伯爵令嬢と辺境伯爵 3
夕日に照らされた白い外壁が赤く染まり、建物の中を忙しなく動く人影を窓から窺い見えます。ここは元々は貴族のタウンハウスを買い取って、何でも屋と言っていいほど、多種多様な商品を取り扱っている『ウィオラ・マンドスフリカ商会』の王都本店ですわ。
ここまでの流れからおわかりかもしれませんが、私がオーナーを務めます商会です。
私は足早に歩いて行き、言い合っている声が漏れている玄関扉を開け放ちます。
「グラナード辺境伯爵様!おまたせしましたわ。お話があるため、馬車を用意しておりますので、ご一緒にまいりましょう!」
そこには白髪の体格のいい偉丈夫がウィオラ・マンドスフリカ商会で仕立てた質の良いイブニングを着て、ハゲ頭で小太りの店長の胸ぐらを掴んだまま、こちらに炎を宿したかのような赤い瞳を向けてきました。
「おい、ヴァイオレット嬢。つまらんことでこんな時間まで引き止めていたのなら、ただではすまさないぞ」
グラナード辺境伯爵は威圧的な視線を私に向けながら、小太りの店長を投げ捨てるように解放し、こちらに歩いて来ました。
相変わらず背が高く、私の首が痛くなりそうですわ。
御年二十三歳でありながら、隣国との小競り合いを幾度となく退けてきたグラナード辺境伯爵です。どちらかと言えば貴族というより、武人と言った方がよいでしょう。かなり時間が押しているという感じになっていますので、空気までピリピリと痛い気がしてきます。
「大丈夫ですわ。最新式の馬車なら王城までひとっ飛びですのよ?」
私はニコリと微笑んで、グラナード辺境伯爵が通るための道を譲ります。後ろをふり向けば、先程まで魔動式自動車があった場所には、黒塗りの馬車を騎獣が引いて来たところでした。そして、御者台にクルスが席についています。
その黒塗りの馬車の扉をカリンが開け、グラナード辺境伯爵が乗り込み、私はカリンの手を借りて乗り、辺境伯爵の向かい側に腰をおろしました。扉側に素早くカリンが座り、扉を閉めたと同時に馬車が動き出します。
「で、この俺になんの用があるんだ?」
体格のいいグラナード辺境伯爵が足を組んで、機嫌が悪そうに聞いてきます。貴族であるならもう少し丁寧な言葉づかいをしますが、国の防衛を担っているグラナード辺境伯爵はいつもこのような話し方をされます。
ここはまどろっこしいことは言わずにズバっと用件を伝えましょう。
「グラナード辺境伯爵様。実は先程婚約解消を言い渡されまして、グラナード辺境伯爵様に私のパートナーをお願いしたいのです」
「は?」
「普通のパーティーであれば、仮病でも使って行かないこともできますが、国王陛下主催の……それも建国を祝うパーティーに欠席などできるはずもないですわ」
私がグラナード辺境伯爵にお願いしたいことを口にすれば、イライラとした感じから唖然と目を丸くされ私を見てきました。
やはり対価を差し出さなければ、了承は難しいでしょう。
「我が商会で仕立てた洋服を、王都本店で着替えるとおっしゃっていたグラナード辺境伯爵様のことを思い出しまして、こうしてお願いをしているのです。勿論タダとはいいません。この前注文いただいた移動式魔砲台を五基、贈らせていただくというのはいかがでしょう」
「五基!」
あら……少なかったかしら?
そうですわね。隣国の帝国の小競り合いが頻繁にあると聞きますし、たった五基では防衛力の増加とは言い難いです。
「では二十基というのはいかがでしょう。これ以上となると、この国には魔鉱石の採掘場が限られていますので、難しいとは思います」
「……」
何やら難しい顔をして考え込まれてしまいました。これでも駄目なのですか。
私は何が他に提示できるかと考え込んでいますと、グラナード辺境伯爵か怒ったような低い声が聞こえてきました。
「この状況で俺が断ったらどうするつもりだ」
残念ながら了承の返事ではありませんでした。私はグラナード辺境伯爵に向かってニコリと微笑みながら言い切ります。
「断られませんわ。これはどこでグラナード辺境伯爵様が了承してくれるかというだけですもの」
「何故、断らないことが前提になっている!」
あら?そんなものは勿論……。
「こんな田舎は嫌だと、下男と駆け落ちするという置き手紙と共に、金庫の中身ごと居なくなられた奥様の行方捜索と軍資金の補填をして差し上げた私のお願いをまさがグラナード辺境伯爵様が断わるとは考えていませんわ」
「ぐっ」
「まぁ、結局その下男が隣国のスパイで、元奥様はこの国の情報を売ってどこぞかの商人の第四夫人に収まったようですが。それに買い叩かれていたタウンハウスも私が高額で買って差し上げた上に、王都に参られた際には別宅をそのまま残しているので使って頂いて構わないという、かなり譲歩した条件を出した私のお願いを断わられるなんてグラナード辺境伯爵様はされないでしょう?」
私は扇越しにグラナード辺境伯爵に微笑みを向けます。