捕食者同士の戦い
2017年 ジャカシティ サウスジャカ
韓国料理屋「テグ亭」は、今日もニンニクとごま油の香ばしい匂い、そして客たちの騒がしい喧騒に包まれていた。 厨房では四人の料理人が怒鳴り合いながら鍋を振り、アルバイトがサムギョプサルの焼ける重厚な音と共に、キムチ定食の盆を絶え間なく運び出していく。 活気溢れる店の入り口に、不意に異質な影が落ちた。 眼帯を嵌め、はち切れんばかりの筋肉を纏った黒人男性。その威圧感に、店員は一瞬言葉を失いながらも、絞り出すように声をかけた。 「いらっしゃい……お一人様、かしら?」 男は低く、地響きのような声で答えた。 「忙しい時にすまねえが、客じゃねえ。オーナーに用がある。『片目のボブ』が来たと、テグに伝えてくれ」
食堂の二階、喧騒から切り離された一室。経営者のテグは、ボブと向かい合っていた。 「あんたは厨房に立たねえのか?」ボブの問いに、テグは冷めた目で窓の外を見た。 「料理人は廃業した。立ち上げ資金を借りた『クラッシャーモンキー』の連中がうるさくてな。金勘定以外に割く時間はねえ。……要件を話せ」 「なら、丁度いい土産だぜ。借金を一括で清算できる、デカい仕事だ」 ボブが差し出したのは、リムソンシティを根城にするキューバ系ギャング『ハバナ・ボーイズ』の幹部、バディダの写真だった。 「こいつに絶望を叩き込んでやりたい。ハバナ・ボーイズを、根こそぎ潰してくれ」 「……いいだろう。他には誰が噛む?」 「ジェファソンシティのライナーだ」その名を聞いた瞬間、テグの指先がわずかに震えた。
翌日 ジェファソンシティ 西区
「腰の捻りが甘い! 拳に体重を乗せろ!」ジムのトレーナー、ライナーの怒号が響く。ミットを打つ青年は、頷くと共に鋭い右ストレートを放った。 「相変わらず、厳しくしごいてやがる」聞き覚えのある野太い声に、ライナーは振り返った。そこに立つボブを認めると、彼は露骨に不快そうな表情を浮かべた。 「……練習を続けてろ」青年にそう言い残すと、ライナーはボブを店長室へと促した。
「何年も音沙汰なしで、いきなり現れて何の用だ?」 「そう邪険にするな。かつての仕事仲間に、手伝ってほしいことがあるんだよ」 「ふん! どうせまた分け前を横取りする気だろう。あんたを仲間と思ったことなど一度もない」 「まあそうかっかするな。俺の依頼に乗らねえと、韓国料理屋に獲物を奪われるぜ」 「韓国料理屋?」ライナーが身を乗り出す。ボブはニヤリと笑った。「ジャカシティのテグだ。奴も今回、同じ標的を狙っている」 「あいつか……」ライナーの瞳に、昏い怒りが宿った。「分かった、乗ってやる。仲介料を差し引いた報酬は全て俺がもらう。……それから、テグは俺が殺す」 「お好きにどうぞ、死神さん」
三日後 リムソンシティ 貧民街
煤けたアジトの一室で、ハバナ・ボーイズの首脳陣が地図を囲んでいた。 「貧民街からドミニカ人と人種差別主義者は一掃した。次はアフリカ人の排除か?」リーダーのバラドが問うと、幹部のアルバレスが慎重に首を振った。 「奴らの背後には『サイード・カルテル』がいる。黒人を叩けば、我々の上部団体であるメキシカンマフィアとラキア系カルテルとの関係にヒビが入るぞ」ハバナ・ボーイズはメキシコ系の後ろ盾で勢力を拡大している。メキシコ系の麻薬取引の生命線であるサイード・カルテルとの衝突は、死を意味していた。「なら、中国人を追い出すか?」ディアボロが提案する。
沈黙を守っていた前リーダーのバディダが、ゆっくりと口を開いた。 「……いや、いずれアフリカ人とはやり合うことになる。サイードの統治力は麻薬供給に依存しているが、末端のギャング同士の仲は最悪だ。そこを突く。まずは俺たちに恩がある『ブルーライオンズ』に支援を申し出よう」 「よし、決まりだ。俺はメキシカンの連中に許可を取ってくる」バラドが席を立ち、外へと歩き出した。
その様子を、アジトの影から窺う一人の男がいた。
覆面の下で、テグがライフルの銃口を出て来たバラドに向ける。「あいつがリーダーか。……あばよ」 テグが引き金に指をかけた瞬間、乾いた銃声が響いた。弾丸がテグの足元を弾き、ライフルが狙いを外す。発射されたテグの弾丸は、バラドの数メートル横、裏庭の地面に虚しく着弾した。
「あんたの獲物は俺がもらうぜ!」轟音と共にバイクが滑り込み、ヘルメットを脱いだライナーが現れた。テグも覆面を剥ぎ取り、怒りに満ちた顔を晒す。 「……誰の依頼だ?」テグが低く唸る。 「それは俺のセリフだ、クソ料理人!」二人は示し合わせたようにサバイバルナイフを抜き放ち、互いの喉笛を狙って飛びかかった。
「おいバラド、大丈夫か!」銃声を聞き、アジトから飛び出してきたバディダが、呆然とするリーダーを庇って中に連れ込んだ。「ああ……かすってもいねえ。だが、誰かが俺を狙い撃ちしやがった!」 「クソッ、裏に回れ!」
バディダは窓のカーテンをわずかに開け、外の異様な光景に目を疑った。 標的であるはずの自分たちを無視し、二人の暗殺者が血みどろになって殺し合っている。 「……あいつら、何をしてやがる」 バディダは背後の下っ端に手を伸ばした。「ライフルを寄越せ!」 放り投げられた銃を空中でキャッチし、彼はその照準を暗殺者たちに向けた。
戸外では、激しい格闘が続いていた。 「どけ! 邪魔しねえなら、命だけは助けてやる、テグ!」 ライナーが隠し持ったスタンガンを突き出す。「奇遇だな! 俺も貴様をぶち殺したくて堪らなかった!」 テグのナイフが、スタンガンを握るライナーの腕を貫いた。 「フェイントだ!」 ライナーの叫びと同時に、その反対の手のナイフがテグの脇腹を深く抉る。 「ぐっ……!」 テグが膝をついた。その隙を逃さず、ライナーは刺された腕を無理やり振り下ろし、テグの後頭部にスタンガンを押し当てた。 激しい放電と共に、テグが崩れ落ちる。
荒い呼吸を繰り返しながら、ライナーは震える手でナイフを構え直した。 「……手間取らせやがって」 屈み込み、テグの首筋に刃を突き立てようとした、その瞬間。バディダの放った弾丸が、吸い込まれるようにライナーの後頭部を貫通した。




