第98話 ひまわり畑
今日聞いたマナの英雄ポロネーズを俺は一生忘れないだろう
俺の演奏なんてまだまだちっぽけな存在だ
技術があっても
こんなにも人の心を掴む表現力を持ち合わせていない
音だけではなく
マナがピアノを弾く姿までも
美しく
妖艶で
惹きつけられた
きっと俺はマナのピアノを聞くたびに
何度でも恋に落ちるのだろう
その日はレストランで夕食を四人で食べて解散した
カイザー師匠が明日もマナに会いたいとしつこかったので
カイザー師匠のオーケストラの練習風景を見学することになった
その後、俺達はホテルで眠りについた
翌朝、朝の5時半頃に目が覚めてしまう
なんとなく窓の外を見るとマナが近くの公園で一人ベンチに座っている姿が見えた
俺は急いで身支度をすませてマナのいる公園へと向かう
「異国で一人で外出するなんて危ないよ?」
俺が声を掛けるとこちらに振り返りニコッと笑顔でマナは答える
「ちゃんと変装してるし、それにこんな早朝誰もいないから丁度いいと思って。」
「誰もいないから誘拐された時に目撃者がいなくて困るんだろう?危険だから一人で行動することは許可出来ないよ。美人なんだからそれだけで狙われるよ?」
「はーい。わかりましたー。」
「太々しい態度をするな。」
「だって一人で散歩も出来ないなんてつまんないもん。」
「早朝でも夜中でもいいから俺を起こして一緒にいけばいいだろう?」
「気遣うじゃん。気楽に散歩したいの私は。」
「何かあったら守れないからダメ。」
「わかってますよーだ。」
「危機感ないなぁ…。」
「ねぇ。せっかくだから一緒に公園散歩しようよ。」
「何のために?」
「意味なんてないよ。ただの暇つぶし。」
「無意味な時間を過ごすことは好きではない。」
「フフッ。ニックらしいね。たまにはいいじゃん。付き合ってよ。」
「…わかった。」
俺達は公園内を散歩する
暫く歩くとひまわり畑があった
「わぁ!!凄い綺麗!!」
「そうだな。」
マナにひまわりはよく似合う
底抜けに俺を照らす明るさは
まさにひまわりのようだ
「ひまわりの花言葉って知ってる?」
「知らないな。」
「花言葉は“憧れ”私がニックに憧れてるのと同じだね。」
「俺に憧れてるの?」
「そう。ニックみたいに才能があっても努力できる人になりたいの。私の憧れ。」
「マナだって努力家じゃないか。俺の練習に耐えられる人なんて凄いことだよ。」
「アハハ!!それはニックだからだよ。ニックが教えてくれるから頑張れただけ。私一人じゃ何も出来ないもん。」
「英雄ポロネーズは弾けてたじゃないか。」
「英雄ポロネーズを弾いて辞めようって決めてたから本気で最後は頑張れただけ。ずっと練習し続けることはやっぱり辛いから。」
「音楽が好きなんだろう?」
「好きだけど。でも聞く方がいいな。練習辛いもん。」
「俺はマナの演奏大好きだよ。隣でずっと聞いていたいよ。練習だってマナと一緒なら楽しいよ。」
「ありがとう。私もニックの演奏大好きだよ。私とは違う真面目で誠実な音がする。」
「マナは練習が辛いから音楽の道を進むのが嫌なの?」
「他にも理由はあるけれど、一番の理由はそうかな。やっぱり趣味で続けたいよ。音楽は。」
「俺はマナと一緒に音楽極めたいよ。」
「えへへ。ありがとう。まぁあと二年半あるし自分の進路はゆっくり考えるよ。」
このままハーバランド国に帰らずに
二人でキッカ国で音楽を学べたら
そんなことを願う反面
レックスの顔がちらつく
レックスもマナが大好きなんだ
遊園地の時は純粋にレックスの恋を応援出来たのに
今はもう出来なくなってしまった
俺達は恋のライバルになり
マナを取り合う仲になるだろう
きっとレックスと結ばれた方がマナは幸せになれるだろう
マナは穏やかな暮らしを一番求めているから
レックスが大事に大事に
マナを守ってあげるんだろう
俺と一緒になれば
マナは嫌いなピアノの練習を強いることになり
幸せになれるかはわからない
「ねぇ。ニック。」
マナはひまわり畑の中心で俺を呼ぶ
ひまわりに囲まれたマナは絵画のようなワンシーンのように美しく感じた
「この世の無駄な時間にこそ意味があると思わない?今、ニックと見たひまわり畑が私達の音色を彩るんだよ。そう思うと無駄な時間だって案外悪くないものでしょう?」
マナと一緒に過ごすと
俺には気付かない
世界が広がる
「あぁ。そうだな。」
「無駄な時間も私達の財産になるんだよ。全ては繋がっているんだから。」
マナ
俺はマナを幸せにすることは出来ないかもしれないけれど
マナが望む成長を与えよう
怠け者の自分が嫌だと君はよく言うじゃないか
辛い日々を過ごすけれど
達成感のある未来だってあるのだから
マナの音楽が彩るように
一緒に歩んでいけたら
俺は世界一の幸せ者だ