宣戦布告
2017年 リムソンシティ 中央東区
ステンドグラスから差し込む斜光が、重苦しい沈黙に包まれた教会を照らしていた。
そこには、キューバ系ギャング「ハバナ・ボーイズ」と、その背後盾であるチカーノギャング「ドランダ派閥」の面々が集結していた。さらに、パトロンであるイタリアンマフィア「モトリオール・ファミリー」の副首領ベルディ、汚職警官のホランド、提携するバイカーギャングのボス・ホートマンといった、街の闇を象徴する顔ぶれが揃っている。
彼らは今、ハバナ・ボーイズのリーダー、バラドの葬儀に参列していた。
幹部でありバラドの旧友であるバディダが、静かに棺の前へと進み出る。
「……死ぬときは一緒が良かったぜ、バラド」
震える手で花を供えた瞬間、抑えきれない涙とともに記憶が溢れ出した。
出会いは最悪だった。拳を交え、互いの顔を腫らした放課後。だが、その日のうちに意気投合し、二人は少年グループを率いて街を闊歩した。教師の車に傷をつけた悪戯、店主に追いかけられた万引き……。バラドの薬物逮捕による最初の別れを経て、再会したのがこのリムソンシティだった。
コロンビア人ギャングの愛人を誘拐した初仕事。チャイナタウンの悪徳幹部・パクの暗殺。そして「ハバナ・ボーイズ」結成のきっかけとなったロデリン銀行強盗。
すべての記憶の先に、あの夜の光景があった。傭兵軍団に襲撃され、横転したバンの下で息絶えた親友の姿が。
「必ず、俺たちが仇を討ってやる」
バディダは、冷たくなった親友に誓うように小さく呟いた。
5時間後 貧民街
葬儀の余韻が残るハバナ・ボーイズの根城では、緊急の幹部会が開かれていた。
「バラドを送り出した直後で、皆、気が立ってるのは分かってる。だが、決めなきゃいけねえことがある」
代理ボスのガルドが重い口を開いた。
「俺はボスの器じゃねえ。サブに回る方が性に合ってる。……新しいリーダーを決めよう」
「そうだな。バラドの遺志を継げる奴じゃなきゃならねえ」
ガッシオが頷き、アルバレスが続けた。
「バラドのことを一番理解してる奴だ」
新参幹部のディアボロが、バディダに視線を向ける。
「バディダ、あんたがバラドと一緒にこのチームを創ったんだろ?……なら、答えは決まってるはずだ」
「ああ、お前が復帰しろ。バラドの代わりが務まるのはお前しかいねえ」
仲間の視線を受け、バディダは静かに立ち上がった。その瞳には、かつての闘争心が宿っていた。
「……分かった。バラド、あんたの跡は俺が継ぐ」
3日後 ベルマン通り
「改めて、お悔やみを言わせてもらおう」
チカーノギャングの元締めフレアスが、琥珀色のウイスキーをグラスに注いだ。
「……あいつが死んでから、酒はもうたくさんだ」
バディダが拒むと、フレアスは「そうか」と短く応じて肩をすくめた。
「それで……稼業は続けるつもりなんだな?」
「ああ。ハバナ・ボーイズはあいつの遺産だ。潰すわけにはいかねえ」
「なら、仕事だ」
フレアスは身を乗り出し、本題を切り出した。
「あんたらの工作のおかげで、ネオナチどもはドミニカ人と潰し合いを始めた。支援者の白人連中も奴らを見限った。ネオナチ問題はこれで片付く。……となると、次だ」
フレアスは不敵に笑う。
「黒人勢力との休戦協定さ。ネオナチを叩くために手を組んできたが、共通の敵が消えればもう協力の必要はない。サイード・カルテルとも手を切る潮時だ」
フレアスは、新たな薬物の供給ルートをバイカーギャング「ソルジャー・オブ・ゼウス」を通じて確保したことを明かした。ニュー・ロンドンのビィレグが供給元となるようだ。
もはや、黒人系のサイード・カルテルから薬物を買う必要はなくなったのだ。
