13 過去の出来事 ③
隣国に位置するロードリアスは、薬草学の分野で優れている。ロードリアスには伝統的な薬物療法にに長い歴史があり、薬草の栽培も盛んに行われてきた。
側妃は隣国から輿入れする際に、護衛と侍女、そして薬師と庭師を同行させた。一般的には、薬師はともかく、庭師を同行させることはない。しかし、隣国が薬草学に秀でているため、宮廷貴族や官僚たちは、その者たちを自然に受け入れた。
それは、ロードリアスという国が、友好国であったことも大きな要因となっている。
王宮の庭園には、王妃と側妃がそれぞれ管理するバラ園と薬草園がある。
王妃が管理するバラ園は、宮殿の前に広がる庭園の一部に設けられている一方、側妃の管理する薬草園は、宮殿の横を通った裏庭にある。輿入れの際、側妃は王に裏庭の使用許可を貰い、連れてきた庭師たちにその場所へ薬草園を造らせたのだ。
側妃の用地として、王妃が初めに提案した王宮の前庭の一部は、薬草の為と言って断っていた。
♢
幼少期の出来事—— エリー(8歳)アレックス(13歳)
二人はその日もバラ園で偶然に出会った。
エリーはアレックスに会うなりかくれんぼに誘った。その誘いを照れながらも受け入れるアレックスは、エリーと同じようにすっかり心を開いているようだ。出会った頃の緊張感を湛えた顔つきも、今ではすっかり和らいでいる。
役目を決め、エリーが笑顔で走り出すと、アレックスはセルジュとララに指示を出し、苦笑いをしながらも数を数え始めた。
エリーは必死に走った。領地では外遊びが多いせいか足は速い。後ろからは、エリーを必死になって追いかけるララの姿が見える。
しばらく走ると、エリーは急に立ち止まった。何かを探すように辺りを見回すと、背の高い生垣に近づき、そこにある小さな抜け道を通り抜けた。すると目の前には、緑豊かな薬草園が広がっていた。
エリーは見たことのない薬草に見入りながら、奥へ奥へと進んでいく。そして、ひっそりと佇む小屋を見つけると、興味深そうにその周りを歩き始めた。
(ここは作業場かな——)
エリーはふいに立ち止まると、素早く何かに近づいた。そしてその場に腰を下ろすと、壁際の地面に生えている花をまじまじと見つめた。
(これは……、ローマンカモミールでもマーガレットでもない。花は似ているけど、下の葉が赤い。もしかして、お祖母様が言っていた「ホワイトラキュール」かな……でも、何でここにあるんだろう。お祖母様は『この国にはないけど、もし見かけても触ってはいけない』と言っていたわ)
エリーは壁際で見た〈触れてはいけない花〉に、興味よりも恐怖を覚えた。
動揺した様子で辺りを見回すと、ポシェットから小さな紙束を取り出した。小屋の裏手に咲く植物は、エリーが見たこともないものばかり。それらの花々をまじまじと見つめると、手元の紙に花の絵を描きはじめた。
絵を描き終えたエリーは、立ち上がるとその紙をポシェットに入れて、もと来た道をこわばった足取りで歩き始めた。その途中、壮年の男がエリーに向かって歩いてくると「嬢ちゃん、何をしている?」とぶっきらぼうに声をかけてきた。
「っ! ご...めんなさい。あの…かくれんぼを…していたの」
「嬢ちゃん、一人か?」
その男は、何度も首を縦に振るエリーを見ると、早く出ていけとばかりに手で追い払った。
「もうここには入るなよ」
エリーは男を見て何度も頷き返すと、急いでその場を走り去った。
夢中で走り、抜け道を駆け抜けると、そこにはエリーを探すララとアレックスの姿が見えた。
「エリーお嬢様!」
「エリー!! 探したよ? 何処にいたの??」
ララとアレックスは、心配そうな顔つきでエリーに向かって駆け寄った。
「心配...かけてごめんなさい……、あそこは、たぶん薬草園だと思う」
「——薬草園? エリー、顔色が悪いけど何かあったの?」
アレックスは、何も言わないエリーを心配そうに見つめると、その手をとって歩き出した。
無言で歩く二人。アレックスは不安を隠すかのように口を硬く閉じている。反対に、繋がれた手に安心したのか、エリーの顔はわずかに緊張がほぐれてきた。
バラ園のガゼボに着くと、二人はいつものようにベンチに腰を下ろした。
アレックスは、エリーの顔を覗き込みながら優しい口調で問いかけた。
「エリー、薬草園で何があったか話してくれる?」
俯いていたエリーは、顔を上げるとアレックスの目を見つめながら不安げに頷いた。
エリーは首を左右に動かしながら辺りを見渡すと、この場にいる三人の顔を見てから口を開いた。
