第89話 二人の悪役令嬢
明日、私の国外追放の刑が執行される
死んで楽になろうと思っていたけれど
世界最強の聖女様が許してくれなかったので
私は何もかも失って生きることになった
貴族育ちの私に平民として生きていけるのか不安だ
ここで死んでいた方がよかったと後悔する日が来るかもしれない
それでも私は聖女に誑かされて
自ら土下座をして
生きることを選んだんだ
聖女様はいつも言う
“自由だから何をしてもいいんだ”
“幸せも不幸せも自分で掴み取ることが出来る”
“貴族社会はつまらない”
“ベルチェ様は素晴らしい人生を送ることになる”
まるで私はこれから理想郷にでも行くような
甘い言葉ばかりを羅列する
そんなわけないのに
働いて稼ぐなんて想像がつかない
それ以上に
私の人生にこれからクリス様がいないなんて想像がつかない
不安しかない国外追放なのに
聖女様のせいで少し期待してしまっている
この先は素晴らしい人生になると
すっかり聖女様に毒されてしまったようだ
「面会だ。」
私を監視する係の人が言う
私の面会に来る人なんて聖女様しかいない
面会に来ては毎回くだらない話をするだけだ
でもそんなくだらない聖女様の雑談を聞く時間が好きだった
大恋愛を成就させることよりも
こんなくだらない毎日を続けることが幸福度が高いのかもしれない
日常を笑顔で毎日過ごせることが
奇跡的だったと
今では思う
聖女様は“普通の生活が一番だ”と言っていた
その言葉の意味が少しわかった気がする
恋にしか生きることが出来なかった私に
普通の幸せを手に掴むことが出来るだろうか
「久しぶり。ベルチェ。元気そうね。死刑にならなくてよかったわね。」
「…ローズ様。」
意外な人の来訪に驚く
「クリス様の婚約者をやめろなんて偉そうなこと言ったけれど…きっと私がベルチェの立場でも同じようにやめなかったと思う。だって恋する気持ちは止められないもの。だから…ごめんなさい。」
「私がローズ様の立場なら止めていましたよ。だって…好きな人に愛されない人生なんて破滅しかないもの。」
「ねぇ…やっぱりわざとマナの顔を焼いたの?」
「初めに喧嘩を吹っ掛けた時はそんなことするつまりなかったわよ。でも…クリス様に愛されてるマナが憎くてしょうがなくなって…もうこれ以上苦しい思いをしたくなくて死刑になるように火の魔法を使った。」
「…そう。」
「死刑判決になるところをマナが二時間土下座をして王様を説得してくれた。私は国外追放の刑になったわ。」
「マナに救われたんだ。」
「うん。そうだね。」
「この世で一番憎い相手に救われた気分はどう?」
「…嫌なこと聞くね。でも面会に来てくれたし答えてあげる。憎くてしょうがなくて顔を見たくないけれど、マナが好きだよ。地獄に堕としたのもマナだけど、私を救ってくれたのもマナだから。」
「…フフフッ。」
「?」
「本当に前世の自分を見てるみたい。」
「前世?」
「私には前世の記憶があるの。ベルチェと同じように好きな人を奪われて地獄に堕とされた。その後私のことを救ってくれたのも私の好きな人を奪った人だった。」
「アハハ!!本当に同じだね!!」
「私も同じ。どうしても嫌いにはなれなかった。今でもそう。」
「その後はどうなったの?他の人と恋出来た?」
「その後は事故で死んだから。」
「あら。それは残念だったね。」
「そう…でもないのかも。ベルチェと同じで好きな人に愛されない苦しみを抱えて生きていくことは辛かったから。やり直せたことは私とってはラッキーだったかもね。」
「今世では幸せな恋ができるといいね。」
「出来ないわよ。マナがいる限り。」
「…。」
「可愛くて美人で性格もよくて最強のヒロインなマナ相手に勝てるわけないじゃない。私も恋愛して破滅してベルチェと同じ道を辿るのよ。」
「恋愛だけが人生じゃないし…。」
