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12 過去の出来事 ②


 公爵家に用意された部屋は、いつもとは違う会場入り口から離れた場所だった。


 今回の舞踏会には隣国の王族が参加するため、警備上の関係で王族の待機室に近い場所が用意されたようだ。その部屋に行くには、王族と高位貴族しか通れない専用の廊下を通っていく。エリーはその廊下を歩きながら、窓から見える庭を眺めた。


 外はすでに薄暗く、庭に灯された照明の光が輝いている。エリーは会場の喧騒から離れたことにほっとしながら公爵家の待機室を目指した。しばらく歩くと、この国の騎士とは異なる風貌の騎士が立っていた。会釈をして通り過ぎようとすると、騎士の二人に呼び止められた。


「こちらはお通しすることができません。この先の部屋に行かれるならば、遠回りになりますが反対側の廊下をお使いください。あちらの廊下でしたら通れますので」


「あの、すぐそこの部屋なのですが——」


 エリーがすこし先にある部屋に視線を向けると、一人の騎士が鋭い口調で言葉を発した。


「これから王族の方々がこの廊下をお通りになられます。お控えください」


 そんなことを言われたら、引かないわけにはいかない。エリーは騎士の言葉に素直に従った。


 今来た道を戻りながら、反対側にある廊下を歩く。こちら側の廊下はエリーにとっても馴染みのある庭園を見ることができる。懐かしさを感じながら、その廊下をゆったりと歩いた。


 長い廊下を半分ほど過ぎた頃、ドアの隙間から明かりが漏れている部屋が見えた。エリーはその部屋の前を静かに通り過ぎようとするも、中から聞こえてきた声が気になりドアの隙間に目をやった。


 エリーは、その光景を見た瞬間に目を見開いた。


 部屋の中には抱きしめ合う二人の男女。女性は辛そうに「愛しているの」と繰り返す。悲哀に満ちた表情で「妊娠してるの」と呟く彼女の背中を優しくさする男性。


 彼の姿を見間違えるはずがない。会いたくて堪らなかった愛しい人。息の詰まるような胸苦しさを感じながらも自分に言い聞かせる。


(……やっぱり、私は幼い頃の遊び相手でしかなかったのよね。赤色の髪、隣国特有の色。もしかして、王女様? 王女様とは幼馴染。二人は仲が良いと聞いたことがあるわ。それに、妊娠って……、誰が?)


 エリーは全身から血の気が引くような感覚がした。しかし、こんな場所で倒れるわけにはいかない。この先には王族のプライベートサロンがあったはずだ。公爵家の侍女として無様な姿を晒すわけにはいかない。その思いだけで震える脚をどうにか動かし、壁を支えに前へ進んだ。


(……比べるまでも…ないわ。それに、二人はそういう関係ということよね......)


 しばらく歩いたところで、そんなエリーに声を掛けてきた人物がいた。


「もしかして…、エリー? やっぱりエリーよね。一体どうしたの? ちょっと、顔が真っ青よ!?」 


 エリーは廊下の壁を支えに歩いていた。その存在を確認するかのように顔を覗き込むのは、女学院の同窓で仲良くしていた友人のクレアだった。男爵令嬢のクレアは、女学院を優秀な成績で卒業したのち、王宮で侍女として働いている。


「クレア……? 大丈夫よ、大丈夫」


「全然大丈夫じゃないわ。また、エリーはそうやっていつも無理をするんだから」 


 クレアはエリーの両腕を抱き込み支えながら歩いていく。


「今日は……」


「聞いているわ。今日はローレン公爵令嬢様の付き添いよね? 待機室の変更があったから確認しておいたの。気がついて良かったわ。公爵家の待機室でいいわよね?」


 頷きながら「ありがとう」と答えるエリー。二人は目立たないように静かな足取りでその場を去った。




 公爵家に用意された待機室は広々とした続き間だった。ソファーセットが置かれた部屋とその隣には衣装室。その場で飲食が出来るようにカウンターも備わっている。クレアは、エリーをソファーに座らせカウンターに向かうと、持ってきたレモン水をエリーの口元に運んだ。


