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リムソンライフ  作者: エッグ・ティーマン
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殺しの素質

2016年 リムソンシティ ファストフード店「ジョイキッチン」

 新しく提供を始めたステーキのおかげで人気がなかったジョイキッチンは活気にあふれている。特に昼ごはんを食べる今の時間は全て席が埋まっていた。

 バディダは掃除できる場所がないため、接客を任せられていた。半ば無理やり床屋に連れていかれ、髭と髪の毛をばっさり切られた。また、服装も急遽支給された接客スタッフ用の従業員服に着替えさせられた。

 手元のメモを見る。待ちの客が十グループもいた。溜息をついた時、入店音が響く。バディダは大慌てで慣れない笑顔を作り、「いらっしゃいませ!」と元気に声を出す。しかし、返ってきたのは怒鳴り声だ。「おい、有り金を全部出しな!」ハロウィン用のジャック・オー・ランタンのマスクを付けて女がピストルを突き付ける。その後ろから入って来た男三名も同様のマスクを着け、両手にピストルを持っていた。その銃口は客に向けられる。喧噪に溢れていた店内が鎮まる。

「さあ、寄越しな。」との女の声に、バディダはそろそろとレジの引き出しを開けた。その中に入っているナイフを見ながら、彼は二日前の晩に用心棒のメドゥスから教えてもらったことを思い出していた。


 「いいか、新人さん。あんたは移民だから分からねえかもしれねえが、この街はかなり危険だ。観光客も滅多に来ねえ。この街の民度は低い。俺が雇われた初日、お前はトイレで女と性交していた馬鹿野郎にピストルを突き付けられたろ?この街はあんな連中が多いんだよ。だから接客係は危険な仕事なんだよ。護身の備えはしておいた方がいいだろうなあ。」そう言ってメドゥスは鋭利なサバイバルナイフを手渡してくれる。「これをレジの引き出しの中に入れておけよ。俺が使い方を教えてやるから。いいか、レジの引き出しを開けて静かにナイフをつかんで一瞬で相手の体のどこかに突き立てろ。速さが大切だ。これは予防術だからな。例えば相手がマフィアのクレーマーだったとするぜ。そいつはな、お前にピストルを向けながらクレームを言うだろうよ。だがその状態にさせないためにこのナイフがある。ナイフは相手がピストルを抜き出す前に使えよ。」

相手がピストルを抜き出す前に、相手がピストルを抜き出す前に、相手が・・・・・


 ピストルを抜き出す前に・・・気づいた時には遅かった。バディダはナイフを手に握っていた。どうしよう・・・女が大笑いして言う。「大人しく金を出しておけばよかったのに・・不要なことをしたせいで、あんたの寿命は今日で終わりになっちまったなあ。」「クソ!」バディダは動転して反射的にナイフを女の顔に投げつける。女は「ふん。」と鼻で笑ってナイフをはねのけ・・・倒れた。スタンガンを手に握り、灰色のジャケットを羽織ったスキンヘッドの大男が立っていた。サングラスの下の目は冷たく光る。「俺たちが偶然にもこの店にいてよかったぜ。俺は警官だ。部下たちが他のチンピラも捕まえた。」そう言うと男は背後を指さした。三人の男はマスクを剝がされて手錠で繋がれ、二人の青年がそれをはさむようにして店の表に引っ張っていく。「後でこの姉ちゃんも頼むぞ!」と部下二人に言った男はバディダに向き直って言う。「店長から調書を取りたい。呼んできてくれるか?」

 

 「ふん、あの金大好き爺さんめが・・・・俺からどれだけ搾り取ろうってんだ!」警官と名乗る男の外見の特徴を聞いたバークは怒り始める。バディダが驚いていると、バークは静かに言う。「癪にさわるが追い返すと後々面倒だ。招き入れろ。」


