第181話 傍観者
俺達はジンベイザメがいる大水槽へと移動する
マナ様はクリス様とレックス様に囲まれて歩いている
こうして後ろから3人を見つめているといつもの日常に戻ったことに安堵した
「ルナからの指名で今日は2人きりの水族館デートだったらしいじゃない。ストーカーから大出世ね。アレクサンダー。」
そう話しかけてくるのはローズ様だ
「都合のいい相手が俺だっただけです。攻略対象と離れて気楽に過ごしたかっただけだと仰っていましたから。」
「それでもアレクサンダーが選ばれたんだから。凄いよ。滅多にないんだからねマナから選ばれることなんて。マナはいつも受け身だからさ。羨ましい。」
「ローズ様はいつもマナ様に好意を向けられているじゃないですか。都合がよくて選ばれた俺なんかよりよっぽど懐かれているじゃないですか。」
「そうだけどさ…やっぱりマリオ様と婚約したと知ってからよそよそしいんだよね。ちょっと寂しい。」
「マリオ様がいるからいいじゃないですか。」
「わかってないなぁ。マナからしか得られない幸せがあるのよ。1日過ごしたアレクサンダーならわかるでしょう?」
「フッ。そうだな。」
俺達は大水槽の前のベンチに腰を掛けて暫く水槽の魚とジンベイザメを見ることになった
「…すごいな。」
「水塊が凄いわよね。」
「ジンベイザメじゃないんですね。」
「魚はなんだっていいのよ。この水塊に囲まれて水中にいるように感じるのがいいんだから。」
「なるほど。そういう楽しみ方もあるんですね。」
「私はイルカショーとかよりも水塊に囲まれた大水槽の方が好き。」
「そうですね。こうやって落ち着いて眺める方が俺も好きです。」
「マナと一緒じゃなくてごめんね。」
「何言ってるんですか。ローズ様と一緒でも贅沢させて貰ってますよ。俺のようなモブに優しくして頂いて感謝しかありません。」
ちょうど俺達の目の前にマナ様とクリス様とレックス様が座って同じように大水槽を眺めている
クリス様とレックス様が常に揉めていてマナ様が気疲れをしている
「あの3人は相変わらずね。マナも早く1人に決めて付き合わないからこんな揉め事になるのよ。誰でもいいから選べばいいのに。」
「今は恋をするといけない状態だから仕方ないんですよ。」
「ややこしいことになってるのね…」
「早く恋人同士になって幸せになって欲しいですけどね。」
「マナが恋するなんてやっぱりまだまだ先ね。」
「え?」
「え?何?」
恋をするのが先…?
今まさに目の前で恋する視線をクリス様に向けているのに…
明らかに前とは違う
切なそうに愛おしそうに見ているのに
ローズ様は気づいていないのか?
「マナ様には想い人がいると思いますが。」
「え?誰?」
「…わからないですか?」
「何もったいぶってんの。わかんないわよ。」
「結構あからさまだと思いますが。」
「フェイ君?」
「…。」
「全然わかんないけど。アレクサンダーの勘違いじゃないの?」
「…そうですね。勘違いかもしれないです。」
勘違いじゃない
ほぼ確信している
マナ様はクリス様に恋をしている
でも…他の人は気づいてない?
もしかして毎日マナ様を見てストーカーしている俺しか気づいてない?
毎日見ているから
些細な表情や仕草で
わかるようになっているんだ
「マナが誰かに恋するなんて想像できないなぁ。」
「…そうですね。」
今まさに目の前でクリス様に手を繋がれて照れながら怒っているけどな
怒ってるけど手を振り解こうとはしないところは
恋じゃなくてなんだと言うんだろう
やっぱり結構あからさまだと思うんだけど…
「ミメット様はマナ様は誰と恋人になると思いますか?」
ローズ様が鈍感なだけかもしれない
俺はミメット様にも聞いてみた
「そうですね…1番人気はスリー様。2番人気はニック様。大穴予想はフェイ君ですかね。」
「競馬予想みたいに言うなよ…」
「3連単当てたいですね。」
「1人しか付き合わないよ…。」
クリス様の名前が一切上がらなかったぞ
本当に気付いてないのか…?