「一足先にこちらから仕掛ける。今夜、黒人連中が郊外のフーリガンどもと大規模な取引を行うという情報が入った。取引相手は、サン・ワシントンの試合会場に薬物を流そうとしているジャンキーの集団だ。……あんたらに、その取引を襲撃し、ブツを奪ってきてもらいたい。それが我々のサイード・カルテルに対する『宣戦布告』になる」
幹部のガルドが眉をひそめて尋ねる。「相手の数は?」
「ギャング側は『レッド・スパロウズ』と『パープル・マーダーズ』の精鋭が10名程度。フーリガンの拠点はトレーラーハウスの住人ら50名ほどいるが、ただのチンピラだ。戦闘能力はあんたらの足元にも及ばんよ。……この仕事を完遂すれば、もう薬物ビジネスからは足を洗っていいぜ。」
バディダとガルドが顔を見合わせ、頷き合う。
「いいだろう。今夜、黒人とフーリガンの喉元を掻っ切ってきてやる」とバディダ。
8時間後 リムソンシティ郊外
荒野に並ぶトレーラーハウスの前に、紫と赤のピックアップトラックが停まった。
中から降りてきたアフリカ系ギャングたちを、バーベキューをしていた住人たちが取り囲む。
「ネイト、グレートファザーを呼んできて」
女に促された少年が、一番奥のトレーラーへと走った。
現れたのは、異様な威圧感を放つ筋肉質の男だった。青白い顔に、伸び放題の髭。そこには錆びた銀貨が編み込まれている。
「あんたがボスのトミーか?」
紫のギャングの問いに、男――トミーは不気味に笑った。
「ここではグレートファザーと呼ばれている。……交換の前に、まずは一杯どうだ?」
「寝言は寝て言え」
赤のギャングがピストルを突きつける。
「ブツを奪うつもりだろうが、そうはさせねえ。金を持ってこい」
トミーは舌打ちし、背後のトレーラーをノックした。
「おい、金を運べ! 奴らに渡す!」
同時に、トラックから9つの麻薬の包みが下ろされた。その瞬間だった。
「――お取込み中、失礼するぜ!」
闇の中からバディダたちが飛び出した。
「子供連れはトラックの中に引っ込んでろ!」
バディダの叫びとは裏腹に、事態は混迷を極めた。トレーラーの戸が一斉に開き、棍棒やビール瓶を手にしたフーリガンたちが雪崩れ込んできたのだ。
「クソッ、混戦か! 下手に撃つとガキに当たるぞ!」
「フーリガンは俺たちが引き受ける! バディダは援護しろ!」
ガルドの合図で、大乱闘の火蓋が切られた。
「代金は地獄で払ってやるよ!」
トミーは混乱に乗じて薬物の包みを掴むと、自身のトレーラーへ逃げ込んだ。
バディダはピストルをホルスターに叩き込み、背負っていたサブマシンガンを構えた。
「死にたい奴から前に出ろ!」
容赦のない銃撃がアフリカ系ギャングをなぎ倒す。アルバレスの正確な射撃が、逃げようとしたトラックの運転手の側頭部を撃ち抜いた。
プロの暴力に圧倒され、フーリガンたちは瞬時に戦意を喪失した。ガルドたちの拳が、残った抵抗勢力を沈めていく。
「ブツを回収するぞ!」
バディダがトミーの立てこもるトレーラーの鍵を銃撃で破壊し、ドアを蹴破った。
直後、トミーの巨体が獣のように襲いかかってくる。
「死ねえ!」
「うわっ!」
押し倒されたバディダを助けたのは、後を追ってきたガッシオだった。トミーを蹴り飛ばし、そのこめかみに銃口を押し付ける。
「動くな、おっさん……。大人しくしてれば命だけは助けてやる」
バディダは身を起こし、奥の机に並べられた麻薬の包みをひったくった。
二日後 サン・ドリル地区
「……そうか。キューバ人どもが動いたか」
報告を受けたサイード・カルテルのデックは、苦々しく唇を噛んだ。
チカーノがハバナ・ボーイズを使い、自分たちとの関係を一方的に断ち切った。それは、白豪主義者が弱体化した今、アフリカ系との協力関係を「清算」したことを意味していた。
「なるほどな。裏切りには、それ相応の報いが必要だ」
デックの脳裏に、ある男の顔が浮かぶ。
殺し屋ボッカス。サイード・カルテルの最終兵器と呼ばれる男だ。
「奴をチカーノのシマに放つぞ。……地獄を味わせてやる」




