第166話 代償
何も努力しなくても
可愛いだけで
甘やかされたり
優しくされたり
得をしたりすることが
ズルをしているような気分になった
実際にズルいと陰口を言われることも多かった
だって…みんなが努力して可愛くなろうと
化粧を研究して
髪の毛をアレンジして
可愛いを作り上げることを努力しているのに
メイクもしてなくて
髪の毛もといただけの私に
好きな男が夢中なってたら
そりゃむかつくよなって
そう思う
何もせずに幸せを手にできる自分が
なんとなく不安で
だから私は罰を与えて欲しいと
心のどこかで願っていた
ズルをしてある代償を
私はどこかで払わないといけないと
そう思ってしまうんだ
男の人を惑わせる魔性で
たくさんの人達を傷つけた
何もしないということを
昔の私は悪いことなんてしていないのにと思っていた
今ならわかる
何もしないことは罪だ
嫌なことは嫌と
理不尽なことはやめてと
怒らないとダメだったのに
何もかもがめんどくさくて
何もしなかったことは
私が怠惰なだけの罪深い女だ
争い事が苦手で
平等であることに美学を感じていた私が
恋をした
さぁ代償を払う時が来たようだ
好きな気持ちを隠して
好きな男と結ばれることもない
それがこんなに辛いことなんて思わなかったな
誰よりも大好きだよって伝えて
喜ぶ貴方を見てみたかったな
放課後になり、オーケストラ部の練習へ私は向かう
私はピアノのコンクールに出場するので
課題曲を練習する
一次予選が通過した後に二次予選、決勝とコンクールは続く
一位を目指せとニックにしごかれているので
課題曲の練習は一曲ではなく、全部の予選の課題曲を練習しなければならない
「今日は決勝で弾く課題曲の練習をするよ。」
ニックが私に言う
「はい。よろしくお願いします。」
落ち込んだ時にこそ
ピアノを弾きたくなる
ピアノを弾いている間はゾーンに入って
嫌なことも全て忘れて曲に集中出来る
あの感覚が好きだ
そして…実力主義のこの世界が好きだ
甘くなくて
優しくない
ピアノは何もしない私を罰してくれる
努力することを
努力しないと栄光は与えられないことを
そう教えてくれるから
私は一呼吸して弾き始める
今日は本当に最悪の気分だ
だからこそ
ピアノを弾くのには最高のコンディションなんだ
ゾーンに入る
曲の世界に入り込む
気持ちがいい
気持ちがいい
誰よりも綺麗な音色を
この曲に紡がれた想いを
表現できればいいな
私は課題曲を弾き終えた
「…よっぽど辛いことがあったのかな?マナ。」
「そうね。」
「学園生活は普通に過ごしていたのにね。クリスと一限目サボったことが関係してるのかな。」
「クリスは関係ないよ。」
「そう…。ルナは人のことはすぐに助けるくせに自分が辛い時は我慢するよね。」
「心配かけたくないんだよ。」
「心配ぐらいさせてよ。マナが落ち込んでる時に何も出来ないことの方が悲しいよ。」
「…我慢することは自分の自己満足です。悟られたくないんです。哀れに思われることが嫌いなんです。」
「マイナスの感情が悪じゃない。嫉妬や妬みが人間になければ成長なんて出来ないんだから。」
「私は最低な人間だよ。大事な人を守ることも出来ない。」
私はこの世で一番大事なマオを裏切った
許されるわけがない
許して欲しくもない
それでも…諦めることは出来ない
マオと一緒に生きる未来を
「大丈夫だよ。高尚な人間の方が珍しいんだ。人間なんてみんな欲まみれで最低な生き物だよ。」
「…フフフッ。最低だって生きていかなくちゃね。」
「マナは最低な時にこそ最高の演奏をするから。マナのマイナスな感情は人の感情を揺さぶる。最高の演奏家だよ。」
「ありがとうと言っていいのか…。」
「コンクール中は虐めてしまいたいと思ってしまうほど素晴らしい演奏だったよ。」
「…冗談ですよね?」
「出来が悪ければパワハラ乱用しよう。」
「真面目に練習するのでやめてください。」