 「久しぶりだな、バーク。」仏頂面のバークに向かって男は挨拶する。「ああ。何の用だ?また俺から金を搾り取ってストリップクラブへしけこもうってんのか?」「おいおい、わが友バークよ。」男は笑顔を浮かべながらバークにグイっと顔を近づけた。「あんたは使える奴だとバネッサ特別警部に紹介してやったのは誰だ?盗品売買であんたが捕まった時、取調室で素晴らしい提案をしてやったのは誰だ?チカーノとあんたを仲介してやったのは・・・」「もういい!」バークは怒鳴り声をあげ、言い返す。「ホランド部長刑事さんよ、それなら俺も言わせてもらうぜ。あんたが証拠品保管庫から持ち出したヤクを市場にばらまいてあんたのビジネスを支えてやったのは誰だ?あんたが飼えなくなったガキの警官を用心棒として雇ってやったのは誰だ?あんたのレイプ部屋を提供したのは誰だ?」その言葉をホランドは鼻で笑い、二人はしばらくにらみ合った。先に折れたのはバークだ。「で、今回の献金額は?」「ああ。現ナマで800ドルだ。」「何だと!さすがに無理だ・・・」「ふうん。まあいいさ。支局長かホーミーと会食でもするよ。」「クソっ・・・わ、分かったよ。今夜この店にいる。用心棒には通すように伝えておく。」「ありがとう。また会おうな。」「ふん、貴様の顔など二度と見たくねえ。」「あ、あともう一ついいか?」「はあ・・・言ってみやがれ、ハエ野郎。」「あんたが金を用意して待っている間、南米人の清掃員をかりていいか?」「ああ・・・いいが・・・何だ?」「奴には殺しの素質がある。こんな汚らしい店でその才能を眠らせておくのはもったいない。」


 数時間後 ジョイキッチンの駐車場

 「何故私を?」とバディダはホランド部長刑事に尋ねる。ホランドは「俺の家についてから説明する」と答え、煙草を吸った。

 彼らは今タクシーを待っていた。ホランドの部下は先に連邦警察支局に向かったらしい。

 ホランドは連邦警察支局の私服警官で、部下二人と共にジョイキッチンで昼休憩をしていたところ強盗に遭遇した。彼は強盗がアマチュア強盗だと見抜き、部下二人とともに制圧して逮捕した。強盗達は呼ばれたパトカーに押し込められ、連邦警察支局に連行された。今から「腕力に関して定評があるあいつら」、すなわち彼の部下二人が取り調べを開始するらしい。


 「さてと・・まあ座れよ。」豪勢なマンションの一室を見渡して驚くバディダをよそにホランドはカウチに座るよう促してワインをつぐ。「フランスから取り寄せたぞ。極上の一品だ。遠慮せずに飲めよ。」と言いながらホランドはワインを渡し、カウチの向かい側のソファに腰を下ろす。なれないワインの味に顔をしかめながらバディダは尋ねた。「あの・・なぜ私を?」するとホランドは謎めいた微笑を浮かべて衝撃の一言を放つ。「最初俺はあんたを殺す準備のためにあの店を訪れたんだ。」バディダは立ち上がり、よろよろと後ろに下がる。この警官は只者ではない。とんでもない異常者かもしれない!「まあまま、安心しろ。強盗に対するあんたの対応を見ていて意見を変えたからな。あんたは殺される側よりも殺す側に向いている。」「ど、どういう意味です?」バディダは武器になりそうなものを探しながら話を続けさせる。「実はな、俺は副業として殺し屋もやってるんだ。連邦警察では何年も汚れ仕事の係をやっていた。非合法な殺しだよ。連邦警察は多くの闇を抱えている。その闇が社会にあふれださないようにするのが俺の仕事さ。そんな俺に支局長を通じて何者かから依頼が来た。君を殺せと言う依頼だ。依頼人の正体は不明だが、いつもの殺害命令とは違う。上層部の命令ではなく、支局長を金で買収している何者かからの依頼だ。裏社会の大物が黒幕ではないかと俺は睨んでいるね。バンビー支局長は裏社会の友人が大勢いるからな。黒幕候補は何人でも思いつく。」バディダは座り込んで衝撃と共に話を聞いていた。まさか警官が殺し屋をやっているとは・・・そしてバディダを亡き者にしようとする存在・・・彼にはとある勢力しか心当たりがなかった。ホランドは続ける。「そしてあんたを消そうとしているそいつはこの街に多くの金をばらまいて俺以外の殺し屋を雇っている。俺が調べた限り、あんたを狙っている殺し屋は8人もいた。それぞれ別の組織に属するか、フリーランスだ。あんたにとっては危機的状況だが、安心しろ。俺があんたを一流の殺し屋にしてやるさ。そう、俺はあんたを弟子として育てることに決めたのさ。バンビー支局長は俺がなんとか説得してやるよ。」


