第2話 洗礼の儀式
「お待ちください!テネブル様!」
部屋の中を這いずりまわる自分をメイドが追いかけている。
もうかれこれ30分も追いかけっこをしていた。
ハイハイができるようになってからは、寝て起きて、メイドと追いかけっこをして疲れては寝るという生活を繰り返している。
「失礼します。陛下がお見えです。」
突然ノックがして、ドアの外から声がする。
「はい!お待ちください!」
メイドが返事をして、自分を抱きかかえた。
「お待たせいたしました。どうぞお入りください。」
メイドが答えるとドアがガチャと音を立てて開かれる。
部屋に入って来たのは男性2人。
最初に入ったのは、陛下と呼ばれる金髪の壮年男性。
この人が自分の父親だ。
「おー、元気にしてたか。」
父親は自分の頭に手を伸ばして優しくなでる。
「あいあい」
破顔一笑の父親に向かって手を振る。
「ハハハ、お利口さんだ。」
さらに父親は顔を緩ませる。
「では、お願いします。」
父親は振り返ってもう一人の男性の方を見る。
「はい。始めましょう。」
白い祭服を着た老人が自分の前に出て、自分の頭に手をかざす。
ー……?ー
目を閉じて何か呪文を唱えている。
ー宗教に関する何かか。何か起きるわけではないのか?ー
自分の頭にかざされている手が光るといったことはなく、感覚にも変化はなかった。
老人はしばらく呪文を唱えた後、目を開いて優しく語りかける。
「おめでとうございます。信じる者には神の御業は表れるでしょう。」
優しく話しかけると、自分から離れる。
「じゃあ、また会いにくるからな。」
父親は老人といくつか言葉を交わしたのちにふたりで部屋を後にする。
ーあのおじいちゃんは聖職者かな。ー
メイドに頭を撫でられながら考える。
彼が聖職者なら今のはおそらく洗礼の儀式か。
装飾は金色のフロントボタンが3つ付いているだけの真っ白な祭服だった。
ーさほど権力を持っていないのかー
あの老人がただ地位が低いだけなのか、所属する組織の権力が低いのか。
単に派手なものを好まないだけかもしれないが。
ー慎ましさで言えば自分の家も同じ感じだな。ー
自分の父親も質素な服装だ。
いつも同じ格好をしていて、袖や裾の布端はところどころ破れている。
ーこの部屋も何もないし……ー
部屋には家具はなく、カーペットが引かれているだけだ。
明かりはないが、2つの観音開きの窓があるため昼間は暗くない。
まあ、子どもが遊ぶためだけに用意された部屋かもしれない。
家具がある部屋で暴れるとケガの危険がある。
わんぱく坊主であることを見越してこの部屋をあてがわれた可能性がある。
ー心外だが。ー
この部屋ともう一つ、寝室と思われる部屋がある。
朝起きると布団の上にいるが、この部屋には布団はない。
さらに気が付くと、この部屋にいる。
ー怖い話みたいだ。ー
本当の所は、誰かが朝食後に眠った自分を運んでいるだけだろう。
この屋敷にはたくさんの人が出入りしている。
自分と関わる人だけでも4~5人いる。
「いなーいいなーい、ばあ!」
自分を膝の上に寝かせてあやしているこのメイド姿の女性もそのうちの一人だ。
名前はリータ。
年齢はわからない。
多分若いと思われる。
着ている服は黒と白のいわゆるメイド服だ。
この服は自分の身の回りの世話をしてくれている女性全員が着ている。
リータはメイドのトップみたいな役職なのだろう。
ときどき、別の人に指示しているような様子が見える。
リータは常ににこやかな表情で、優しく接してくれる。
毎日部屋を何周も這いずりまわる自分に付き合って、一緒に遊んでくれている。
お姉ちゃんみたいな存在だ。
ーお姉ちゃん……ー
前世は一人っ子だったから、兄弟に憧れていた。
ー来世で叶うとは……ー
リータの膝の上でそんなことを考えているうちにいつの間にか寝てしまった。