第5話 趣味
1046年 夏
アターニア王国 レスト 王城
「いやー、大きくなったなー。テネブルよ。」
ハッハッハッハーとソファーに座る金髪の壮年男性が笑う。
会う度に同じことを言っている気がするこのおじさんは、自分の父親にしてアターニア王国の国王である。
「ありがとうございます。お父様。」
自分も毎度おなじみの返事をして頭を下げる。
父親が同じことをいうのは、これが子どもに対して挨拶するときに使われる慣用句なのだろう。
「最近は文字を書く練習をしていると聞いたぞ。」
「はい。エイリークに厳しく教えられています。」
そう言うと、自分の後ろに座っていたエイリークが進み出て、父親に紙を渡す。
「ふむ。丁寧な字だ。」
うんうんとうなずきながら、父親は紙に書かれた文字を読んでいる。
あの紙は、文字の練習としてこの国の聖書をすべて模写した中の1ページである。
聖書のはじめの方は、神が世界や人間を創るというよくある創世神話だが、話が進むにつれて、神から力を与えられた人間は、水を出し、火を噴いて、果てには空を飛ぶようになる。
演劇にすると、多くの演者や大道具が出てくる序盤の盛り上がりポイントだろう。
父親が読んでいるのは、そんな人間たちが神話時代を謳歌する場面だ。
「テネブルよ、素晴らしい。」
父親は上機嫌な表情を浮かべている。
「ありがとうございます。」
またしても頭を下げる。
「そういえば、この前言っていたものが見つかったぞ。」
父親は紙をエイリークに戻すと、後ろに控える人に話しかける。
以前、何か欲しいものはないかと聞かれたので、前世にあったあるものをリクエストした。
しばらくすると、木の箱を持った男性が部屋に入ってきて父親に渡す。
「これがそうだ。」
そう言うと、父親はふたを開けて木箱をこちらに傾けた。
中には、丸い胴体から長い棹が伸び、棹には3本の弦が張られた木製の物体が入っている。
「イルーの商人によると、はるか遠くの国の楽器だそうだ。なんでも……」
父親が何かを話しているが、何も耳に入らない。
「これが……。やったー!」
嬉しさのあまり、飛び上がる。
「ありがとうございます!お父様!」
「弾いてもいいですか?」
「ああ……。」
気押された父親がなんとか声を上げる。
突然飛び上がった第2王子に周りにいる大人たちは驚いている中で、当人はキラキラした目で楽器を手に取っていた。
ーーー
「テネブル様。今日も弾くんですか。」
午前中のエイリーク勉強会が終わって楽器を取り出すと、片付けをしているリータが話しかけてきた。
「もちろんです。」
楽器を手に持つと、棒状の木に弦が張られたの弓を楽器に張られた弦へとあてがう。
「おー! きれいです。」
棒を動かすと音がでる。
前世のバイオリンみたいな楽器だ。
何回か練習すると綺麗に音が出るようになった。
「まぁ、こんなかんじですかね。」
弦を押える位置を変えながら、前世のドレミファソラシドを弾いてみた。
「すごいですね。もう弾けるようになるなんて。」
「そんなに難しくないですよ。リータもやってみますか?」
「是非、やりたいです!」
リータに楽器を手渡す。
「左手で楽器を持って、足にあてながら楽器を立ててください。」
「こうですか?」
リータは胡坐を組み胴体の底面を左大腿の側面にあてて、足と垂直にして楽器を立てる。
「そうです。そしたら、左手で弦を押えます。」
リータの左手の指を動かす。
「他の指が弦にあたらないようにしてください。」
「これ……結構大変ですね……。」
リータの左手はプルプルしている。
「その状態で右手に弓を持ちます。」
弓を持ったリータの右腕を掴んで、一緒に弓をひく。
「おー!」
きれいな音が部屋に響いた。
「弾けました! すごいです!」
「上手ですね。」
「ありがとうございます。左指で押さえるのが大変ですね。」
「左指を動かして音程を変えます。こんな感じに。」
リータの左手の指を動かす。
「演奏しながら押さえる場所を変えて、音程を変えます。」
「これは難しいですね。」
「毎日練習すれば慣れますよ。リータも一緒にやってみましょう。」
「いや……、私は結構です……。」
「そうですか。ゆくゆくはこれに似た楽器をつくる予定なので、その楽器を弾いてもらいましょう。」
前世では、趣味でギターを弾いていた。
上手ではなかったが、ギターを弾いているときだけが心の安らぎだった。
ギターを再現するために父親に頼んで、似た楽器を探してもらった。
「楽器をつくるんですか?」
「はい。その楽器ならリータも弾けると思うので楽しみにしていてください。」
「はぁ、わかりました。」
苦笑いしているリータから渡された楽器を再び弾きはじめた。