若葉マーク
「手を、繋ぎたい」
そう言われたのは、付き合い始めて10日目のことだった。
勿論自分もそうしたいと思っていたし、いつ言い出すべきかと考えていたのも事実。
ただ、片思い期間が長かったこともあり、肩や腕が当たるだけでも緊張するのに、手を繋ぐという行為はハードルが高いように思えてしまって、なかなか切り出せないでいた。
頭の中で思い描くスマートな自分であれば、了解を取ったりはせず、何より相手に言わせることもなく、何も言わずに自然に手を取って歩き出すのだが、現実はそう甘くはない。
「ああ、うん」
曖昧な返事をして、掌を上に向けて左手を差し出す。
彼が右手をその上に置く。
まるで中世の貴族が令嬢をエスコートするかのよう。
ふふ、と彼が笑う。彼の、何だか照れるねと呟く声に、緊張感が高まってどっと手に汗が滲み出たような気がした。
足を踏み出すと共に腕を下げ、出来るだけ自然を装って手を繋ぐ。
世間一般で多用される「恋人繋ぎ」なるものは、ハードルではなく棒高跳びくらいの高さがあるので、本当に普通に、一番オーソドックスな方法で手を繋いだ。
手を繋ぐことによって自然と距離が近くなり、話しかけようと顔を向けると想像以上に近くて、言葉に詰まってしまった。
「あのさ」
前方に視線を向けていた彼が、不意に足元に視線を落とす。
「ちゃんと言ってなかったんだけど」
「うん」
「あの日、付き合おうって言ってくれて、有難う」
「…うん」
「俺にはそんな勇気なかったから凄く…本当に、嬉しかった」
そう言って、顔を上げた彼と視線がぶつかる。
「俺も、凄く、嬉しかった。…です」
「何で『です』なんだよ」
彼が笑う。照れ臭くて視線を明後日の方に向けて、繋ぐ手に少し力を込めたら、応えるように握り返された。
*****
高校に入学して、出席番号順に席が決まっている中、彼は俺の真後ろの席に座っていた。
前方から回されて来るプリントを後ろに回そうと勢い良く腕を回した時に、書き物をしていて少し下げていた彼の頭を俺の腕が直撃したのが、初めて話す切っ掛けだった。
大人しく、人当たりも良く、傍に居ることが心地良くて、好きだと自覚するのに時間は掛からなかった。
二年生に進級する時、同じクラスであればこのまま友人として傍に居たい、クラスが分かれてしまったら繋がりを持つために告白する。
そう決めて登校した始業式。
貼り出された発表用紙に目を走らせた時、同じクラスに彼の名前がないことに気付き、咄嗟に彼の腕を掴んで人波を離れ、廊下の一角で告白した。
*****
あの時のことを思い出すと、自分の勇気を褒め称えたい気持ちと、恥ずかしさで叫びたい気持ちが噴き出して、顔が熱くなる。
「あの時は、返事するのにいっぱいいっぱいで言えなかったけど」
彼の肩が俺の腕に当たる。当たるというより、寄り添うという感じで。
「頭に腕をぶつけられた時に、物凄く焦って必死に謝ってくれたあの瞬間から、多分好き」
「……っ」
胸にぎゅうっと締め付けられるような衝撃が走った。
頭に血が昇るのが解る。
頬に熱が集まる。
顔が熱い。
そうだよ。俺もその時に多分一瞬で惹かれた。すぐに好きだと自覚した。
俺は恥ずかしくて触れなかったけど、当たり前のように肩を叩いたりふざけて肩を組んだりするクラスメイトを羨ましく思ったし、嫉妬したよ。
だからもう、付き合うことになって、手を繋げて、本当嬉しくて仕方がないんだ。
伝えたい気持ちが頭の中を駆け巡るけど、上手く言葉にすることが出来ない。
どう伝えれば良いのか解らない。
繋いでいる手を少し緩めて、角度を変えて、指を動かす。
寄り添っている彼の身体がぴくりと反応したのが伝わって来た。
上手く言葉に出来ないから、俺は棒高跳び級の高さを、超える。
指を絡めて所謂「恋人繋ぎ」に変え、自分の方に腕を引くと、反動で彼の頭が俺の肩に寄り、ふわりと柔らかい髪が俺の耳を擽った。
手は多分、物凄く湿っているという自覚がある。
爆発してしまいそうな程、熱い顔。
力を込めると、応える手の温かさ。
「好きだ」
恥ずかしくて彼を見ることが出来なくて、顔を背けた状態で伝えると、うん俺も、という呟きが聞こえた。
彼の顔も赤く染まっていると、俺は信じている。
恋に落ちて365日と少し。
付き合い始めてまだ10日。
初心者同士の恋愛は、まだ始まったばかり。
片思いの時の二人はどんな風だったのか、
どんな告白シーンだったのか、
また描く機会があれば、と思っています。
お読み頂き有難うございました。