手を繋がれただけで顔を真っ赤にしているのに
いつも通りといえばいつも通りなのか?
「今、目の前にいるクリス様とレックス様は?」
「マナ様嫌いでしょう?どっちも。お優しいから突き放したりしないですけど。」
「ねー!!あんな強引にされても嫌だよねー!!」
「えぇ…」
「可哀想に…あんな奴ら殴って言うこと聞かせてしまえばいいのに。」
「どっちからも手を繋がれて困ってるじゃん。相手の気持ちに寄り添えない男はダメよ!!」
「えぇ…」
「助けて!!シガーレッド・アレクサンダー!!!わ…私は穏やかにジンベイザメを眺めたいだけなのに!!!」
マナ様がこちらに振り向いて俺に助けを求める
「おい!!そんな男に助けを求めるな!!俺と一緒にいると何が不満なんだ!!」
「そうだよ!ルナ!アレクサンダーよりも俺の方がいい男だろう!?」
「お願いだから!!静かにゆっくり眺めさせて!!」
俺はハハハと苦笑いするしか出来なかった
「ほら。あの2人よりアレクサンダーの方がマナの恋人になれそうだよ。」
「うざいですよね。本当に可哀想です。マナ様。」
本当にみんな気づいてないみたいだ
寧ろクリス様はマナ様に1番嫌われてると思われてそうだ
照れ隠しにしか俺には見えないのに
…ハハハ
俺だけ重要な真実を握っている感覚は
何度経験しても堪らない
俺も立派な新聞部の部員というわけだ
水族館の課外活動は終わり、俺達は学校へと戻った
「やぁ。アレクサンダー君。今日はマナ様とのデート楽しかったかい?」
エド様が嫌味混じりに俺に言う
「そうですね。人生で1番楽しかったです。」
「アハハ!君もすっかりマナ様の虜にされてしまったわけだ!!」
「俺は前からとっくにマナ様の虜ですよ。」
「そう?ストーカーしていたのも私欲だったのかな?アハハ!!」
「俺はマナ様の虜ですけど、新聞部の部員でもありますからね。全ての物事を平等にしていますよ。」
「…素晴らしいね。新聞部の鏡だよ。アレクサンダー君。」
「ありがとうございます。」
「それで?今日の情報は?」
「マナ様は恋をしています。」
「…本当か?」
「ほぼ自分から自白してましたから。間違いありません。」
「誰に?」
「そこまではわかりません。でも恋をしていて俺にバレることを恐れているようでした。」
「…なるほどね。誰か憶測でもわからない?」
「どうでしょうか。スリー様が1番可能性がありそうですけど。」
「ふーん…。今恋したらマオ君が暴走する可能性があるのに本当にタイミングが悪いね。マナ様は。」
「幸せな恋愛をして欲しいのに残念です。」
「世界の命運がかかっているんだから仕方がないよ。本気で好きになってカップル爆誕したら世界崩壊するのに。」
「さすがに1年間は恋人を作らないと思いますよ。マオ君を待つと言ってましたから。」
「当たり前だ。浮かれて恋なんてしていたら聖女じゃなくて悪女そのものだよ。大魔王はマナ様になるからね。」
「…エド様はマナ様嫌いですよね。」
「何を言っているんだい?俺は平等主義だよ。アレクサンダー君。」
マナ様へと嫌悪感が隠せていない
人間誰しも平等にすることは難しいようだ
でも…俺は平等にしましたよ?マナ様
エド様にも有益な情報は与えましたし
マナ様に配慮してクリス様が好きなことは言わなかった
真の平等主義は
マナ様でもなく、エド様でもなく
俺に称号をくれてもいいんじゃないかな
世界が平和になろうとも
世界が崩壊しようとも
俺の立場は変わらない
傍観者として生きていくのだから
だから俺は誰よりも平等に
この世界を傍観する