かつてのパートナー
2016年 リムソンシティ 中央東区
「ホーミー、バディダを連れてきました。」と言いながらメドゥスが入室するとチカーノギャングの幹部であるドランダが出迎えた。「すまないね。バディダに最初の仕事を与えようと思ってな。詳しく話すから座れ。」
「何と・・・彼らが?」「そうだ。まあ厳密には代理人を名乗る女を通してだがね。女は弁護士を名乗ったが、おそらくまともな稼業で稼ぐ弁護士じゃあないだろう。あの狂人どもを弁護するくらいだからな。」そう言いながらドランダが続ける。
コックスの連中はビジネスパートナーのバークがおらずに店がつぶれている以上、オーナーである我々がビジネスパートナーとなる必要があると考えている。弁護士の女の野郎、「責任を取れ」だとよ。全くむかつくぜ・・・
だけどよ、奴らと提携することでメリットがあるのも事実だ。まず奴らはあの店を買い取ってくれる。あの店は実質的に我々の所有化にあるにもかかわらず黒人連中がやりたい放題して嫌がらせしてきやがる。特にひでえのはレッドスパロウズの連中だ。あの赤服野郎どもは店の壁にペイントをして中に糞尿をまき散らし、ヤクを売りつけた廃人どもをあの中に住まわせてる。使い道がないので他のホーミー連中は見向きもせず警備もしねえが、これは私たちにとっては恥だぞ。
そんなゴミみてえな建物は正直お荷物なんだよ。コックスの連中がそこを買い取ったら奴らが掃除してくれるしな。
他にもメリットはあるぜ。奴らがこの街でビジネスを始めるには確かに提携先が必要だな。この街のビジネス界は部外者を好まないからな。そこで奴らは俺たちを頼った。これは逆に言えば奴らを守ることにより俺たちが奴らを配下にできる可能性を示しているのさ。バーク以外の飲食店経営者の債務者は皆小口客だ。だが奴らなら、債務の太客以上に価値があるカモだ。
「そこで奴らの依頼を実行して欲しいんだ。奴らはここでビジネスを拡大するにあたって同業者の存在を恐れている。」「同業者?」「ああ。コックスがとある葬儀屋に話を持ち掛けたところ既に同じ理由で死体を売っている相手がいるんだとよ。そいつはな、ボナード国の富豪と繋がりがあって葬儀屋から死体を買い取ってそれを富豪の所有する闇カジノに流しているらしいぜ。」「で、誰です?」とメドゥス。「ああ。あんたもゴードン・カーテンバーグの話は聞いたことあるな?」その名前を聞くとメドゥスの顔は驚きでいっぱいになる。「あのカーテンバーグですか?」「そうだ。リムソンシティの流通王と言っても過言ではない男だ。」「で、コックスはそいつをどうしろと?」という問いに対してドランダが静かに答える。「こいつを暗殺して欲しいそうだ。バディダ、君の初めての殺しの経験だ。ホランドの訓練の成果を見せてもらおう。四日後に奴の自宅で開催される夜間パーティーを狙って暗殺してもらうぞ。」
翌日 リムソンシティ ホランドのマンション
「全くチカーノの連中もひでえな。」話を聞いたホランドは苦笑する。「カーテンバーグは初めての殺しにしちゃあ手ごわい野郎だぜ。なにせ社長さんだからな。」「どのような人物なんです?」「ああ。奴はな、貿易会社・運送会社を経営するカーテンバーグ商事の代表さ。しかも弟は市議会議員で妹はリムソン市警第5分署長ときてるぜ。まあ、この街の有力者ってわけさ。そんな奴が裏では人肉の密売に関与してるとはね。多分貿易会社の取引相手に持ち掛けられた話だな。」「なるほど・・・」「とにかくな、警備に気を付けろよ。こういった奴は大抵ボディガードを引き連れてるのさ。スナイパーライフルで狙うのが確実だぜ。」
三日後 リムソンシティ 中央西区
「健闘を祈るぜ。」メドゥスは黒い手袋と闇市で購入した無登録のスナイパーライフル、そして黒い覆面を渡してくる。「できるだけ一発で仕留めてくれよ。夜間の犯行とはいえ警備員もいるし、パーティーともなると複数の目撃者がいることだろうしな。」そのような注意事項を述べるとメドゥスは自分の車にもどり、去っていく。バディダは深呼吸して覆面を装着する。
作業員がいないことを確認するとバディダは敷地の向かい側にある取り壊し中の旧カーテンバーグ邸の裏口に侵入した。そのまま二階に上がる。
暗視スコープで対象を探すバディダ。メドゥスから顔写真を渡され、何度も頭に叩き込んだのだ。にもかかわらず対象が見当たらないとはどういうことだろうか?
