第259話 孤立
マナが全て魔法が使えると判明してから
噂は瞬く間に広がった
聖女様はやっぱり別格だ
聖女様は我々とは違う
聖女様は神様の使いなのだ
とマナを崇め称える声が学園中を支配した
廊下を歩けばモーゼのように人が割れる
声を掛ければ涙を流して感動される
マナの神格化が加速していった
「マナ様と同じ部活に入れるなんて感激です〜。」
「ピアノのコンクールでも優勝されているんですよね?」
「さすがマナ様ですよね。天から二物も三物も与えられるって感じします〜。」
「いつも別室で1人で練習されているんですか?ストイックでかっこいいです〜。」
今年入った新1年生の新入部員達が話す
新1年生はマナがピアノを下手くそであったかなんて知らない
今、目の前にいるマナはピアノが下手で苦戦して愚痴を言いながら練習する姿は影もない
孤高で美しく俺達を魅了する音色を奏でるピアニストだ
去年から在籍している2年生達や俺達3年生はマナが天から授かった才能だけでピアノが上手くなったわけではないことを知っている
そして…最近は何かから逃れるように
現実逃避をするかのように
ピアノに集中していることも知っている
そしてピアノの腕は驚くほどに成長し
学生の中では敵はないだろうと確信するほど
マナは立派なピアニストに成長した
マナは自分に自信を持てない人だった
努力して手に入れた物に価値を見出す人だった
だから…マナに自信をつけてあげたくて
努力が結果に残せるようにコンクールも受けさせた
俺が与えたかったものは手に入れたのだろう
ずっと欲しがっていた自信もついたようだし
誰にも文句を言わせないコンクールの実績も手に入れた
マナがピアニストとして生きていきたいとまで言わせることに成功して
来年からはキッカ国に一緒に留学することになっている
そう、これは全て俺が描いた理想通りの展開
全てが上手くいっている
喜ばしいことだ
素晴らしいこだ
けれど…マナは本当にこれでよかったのか
俺の予想とは違い、マナはどんどん孤立していった
ピアノという武器を手に入れて
1人で生きていける術を手に入れたマナは
誰にも頼らずに
自分の実力だけで生きていこうとしている
これが…マナが本当に望んだ未来だったのだろうか
自信をつけさせることがマナを孤立させてしまった
ピアノを弾くマナはとても美しく綺麗で最高の音楽を奏でているけど
幸せそうには見えなかった
現実から逃避して
音楽の世界にのめり込む
音楽家としては100点満点だろう
でも…本当にこれでよかったのだろうか
マナの最高の音楽を聞けることはとても嬉しいことだが
苦しみながらピアノを弾くマナもほっとけないと思う
「マナ。」
マナがピアノを弾き終えてから俺は声を掛ける
最近はピアノを弾いている最中は集中していて俺の声も届かないからだ
「ニック。どうしたの?」
「…素晴らしい演奏だね。今年のコンクールは優勝間違いないよ。」
「そんなことないよ。みんな必死に練習してる。本番では何が起こるかわからないものだから。」
「何回練習しても不安を拭えない気持ちはわかるけどね。」
「そうだよ。ニックこそずっと完璧な演奏してるじゃん。今年も優勝間違いないでしょう?」
「そんな簡単に優勝なんて出来ないよ。」
「ほら。ニックも同じじゃんか。」
「俺はね。ヴァイオリニストとして生きていけることはとても幸せだよ。毎日大好きな音楽と関われるからね。」
「うん。」
「マナは?ピアニストとして生きていくことに生き辛さを感じるんじゃない?」
「仕事としてピアノを弾くならこれから苦労しかないだろうね。」
「それでもキッカ国へ行くの?どうして?」
「さぁ…優越感かな。白魔法や外見なんか関係なく、ピアノの実力だけで生きていけるんだって世の中に証明したい。私の努力のピアノの音色は白魔法や外見なんかより価値があると知らしめたい。」
「それで…マナは幸せになれるの?」
「さあ?幸せになる為にピアニストになんてならないと思うけど。ニックの方が特殊なんじゃない?プロとして活動するなら誰もが葛藤を抱いて弾くものだと思うけど。」
「それはそうかもしれないけど…マナは特別孤立していって…ピアノにのめり込むほど辛そうに見えるから…」
「ピアノをしているから辛いんじゃない。辛いからピアノを弾いているのよ。寧ろピアノには救われているわ。」
「じゃあ最近はずっと何が辛いの?」
「うーん…恋愛のやり方?」
「…。」
意外な答えに少し呆れてしまった
でも恋愛初心者のマナからすればとても辛いことなのだろう
「またカイとミメットに恋愛相談会をやってもらうか?」
「前と同じ悩みだからねぇ…アドバイス通り素直な気持ちをぶつけたのはいいけれど…上手くいく気がしない。やっぱり全員ハッピーエンドは無理があるのかな。」
「振られた相手はどうしても傷つけてしまうものですからね。」
「わかってるんだけどね…。」
「今日、転入してきたマオ君はやっぱり以前会ったマオ君だよね?」
「そうだよ。」
「どうしてあんなに成長したんだい?」
「ドラゴンの姿でいると成長が早くなるらしいよ。」
「それで今年転入してきたの?もしかして…マナの恋人になる為に?」
「大正解だよ。」
「それで…素直に振ったんだ。」
「そう。でも全然諦めてくれなさそうだし…どうしようかな…。」
「マナに認められたくて急いで成長したマオ君が1回振られたぐらいで諦めるわけないだろう?」
「まぁ…それもそうか。」
「マオ君だってこんなことで諦めるぐらいの恋じゃないってことさ。もっとアピールして振り向かせたいと思うのが普通だよ。」
「必死に私を見つめるマオを見るのが辛い。何度も傷つける言葉を言うのが辛い。」
「そんなに辛いならマオ君を選べばいいんじゃないか?」
「無理だよ。私が好きな人はただ1人。その人以外を選ぶつもりはない。」
「そんなに…好きなの?そいつのこと。」
「好きだよ。大好き。たとえこの世界がもう1度やり直すことになったとしても…私は必ず彼を選ぶ。何度繰り返してもマオを選ぶことはないんだから諦めて欲しい。」
「残酷なこと言うね。」
「残酷?一途で素晴らしい恋の間違いでしょう?」
「その好きな人もキッカ国に連れて行くの?」
「さぁ?知らない。」
「え?そんなに好きなのに離れて暮らすつもりなの?」
「魂が繋がっていれば遠距離でも問題ないわよ。」
「…好きなら毎日会いたいものじゃないの?」
「別に私はそんなことはない。年に1回ぐらい会えればいいんじゃないの?」
俺はマナにしか恋をしたことない恋愛初心者だけど
マナの言っている意味がよくわからない
そんなに好きなくせに
会うのは年に1回だけなんて…
こんなこと言ってるならマオ君だって勝ち目はあると思ってしまうよ
言動と行動が一致していないように感じる
マナは本当に…クリスが好きなのか?
マナは…1人で生きていくことを望んでいる