三界無安
私は美術室から遠ざかるように走り、そのまま校門へ向かった。
頭の中で声がする。
『凛ちゃんって何でもできてすごいよね〜!』
『ほんと完璧すぎて欠点なさそう』
『皆さんも柳原さんを見習ってほしいです』
『凜は両親が芸術家だから、一緒の芸術家目指してるんだよね!』
『凜はきっと、私達に次ぐ素晴らしい芸術家になれる』
学校の敷地から出ると、走るのをやめて息を整えようとした。
「はぁッ..はぁッ...」
呼吸が苦しい。肺が何かに押しつぶされているみたいだ。
日置さんに謝罪もなしに走り去ってしまった。
部活を放棄してしまった。
きっと、そんなわたしの中の様々な罪悪感や自己嫌悪感が重くのしかかっているのだろう。
「...。」
体が鉛のように重い。胃の中がぐるぐるして吐きそうだ。
朝から続いていた不調が、先程長い距離を走ったことで悪化したように感じる。
こんな調子ではきっといい作品はできない。
この状態で作品について考えている私は、本当に最低だ。
自分に嫌気が差しつつ、一先ず呼吸を整える。
そしてこれからのことを考えながら、おぼつかない足取りで家までの道を歩き始める。
とりあえず、美術部には後で副部長に連絡を入れよう。
副部長は同じクラスだし、今朝私の体調について聞いてきていたから理解されるだろう。
きっと大丈夫。
日置さんには、、、いつかわたしのことを話そう。
今回のことは公募展の作品で悩んでいたとでも言っておこう。
日置さんは公募展の倍率の高さを知っているから。
わかってもらえなかったら、悲しいけど。
日置さんがいなかった、いつも通りの日々になるだけだ。
問題は母だ。部活があるのを知っていたから、帰ったら不審に思われるだろう。
『体調が悪くて帰ってきた』と伝えたら、無理をして学校に行ったことがバレてしまう。
元気に帰っても、ただズルをして休んだのかもと思われてしまう。
何にせよ、母に心配をかけたくない。
父は今日帰りが遅いが、母に報告されたら__。
考えながら歩いていると、どこからか滴が落ちてきた。
滴は学校指定のカッターシャツや教材の入れたリュックに染みていく。
滴の量は段々と増えていき、あっという間に雨になった。
ふと、母が学校に行く私にかけてくれた言葉を思い出した。
そして自分の状況も理解した。
「傘、忘れてた」
いつもなら忘れないのにな。