まずパーティーが行われている庭。参加者達は皆屋外に出されたテーブルについて屋敷の玄関から運ばれてくるコース料理を堪能している。その前にある演台には恐らく社会的地位のある人物がたって長々と話しているが顔写真の人物ではない。それらを囲むように数台のパトカーが停まる。恐らくカーテンバーグの妹の部下達が乗っており、警備に当たっているのだろう。
二階にテラスも見た。そこにはイスとテーブルが出されており、軽食やワインが用意されている者の直立不動の二人の警備員三人以外見当たらない。
窓の電気は全て消えており、屋内に人がいないか既に就寝している様子が見られる。
庭に面したプールには誰もはいっておらず、ここにも警備員が四人いる。
その時、階下から声がした。「ここで大丈夫なんだろうな?」「ああ。パーティーに出てる連中は俺に気づいちゃいねえさ。弁がまわる弟にできるだけ注意を引き付けるよう頼んである。それに何かあれば雇ったチンピラと妹の手下の警官共が騒ぎを起こすように手配してるからな。」
バディダの心臓がはね上がる。同じ工事現場に何者かが侵入した!そして・・・そいつらは確実に上階にむかってきている!
焦って隠れ場所を探すバディダ。しかし家具が運び出され、壁を壊しかけた部屋には隠れる場所などなかった。
「さてと・・・で、これを払えばコックスの店を爆破してくれるんだな?」「厳密には俺じゃねえがな。俺が仲介して仕事人に爆破させるのさ。」「ああ。この部屋の中で金の受け渡しをしてやる。だからカーナック、お前は仕事人に電話するんだ。」「へっ!警戒心の強い奴だぜ。まあいい。金を受け取り次第電話してやるぜ。」そう言って二人の男はバディダがいる部屋に侵入する・・・
「月光で見えるな。金を確認してくれ。」そう言いながら犯罪仲介人カーナックに封筒を渡した人物はカーテンバーグだ。カーナックは封筒の中身を確認する。「よし、いいぞ。」「電話をかけてくれ。」そう言うカーテンバーグの手は腰のピストルに伸びる。それに気づかないカーナックは電話をした。「よお、俺だよ。ああ。今爺さんから金を受け取った。仕事準備を始めてくれ。そうだ、そうそう。あの新しいレストランだよ。爆破してくれりゃいい。簡単だろ?」一方的に電話を切るカーナック。そしてピストルをじわじわと頭に突きつけるカーテンバーグ。
「すまねえが、お前には死んで・・・」カーテンバーグがそう言って引き金を引こうとした時、いきなりカーテンバーグの頭から血が飛び散る。
部屋の隅の暗闇から躍り出たバディダは呆然とするカーナックを突き飛ばし、階段を駆け下りて夜の闇の中に消えた。
三日後
バディダがドランダの部屋に足を踏み入れると、「やあ!」と陽気に声をかけてきた細身の男がいた。「君がかつてバークの元で働いていたという従業員かね?あの男は人使いが荒いと聞いたことがあるぞ。大変だったろう?」「ええ、まあ・・・」「ま、かけたまえよ。」そう言って男は我が物顔でドランダの肘掛椅子を指さす。バディダはドランダが頷く様子を確認して座る。
「私は肉料理レストラン『ウルフバー』の店長だ。コックス本部がバークの店を買い取って、そこの店長として私が選ばれたんだ。」「なるほど・・・」意図がつかめないバディダは適当に相槌を打つ。
「それでな・・・今日は君に礼を述べようと思ってな。」「礼?」「そうだよ。我々の依頼を実行してくれたのは君だと聞いてな。君はボナードに材料を流している男を始末してくれたろう。」「はい。」と少し緊張しながらバディダ。「おかげで我々は安定して材料を仕入れることが出来るよ。」と言いながらほほ笑む男を見て、バディダは背筋の冷たい感覚を感じ取る。コックスの連中は常軌を逸した生業を行っている。人肉料理の提供だ。彼らは怪物なのだ。
「それにだよ、君は我々の店が悲惨になる事態を防いだ。君がもたらした報告のおかげでカーテンバーグが業者を雇って店を爆破させようとしていたことも分かったんだ。我々は君の情報に基づき、カーナックと接触した。奴は少し金をつかませれば味方になる。カーナックは業者に連絡して爆破計画を中止させてくれた。もととはいえ、君のおかげさ。」そういって男は手を差し出してきた。バディダは驚くほど冷たい男の手を握り返す。
そして男はそのままバディダに顔をまっすぐ見つめて言う。「これからもよろしく頼むぞ、相棒。」




