び出してすまない。少し、話しが聞きたいんだ」


 それからジャンは、アレックスから医務室内の状況を細部にわたって質問された。その後、植物毒についての話を聞いたジャンは、近くにいたロランに深刻な眼差しを向ける。しかし、ロランはただ肯定するように頷いた。ジャンもまた、ロランと同じようにこの植物の厄介さに気づいたのか、複雑な表情で沈黙した。


 そんなジャンを見ていたアレックスは、話を切り出した。


「こんなことを頼んで申し訳ないが、王妃の診察があった際は、診察内容を知らせてほしい。そして、あなたの見解を教えてほしい」


 アレックスの真剣な眼差しを見たジャンは、戸惑いの表情を消すと、覚悟を決めた表情で頷いた。


 室内では、その様子を見ていた者たちの安堵の息が聞こえてきた。





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