「自分で飲めるわ」

「駄目よ、私がやるわ。侍女は体力勝負だと何度も言っているのに、全く皆は——」

「……ふふっ」


 エリーはクレアの変わらない様子に気が抜けたようだ。


「......エリー、どうして泣いているの?」

「何でもないの……なんだか、懐かしくて」

「——そうね。こんなこと、前にもあったわね」


 二人は顔を見合わせるとくすっと笑った。


 クレアは、顔色が回復してきたエリーに安心したのか、仕事場に戻るようだ。エリーがお礼を伝えると、クレアはかぶりを振りながら微笑んだ。


「いつになるか分からないけど、また四人で修道院に行きたいわ」

「そうね。いつか、必ず——」


 二人は互いに抱きしめ合う。そしてクレアは、「約束よ」と言いながら部屋を後にした。エリーはぶれないクレアの態度に安心したのか、少しだけ落ち着きを取り戻した。


(このままなんていやだわ。もう一度、彼の姿を確かめたい)




 公爵家のメイド服では舞踏会場には入れない。エリーは、会場内を見渡せる使用人部屋へと向かうことにした。そして部屋に入ると、会場内が見渡せる隠し窓に近づいた。他家の使用人たちもここから主の姿を確認する。そこには他にも数名ほどが待機しているようだ。


 エリーは王族席にいるアレックスを見つめた。


(エスコートしている女性は、一緒にいた方よね。やっぱり……、隣国の王女様だわ)


 ダンス曲が聞こえてくると、エリー以外の使用人たちも隠し窓に近づいてきた。


「お二人のダンス素敵よね~。第一王子様は王女様のエスコートをされているし、うちのお嬢様は踊ってもらえないかしら」


「多分無理じゃないかしら。それにあのお二人、婚約するらしいわよ。そんな話が出てるって、奥様が言っていたわ」


「いやだわ。今日はお嬢様の機嫌が悪くなりそう」


(婚...約……)


 アレックスを見つめるエリーの目からは涙が零れた。

 しばらく二人の姿をじっと見つめると、エリーは目蓋を閉じた。


(もう...見たくない......)


 エリーは涙を拭うと、踵を返してその部屋を出て行った。




  ♢




 舞踏会翌日——。


 第一王子の執務室では、キースがアレックスに舞踏会の報告をしていた。


「エリーが昨夜、体調を崩したそうだ」


 書類に視線を落としていたアレックスは、キースへすばやく視線を向けて、次の言葉を促した。


「何があった?」


「使用人通路で倒れそうになっていたらしい。通りかかった王妃様の侍女が、待機室で休ませた後、エリザベスに知らせにきたそうだ。それでエリザベスから俺にも話しがあった」


「昨夜は、貴族側の通路を使うように伝えたはずだが——」


 アレックスはキースに答えながらも、目を細めて何やら考え込んでいる。そんなアレックスを見ながらも、キースは話を続けた。


「エリーは廊下を通るときに隣国の騎士に止められて、反対側の廊下を使うように言われたそうだ」


「…………」


「全く…ふざけやがって——あいつらの姑息なやり方は許しがたいな」


 アレックスは、キースの言葉に苦々しいため息を漏らした。


「それで、エリーの様子は?」


「今は落ち着いているそうだ。——アレックス、あと一週間もすればロードリアスの奴らも引き上げる。それまでは城から離れるなよ」


「——分かっている。側妃の件もようやく片付くんだ。これを機に、不正が横行している現状を正すつもりだ」 


 アレックスの発言を聞くと、キースは深く頷いた。


 その時、壁際にいた護衛のセルジュがアレックスに声を掛けた。


「アレックス殿下、これをララから預かりました」


 セルジュは胸元から小箱を取り出すと、それをアレックスに手渡した。


「ありがとう、セルジュ。ララにも礼を伝えてくれ」


「御意」


 アレックスは小箱を受け取ると、中に入っているものを確認する。中には栞のような、ガラス板に挟まれた植物が入っていた。


 キースは、植物をじっと見つめるアレックスの手元を覗き込みながら呟いた。


「やっと、終わるんだな」

「ああ、ようやくだ」

 

 アレックスは、切なげな表情で手の中にある植物を見つめた。


「エリーがいなかったら、俺は今頃ここにはいなかったかもしれない」

「——そうだな」


 その植物は、幼いエリーが側妃の管理する薬草園で見つけたものだった。





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