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10 紡ぐ想い


 昼下がりの午後、エリーとステラ、そしてマヤの三人はナタリーの部屋に集まっていた。

 ステラから作業の説明を受けていたマヤは、テーブルの上にあるタペストリーの布を見下ろしながら嘆息した。


「ステラさん……、これ…大きすぎやしませんか?」

「マヤ、言葉遣いに気をつけなさい。ここは大奥様のお部屋ですよ」

「申し訳ございません、侍女長。——でも大きすぎますって。横幅なんて私の背丈と同じですよ」


 二人の会話を耳にしていたナタリーが、そっとマヤに語りかけた。


「この図案はね。ステラの王妃様への想いに溢れているのよ。『いつかこの土地に訪れることができますように』だったかしら? ステラ」


 しかし、内容については記憶が曖昧だったようだ。


「その通りです。加えて申しますと『あなたをお待ち申し上げております』です」

「ああ、そうだったわねぇ」

「侍女長、それを言うなら『あなたを待っています』ですよ。少女の物語ですよね。その言い方だとニュアンスが変わるような——」


 エリーは会話をする三人を横目にタペストリーをまじまじと見つめている。

 二か月後の献上に合わせて自分の作業時間を考えているようだ。刺繍上級者のステラであれば一日一時間、中級の自分とマヤは一日二・三時間。それぐらいの時間を確保すれば、ひと月で仕上がるだろうか。王都までの移動日数を考えれば、必ずひと月で仕上げたい。早朝から午後までの畑作業は外せない。夕方からの二時間と夕食後の数時間を使って作業しよう。

 エリーの頭の中では、すでに予定が立っているようだ。


(毎日取り組むことがあると、気持ちが落ち着くわ)


 エリーはふっとため息を漏らすと表情を和らげた。

 会話をしている三人を見ると、まだまだ話は続きそうだ。エリーは目の前にある袋の中から刺繍糸を取り出すと、図案を写した布の上に刺繍糸を並べた。


(王妃様は、今どうされているのかしら……)


 エリーは幼い頃に、母親のテレーズに連れられて、王妃のお茶会に参加したことがある。二人は女学院では先輩、後輩の間柄で、その当時からとても親しくしていたようだ。エリーが誕生した際にも、お忍びでシャロン家を訪れた。それくらい二人は親しいようだ。

 エリーはお茶会の席で、王妃の美しい佇まいに終始見惚れていた。優しい顔つきで「大きくなったわね」と微笑まれたときの表情は、幼いながらにもドキドキした。それゆえ心拍数が上がりっぱなしのエリーは、照れくささもあってかまともな返しも出来なかった。


 さらには、その席に陛下が突然顔を出した。部屋の空気がガラッと変わる中、エリーは大人たちが挨拶を交わすのをただ見つめていた。その視線の先には、王妃の腰を抱き寄せ微笑みながらお互いを見つめる陛下と王妃。きっと気心の知れた者たちの前でしか見せることのない姿なのだろう。

 エリーは大人たちの会話が終わるまで、ただただ二人を見つめていた。


 王宮への通いを止めて勉学に励むようになった頃、ララから国や王族についての教えを受けた。陛下には、王妃様以外にも側妃という伴侶がいて、アレックスには異母弟の第二王子がいる。お茶会の様子を思い浮かべたエリーの胸には、その内容が重く残った。


 現在、テレーズやエルから聞く王妃の体調についての話は、あまり良い内容ではない。王妃としての責務は多忙だと思うが、心安らかに過ごせる時間があることを願ってやまない。

 

 エリーがそんなことを考えていると、会話を終えたナタリーが声をかけてきた。


「さあ、始めましょう。私も少しだけで悪いけど参加させてもらうわ」

「ありがとう、お祖母様」


 四人はテーブルの周りを囲むと、それぞれの担当する場所の前に腰を下ろした。

 ステラが三人に刺繍糸と針の説明を終えると、すぐさま作業に取りかかる。四人は針を片手に黙々と手を動かし始めた。


「空には少し光沢があると良いかしら? ねぇ、ステラ」

「そうですねぇ。でも、光沢のない空も穏やかでよろしいかと思いますよ」


 二人が談笑する中、マヤはエリーにそっと声をかけた。


「エリーお嬢様は、ひと月後に王都へ行かれるのですか?」

「ええ。その予定よ」

「私もご一緒させていただきたいです」

「そう……それならお祖母様に聞いてみるわ」

「聞こえてるわ。エリーが良いならいいわよ」

「本当ですか!? 大奥様! エリーお嬢様よろしいですか!?」


 マヤは、ナタリーからの許可を得ると、縋るような眼差しでエリーを見つめた。


「それならお願いできるかしら。よろしくね、マヤ」

「はい! ありがとうございます!」


 ナタリーとステラは、やれやれという表情で目を合わせた。


「何か目的がありそうね」

「そうですね」


 ナタリーとステラの心配をよそに、それからひと月の間、マヤはそわそわと落ちつかない日々を過ごしたようだ。



 その日の夜、エリーは一人になるとハンカチに刺繍を入れ始めた。

 丁寧に一刺し一刺し、花の模様を施している。


 時折手をとめ、何やら考えているようだ。


(次は……、逃げないわ……)


 エリーはハンカチを見つめながら、花の刺繍を指先で辿っていた。



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