 30分後

 バディダの筋肉を触り、ホランドがつぶやく。「どうやら基礎体力が足りていないようだな。俺の友人のジムを借りるぞ。」そう言って彼は携帯電話を取り出した。


 10分後

 「おいおい、こいつ本当に殺し屋になれるのかよ?」目の前で息をぜいぜい吐きながらランニングマシンの速さに必死に合わせようとしているバディダを見てジムのオーナーは呆れ顔でホランドを顧みる。だがホランドは言う。「俺は人を見る目はあるぜ。」

 その後バディダは元レスラーだというトレーナーから護身術を習う。「まずは体で覚えろ」と言ってそのトレーナーはバディダに足蹴り、ジョブ、背負い投げなどあらゆる技をいきなりぶつけてくる。バディダは当然やられっぱなしだ。「ふん、貴様は基本が出来てねえ。だがいい、俺が優しく教えてやるぜ。」との言葉とは裏腹にトレーナーは鼻血と汗を流すバディダを引っ張り上げて、「俺のジョブをよけれるようになるまで帰れんぞ。」と言った。


 同日 夜中

 絆創膏と包帯だらけのバディダを見てメドゥスは驚いた。「何があったんだ!?」だが詰め寄るメドゥスに対してホランドは極めて冷静に答えた。「こいつはよく頑張ったよ。良い殺し屋になれそうだ。」


 三週間後 リムソンシティ ファストフード店 ジョイキッチン

 バディダがトイレの掃除用品の点検をしていると、後ろから聞きなれた声がかかる。「よお、バディダさん。」振り返るとホランド部長刑事が立っていた。「こんにちわ、師匠。」とバディダは答える。(師匠と呼ぶようにホランドが言ったのだ。)「ああ、ところでお前・・・そろそろ実践に入らないか?」


簡単に言おう。俺の部下二人がやらかした。奴らは何とレイプしやがったのさ。貧民街で麻薬と自分の体を提供していた女売人をな。女は体をいじられまくる見返りに麻薬売買の罪を見逃されたわけだ。この街ではよくある話さ。だけどな、それからが問題なのさ。この女は父親から盗んだ麻薬を売りさばいていたのさ。そう、女の親父はラキアギャングのボスジュバリだった。ジュバリは娘からレイプの話を聞いて親密にしているバンビー支局長に直接抗議した。それと同じタイミングで部下二人は俺と支局長にとりなしを頼んだ。だけど支局長の答えは決まっていた。スキャンダルを発生させる変態野郎の部下と自分に賄賂を贈ってくれるギャングボス、あんただったらどちらを選ぶかな?そう、支局長は当然ジュバリの味方をした。部下二人をラキア人どもに引き渡すことにしたんだ。その引き渡しに俺が協力する。二人の馬鹿どもを理由をつけてこのトイレに誘い込む。そしたら俺たちは彼らを気絶させるんだ。


「この麻酔銃でな。こいつの使い方を教えてやる。歯がゆいかもしれんがこれが殺しにつながる第一歩だ。殺しではなくあくまで気絶させるだけだが、飛び道具のエイム練習にはちょうどいいぜ。」


三週間後 リムソンシティ ジョイキッチン

 バディダはかねての打ち合わせ通りトイレの入り口に「清掃中」と書かれた看板を立てて、男性便所の大便器用の個室に入る。そこで麻酔銃を握って待機する。緊張で体の震えが止まらない。


 ホランドは車を降りた。部下二人を連れている。「お前たちも知っている通りこの店はチカーノギャングとの繋がりがある。慎重に、だが毅然として行け。俺は店長を締め上げる。」そう言うとドアに向かい、ドアを開けると大声で言う。「連邦警察だ!この店のトイレで麻薬取引が行われているとの噂がある!調べさせてもらおう!よし、行け!」ホランドの合図で二人の青年はトイレに向かう。「そこは清掃中でして・・・」とメドゥスが止めるが、青年の一人が横柄に言う。「チンピラは引っ込んでろ!俺たちは売人を捕まえに来たんだ!清掃中ってのがフェイクなのも知ってるぜ。」「はい、どいたどいた。」もう一人の青年がピストルの柄でメドゥスの腹を突いて押しのけ、トイレに入る。