「恋愛がない人生なんてつまらないわよ。ベルチェだってそうでしょう?私達は同じ。恋愛しないと生きていけないの。でもあんなチートみたいな存在がいて恋愛なんか出来るわけないじゃない。どいつもこいつもマナマナマナ。恋愛する気ななれないわよ。」
「たしかにね…」
「本当に嫌なのに。邪魔なのに。嫌いになりきれない自分がやだ。性格だけは悪くあって欲しかったわよ。堂々と嫌いになれた方が気持ちが楽になれるのに。」
「あはは!!いいじゃない。友情深めたら?」
「絶対嫌。」
「あはは!!私も!!」
「ねぇ。マナとクリスが恋人になって欲しい?」
「うん。クリス様が幸せになって欲しいから。」
「凄いね。私はそんな風に思えない。」
「大好きな人だもん。私が隣にいなくても幸せになって欲しいよ。」
「マナに惚れた後のクリス様の行動って異常だったじゃない?」
「そうね。」
「こわくなかった?マナに誑かされて豹変するクリス様が。」
「こわくなかったよ。寧ろ少し嬉しかった。あんなに感情的な一面見たことなかったから。人間らしくなったって言ったら変かもしれないけれど。」
「そんな風に思えるのが凄いよ。私は豹変した彼のことがこわかった。まるで別人のようで。私の知ってる優しい穏やかな人じゃなくなって。」
「自分の思ってた人と違ったって?」
「まぁ…そうね。」
「それは理想の押し付けだよ。その人は元々そんな人だったんだよ。クリス様だって豹変したんじゃない。そういう人だったんだよ。みんなが知らなかっただけ。」
「マナのせいで狂ったんじゃないの?」
「マナは関係ない。マナに恋をしても狂ったように執着する人ばかりじゃない。その人とクリス様は元々そう言う人間だったのよ。知らない一面が見えただけにすぎないわ。」
「豹変したクリス様も好きだった?」
「もちろんよ。世界で一番愛してる。」
「すごいね。私は無理だったな。」
「まだまだね。愛する人の全てを愛してあげなくちゃ。」
「マナに勝てるかな?」
「無理だろうね。それでも…救ってくれるよ。マナがね。」
「やだな。そんな人生。」
「私の人生なんだけど。」
「あ。ごめん。」
「フフフッ。案外悪くないわよ?」
「そう。じゃあいつか私が国外追放されたら一緒にお茶でも飲みましょう。」
「いいわね。最高の人生よ。それ。」
「あ!ローズ様!?ベルチェ様の面会に来るなんてやっぱり慈悲深いですね!」
聖女のマナ様が私の面会に来たようだ
「ちょうどマナの悪口で盛り上がってたところよ。」
「えぇ!?」
「あんたのせいで恋愛負け戦でくそつまらん人生だってね。」
「私よりベルチェ様やローズ様の方がいい女なのにね!私に恋する男は全員見る目ないんですよ!」
「あんたが言うと煽りにしか聞こえないから。」
「本当のことなのに…」
「マナ様最後に会いにきてくれてありがとうございます。」
「最後なんて言わないでよ。国外に行っても会いに行くよ。手紙書くから住所決まったら教えてね!私は魔塔に住んでるから手紙書いてください!!」
「わかりました。必ず手紙書きますね。」
「えへへー。これってペンフレンドというやつではないですか!?」
「そうね。ペンフレンドぐらいならなってもいいわよ。」
「やったー!!聞きました?ローズ様!!友達出来ましたよ私!!」
「ベルチェやめときなさい。せっかく国外追放になって自由になれるのに。マナに関わるなんて碌なことにならないから。」
「ペンフレンドなら大丈夫じゃないですか?」
「いつかベルチェに恋人が出来た時にマナにまた恋人を取られるわよ?」
「さよなら。マナ様。命を救ってくれたことは感謝しますが今後は一人で頑張りますのでここで縁を切らせて頂きます。今までありがとうございました。」
「そ、そんななぁ!!!」
人生最後のハーバランド国の夜
三人で談笑したこの日を
私はきっと一生忘れない
さようならローズ様
さようならマナ様
さようならクリス様
みんな素晴らしい人生になりますように