第191話 入れ替わり-フェイside4-
姿がエラート・マナになっても
僕が僕であることには変わりなく
このままずっとマナ先輩の姿でいることになっても
マナ先輩に僕はなれない
見た目が美人で可愛なった程度で
愛されるなんて夢物語だった
それがわかっただけでもこの入れ替わりには意味があったのだろう
他人を羨んでも仕方がない
僕が僕である限り
僕の望みは僕が叶えるしかないのだから
昼休みが終わり、午後の授業も終えて僕はオーケストラ部へと向かう
「さて。今日はこの曲を練習しよう。」
ニック様に言われて楽譜を並べられる
こんな難しい曲を僕が弾けるわけがなかった
それでも…せっかくオーケストラ部に来たんだから
ピアノを弾いてみたいなと思い
僕は弾く
キラキラ星を
やりきって満足してニック様へと視線を向けた
「…君がマナでないことは気づいていたけど。なかなかいいキラキラ星を弾くんだね。誰なのかな?是非オーケストラ部に入部しないか?」
「いつ僕がマナ先輩でないと気づいたんですか?」
「マナはね。俺があげた向日葵の髪飾りを毎日つけているだよ。律儀に俺との約束を守ってね。」
「フフッ。そんな彼女にさせるようなこと意外としてたんですね。ニック様。」
「君はフェイ君だね?」
「え!凄い!!なんでわかったんですか?」
「マナの周りで1人称が僕なのはフェイ君と…マオ君しかいない。」
「なるほど。名探偵ですね。ニック様!」
「誰でも簡単に解けると思うけど。ずっと入れ替わったままなの?」
「いえ。今日1日限定です。」
「そうだよね。あんなに頑張ってピアノコンクール優勝してキッカ国に招待されるまで実力を上げたのに投げだすわけがない。」
「マナ先輩って凄いんですね。」
「俺なんか足元にも及ばないよ。」
「え?ニック先輩は同世代のバイオリニストの中では1番有名じゃないですか。」
「俺なんかあっという間に置いていかれるよ。マナの表現力は特別だ。真似して出来るものではない。人を惹きつける才能。努力して得られるものではないよ。」
「フッ。人を惹きつける才能か。羨ましいな。」
僕には縁のない才能だ
「フェイ君どうだい?オーケストラ部に入る気はないかい?」
「すみません。僕は美術部なんです。」
「ほぉ。いいね。絵を描くのか。芸術肌だろうからね。フェイ君は。」
「そんないいものじゃないですよ。長い間入院生活をしていたから暇つぶしに絵を描いていた延長なんですから。」
「いつかフェイ君の絵を見てみたいよ。」
「人様に見せれるほど上手くないですけどね。」
さてと…と前置きを僕がする
「そろそろ帰りますね。僕が弾けるのはキラキラ星だけですから。」
「フェイ君。俺の演奏聴きに来てね。」
「はい。必ず行きますよ。ニック先輩。」
僕は部室を出て魔塔へと帰る
「ただいま帰りました。」
「おかえり。フェイ君。儂はサラダしか作れないから夕食はサラダだ。すまんの。」
「いえ。ありがたいです。朝は不味いスープ飲ませて申し訳ございませんでした。」
「今日はマナになれてよかったか?」
「思ったようにはなりませんでしたが…マナ先輩になれたことで気づいたことはたくさんありました。そういう意味ではマナ先輩になれてよかったですね。」
「マナがこの魔塔に来てから厄介事だらけで毎日が騒々しくて大変だけれど…それでもマナに出会えてよかったとそう思わされる。厄介な女だよ。あいつは。」
「そうですね。僕も思っていました。マナ先輩がいなければクリス様は…恋に溺れることなく今でも完璧な王子様でいてくれたのに。僕の理想の王子様であってくれたのにって。でも…僕はマナ先輩に誑かされてしまった。会わなければよかっただなんてもう1ミリも思えないよ。」
「…マナはマイノリティの理解者になれる。」
「え?」
「理解されない人を理解することが出来る。それが…儂らにとって最大の救いなんだ。」
「そうですね。理解してもらえる。受け入れてもらえるという事実が嬉しいですから。」
僕は僕のままでいいんだと
そう言ってくれることが
救いになると
マナ先輩は気づいているのだろうか
「明日。フェイに戻ることが楽しみです。」
僕は物置き部屋のようなマナ先輩の部屋で眠りにつく
次の日になり、僕は元通りのフェイの姿に戻っていた
いつも通り朝の支度を終えて学園へと向かう
クラスのドアを開けて…
僕は隣に座っている男に向けていう
「おはよう。」
戸惑いながらも“おはよう”と挨拶を返してくれた
この挨拶が僕の大事な勇気の1歩だ
ドキドキしたけれど…挨拶を返してくれた
少しずつ話していこう
100人に話しかければ
1人ぐらいは友達にきっとなってくれるから
傷ついて失敗しても大丈夫
マナ先輩が僕を慰めてくれるから