 

 バディダは小さく息を吸うと麻酔銃を取り出した。


 メドゥスはホランドに目配せし、ホランドは静かに頷いてトイレのドアに向かう。


 「よし、出て来いよ!」青年警官二名は個室の扉にピストルを向けて待機する。「分かった。クソ、なんでバレたんだ!」という罵り声がして、鍵が外れ・・・麻酔銃を向けたバディダが現れた。バディダは相手がピストルを握り直す前に麻酔銃を撃った。青年警官の一人が地面に倒れる。「クソ、このやろ・・・」と言いながらもう一人の青年警官も倒れた。麻酔銃を持ったホランドが現れる。「よし、完璧だ!」と言った後にホランドは麻縄を取り出した。二人で協力して警官二人を縛る。


 同時刻 リムソンシティ リドル地区 ストリップクラブ「ハルマゲドン」

 今日、店には「貸し切り」と書かれた看板が掲げられており、窓にはブラインドが閉めてある。

 中ではラキア人ギャングが忙しそうに働いていた。二つの鉄製の机に鎖を繋げる者、敷地内にあるドラム缶で炭を作る者、カウンターで注射器に酒を入れている者・・・

 事務室の電話が鳴る。店主が受話器を取り、対応する。「はい、もしもし・・・」向こう側からは「現場検証班を寄越してくれ!三名欲しい。」というホランドの声が聞こえる。これが合図だ。店主は事務室から出ると、大声で言う。「向かってくれ!」



十分後 ジョイキッチン

 ホランドは大声の電話を終えると、また大声で「あんたの関与を調べる!」とバディダに言い、事務室に連れて行く。

 バークは不満そうに言う。「あんたに協力してやったぞ!何か見返りが・・・・」「俺がこのキューバ人を立派に育ててやる。それが見返りだ!メドゥスに加えて強力な用心棒を・・・」「おい!せめて数ドルでもいいからあんたに渡す賄賂の額を・・・・」そう言うバークを睨み、ホランドは静かな凄みのある声で言う。「立場をわきまえろよ。」


 裏口に大きなバンが停まり、作業着をまとったラキア3名が下りてくる。彼らは大きな箱二つを抱えている。メドゥスが裏口の戸を開け、ラキア人をトイレに誘導した。

 縛られて転がっている警官二人を眺めてラキア人三人の中で最年長の男が言う。「よし、これなら扱いやすいな。」ラキア人たちは二つの箱の中に警官を入れた。


 ホランドはトイレ前でまたわざと大声を上げ、ラキア人と会話する。「様子はどうだと聞いてるんだ!」「ええ、実は・・・」と言いながら身を寄せてきたラキア人の一人がホランドのポケットに金入りの封筒を突っ込む。ホランドは一瞬にやり、と笑うと「なるほど。分かった。ありがとう。引き続き作業を続けてくれ。」と答えた。


同日 夜 ハルマゲドン

 「おい!起きやがれ!」と怒鳴りながら一人のラキアギャングが裸で机に鎖で縛りつけられている警官二人の腹に炭を乗せた。二人の警官は叫び声をあげて起きる。

 バーのカウンター席にはがっしりとした体格のラキア人の老人と、美しいラキア人女性が座っていた。「もう二度と私の麻薬を勝手に売ろうとするなよ。」と老人が言い、女性が静かに頷いた。

 「さて、娘がやめてと命令するまでやれ!」と怒鳴りながら老人は立ち上がり、店の裏口に向かう。

 バケツに沢山入った炭を持つギャングは一人の警官の目の上に熱々の炭を乗せる。警官が大声で悲鳴を上げた。女が冷静にその様子を見ている。「では、お嬢様、お楽しみください。」といいながらカウンター部屋の隅にいた別のラキア人ギャングが立ち上がって注射器をもう一人の青年警官に突き刺した。


 時と場所不明 電話ボックス

 メドゥスは電話で指令を受けていた。「そろそろ殺せ。」との冷徹な声に対して、「はい。承知しました。」とメドゥスは答えたのだった。

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