「——良い香りがして、生垣の抜け穴に入ったら、薬草園があったの。そこには小屋があって、気になったから建物の周りを見ていたの——」
青白い顔で答えるエリーに、アレックスは「それで、どうしたの?」と穏やかに尋ねた。
「小屋の裏側で、お祖母様から教えてもらった毒のある植物を見つけたの」
そう言うと、エリーは微かに震える手つきでポシェットから紙束を取り出して、アレックスに手渡した。
そして、エリーは焦る気持ちからか、アレックスの手元にある紙を覗き込みながら、書き溜めた花について矢継ぎ早に話し始めた。
「このお花はね、ホワイトラキュールって言うの。ハーブのカモミールローマンやお花のマーガレットに似ているけど、茎の根元の葉が赤く染まるの。これは息苦しく
なったり、皮膚がただれたりするから触ってはいけないってお祖母様が言っていたわ。それから——」
「............」
「見たことのない植物がいくつもあったの。——お祖母様は、見た目は似ていても毒を持つものがあるから、知っているハーブや薬草に似ていても、きちんと観察しなさいって。毒のある植物だと大変だから、触ってはいけないって言っていたわ。植物毒は量によっては毒にも薬にもなるから、きちんと覚えないといけないんだって」
「そうだね……。エリー、観察は素晴らしいが、見慣れない物や場所にはあまり近づいてはいけないよ」
「——うん」
心配そうに見つめるアレックスをよそに、エリーは小屋の裏側で見た植物たちを記憶を頼りに描き写した。その絵の下には覚えている名前と禁忌事項を書き加えてアレックスに渡した。
♢
エリーと別れたアレックスは、信頼の置ける者をすぐさま自身の執務室に呼び集めた。従兄弟のキースと護衛のセルジュ、そしてその部下の二名だ。
急に呼び出されたキースが、何事かと口を開いた。
「アレックス、何があったんだ?」
「急に呼び出してすまない。内密の話だ。今から話す内容は、当分この五人だけの話にしておきたい」
アレックスの言葉を聞いたキースは、難しい顔をしながらも頷いた。その反応を確認したアレックスは、先ほどのエリーとのやり取りを話し始めた。
セルジュ以外の話を聞いた者たちは、しばらく考え込むと各々が顔を見合わせた。そしてその中の一人、セルジュの部下で第三部隊副隊長のルーカスが、話を切り出した。
「アレックス殿下、この話を今すぐ陛下にお伝えした方が良いのではないでしょうか?」
「今はまだ話を大きくしたくない。それに、裏切者がどこに潜んでるかもわからないんだ。第三部隊内で留めたい」
「御意」
二人の会話を聞いていた隊員のポールがセルジュに尋ねた。
「隊長、側妃様が怪しいということは、第四部隊の調査もするんですよね?」
ポールの言葉に頷くセルジュの表情には第四部隊への疑惑の色が見えていた。
カルディニア王国を守護する王国騎士団は、800名程の隊員で構成されている。
少数精鋭の50名が、近衛隊として王族の護衛や王宮の警備を行い、その他の騎士たちは国防と領内の治安維持に努めている。
近衛隊は5つの部隊で構成され、各部隊は10人の隊員で編成されている。
陛下直属の第一部隊、王妃直属の第二部隊、第一王子直属の第三部隊、側妃直属の第四部隊、第二王子専属の第五部隊
セルジュは元々第一部隊にいたが、前任の副団長が退団するため、副団長と第三部隊隊長の二役を同部隊の団長から任された。
侯爵家三男のセルジュが24歳という若さで二役に任命されてから3年が経った。アレックスとも良い主従関係を築いている。
セルジュはアレックスに尋ねた。
「騎士団内部は我々が調査するとして、毒草については専門家が必要ですね」
「そうだ。できれば王宮関係者は避けたい。適任者はいるだろうか」
その話を聞いていたルーカスは二人に話しかけた。
「自分の知り合いに、薬草の勉強のために隣国へ留学していた者がいるんですが、声をかけてみましょうか?」
「それは......ブリュノ男爵家のロラン殿か? 彼は確か、植物学者だったよな。今はどこにいるんだ?」
「王都にあるバラ園にいます。そこで、家業の手伝いをしているんです。植物以外には興味がないので、適任ではないかと」
セルジュはルーカスの言葉に頷くと、アレックスに向き直り指示を仰いだ。
「そうか。——アレックス殿下、どうされますか」
「彼に頼む。できるだけ早く連れてきてくれ」
「「御意」」
その日の深夜、アレックスは暗部の者に薬草の回収を任せ、ロランが登城するまでの間に次の計画を進めた。
作中に登場する毒植物の名前は創作です。




