第13.5話 先輩メイドと新人メイド③
「エルディオン様はスペルビア学園に通われているのですね」
「リズ!」
新人メイドは白髪の少年の後ろに付き従いながら、話しかけている。その横では先輩メイドのメリアがリズの名を呼んだ。
「うん。そうだよ。今はちょっと事情があって、前ネフリティス侯爵様のお屋敷でお世話になっているんだ」
白髪の少年はにこにこと笑みを浮かべて、メイドである者の言葉に答えていた。
「私、学園ってどういうところかわからないのですが、楽しいところですか?」
「リズ‼」
メリアに名を呼ばれ、止めるように促されているのにも関わらず、新人メイドのリズは、関係ないと言わんばかりに白髪の少年に声を掛ける。
「うん。楽しいよ。学園でも階級に厳しいと聞いていたけど、みんなはそんなこと関係ないって伯爵令息でしかない僕に話かけてくれるんだ」
実際にはスペルビア学園は貴族社会の縮図のようなところである。それも高位貴族の男子ばかりを集めた学園だ。その中で一番貴族位が低いのは伯爵令息となるが、一番人数が多いのも伯爵令息である。
白髪の少年はその伯爵令息たちのことを言っているわけではなく、自分より階級の高い令息たちのことを言っているのだ。
「どのようなお話をされているのか、興味あります!」
「いい加減にしなさいリズ!」
身分をわきまえるどころか、己の立場をわきまえない新人メイドに対して先輩メイドであるメリアは睨みつけながら言葉にする。
しかし、その言葉に白髪の少年が振り返った。
「ただお話しているだけだから、怒ることはないよ。ただ無言でラウムさんのところに向かっていても、楽しくないよね」
白髪の少年はピリピリと怒ってるメリアに向けてふわり笑みを浮かべた。その笑みに思わずメリアが赤面する。可愛いと美麗が入り混じった白髪の少年の姿に押し黙った。
「うーん。そうだね。僕は剣術の授業は免除されているのだけど『貧乏で剣が買えないのなら買ってあげよう』って剣を持参していない僕の心配してくれたりとか『怪我するのが怖いんだね』って僕のことを心配してくれたり、みんな優しい言葉をかけてくれるんだ」
白髪の少年は優しい言葉をかけてくれると言っているが、これは少年が剣術の授業を免除されていることへの嫌味だと思われる。剣を買うことが出来ない貧乏貴族が何故学園にいるのかと、見た目だけいい少年に何の価値があるのかと。
「え? 優しい?」
新人メイドであるリズも少年の認識がおかしいことに気がついた。言われた言葉の中には悪意を感じると。
「エルディオン様! それは馬鹿にされています!」
「そうなのかなぁ? でも、僕が剣を持っていないことも、剣術の授業が免除されているのも本当のことだからね」
リズに指摘されても白髪の少年は馬鹿にされているとは思わないらしい。言われたことは事実だと。
「それで、前ネフリティス侯爵様のお屋敷に避難されているのですね!」
「ん? 避難?」
「だって、ここで何日もお世話になっているのですよね!」
「そうだね」
「ここで働いているわけでもなく、前ネフリティス侯爵様のご厚意で滞在されているのですよね」
「……」
「これはファスシオン様と一緒に剣術を習って見返すべきです!」
新人メイドのリズは使用人としての立場を越え、高位貴族のあり方に意見した。このことに先輩メイドのメリアの顔色は真っ青だ。
そして、白髪の少年と言えば新人メイドの言葉に浮かべていた笑顔が消え去り、眉間にシワを寄せて難しい顔をしている。
「申し訳ございません。これは私どもの教育不足です。叱咤は私が代わりに受けます」
先輩メイドのメリアはまだ教育期間中の新人メイドの代わりに、少年の怒りを我が身で受けると言葉にし頭を下げた。
しかし、使用人と話をする許可をしたのは少年の方だ。少年も悪いと言えるが、貴族社会は身分が全てだ。
伯爵家の嫡男である白髪の少年に他家の使用人が口出すことはあってはならない。
「何があったのですか」
客人である白髪の少年が難しい顔をして、使用人であるメイドが頭を下げ、年若いメイドがオロオロとしている状況を見れば誰しも何かがあったと思うだろう。
「執事ラウム様」
先輩メイドのメリアが声を掛けてきた人物を見て名を呼んだ。
「おや、メリアではないですか」
この前ネフリティス侯爵が住まう別邸に勤めていたとはいえ、いちメイドの名を覚えているのは流石屋敷を取り仕切る執事ということなのだろう。
黒髪に片眼鏡をつけた壮年の男性が、少年が行こうとしていた進行方向から向かってくる。執事ラウムの執事服をビシッと着こなし、長身で姿勢良く歩く姿に気圧されたのか、新人メイドのリズは先輩メイドの背に隠れてしまった。
「申し訳ございません。新人の教育不足により、ガラクシアース伯爵令息様をご不快にさせてしまったようです」
白髪の少年は不快だというよりも、何かを考え込んでる状態に見えるが、新人メイドのリズの言葉がきっかけであったことは確かだ。
「それから侍従コルト様より、こちらをファスシオン様に渡す様に言われて持ってまいりました」
「父う……侍従コルトからですか。ファスシオン様からは何も聞いていませんので、侍従コルトの心遣いでしょう」
執事ラウムは立場上、下の立場である侍従コルトからの物に首を傾げたものの、侍従コルトの意図を直ぐに汲み取った。流石親子というものなのだろう。
「きっとエルディオン様のお心を満たすものだと思います。お部屋に戻って一緒に見てみましょう」
そう言って執事ラウムは白髪の少年に部屋に戻るように促した。
「メリア。詳細は戻ってから文章で送って来なさい」
「かしこまりました」
普通であれば、屋敷を取り仕切る執事が客人の相手をすることはないのだが、白髪の少年はそれほどの重要人物なのだろう。執事ラウムは事の詳細は後ほど書面で提出するようにだけいい、メイド二人に背を向けて去っていった。
そしてメリアは大きくため息を吐く。侍従コルトは勉強の為に行くように言われたときは、メリア自身ただ行って戻ってくるだけでは何も勉強にはならないだろうと、高をくくっていたのだ。
しかし実際は同じ年頃の少年に親しげに話す新人メイドにヒヤヒヤさせられた。これが白髪の少年でなければ、キツイ言葉を投げられるどころか、手を出されていても文句が言えない状況だったのだ。
長兄ギルフォードの婚約者である公爵令嬢に手を取られて、新人教育にそこまで手が回っていなかった自分たちの落ち度を、侍従コルトに指摘されてしまったということだ。
メリアは、流石長年前ネフリティス侯爵様の執事を勤めていた者だと、額に汗を滲ませるのだった。
読んでいただきまして、ありがとうございます。
これにて先輩メイドと新人メイドの話は終わりです。
もし、SSSで読みたいというのがあれば、承ります。本編に直接関わりがない話であれば、書かせていただきます。
例えば、箱の中身は何だったのかとか
クレアさんのお茶会(戦い)とか
シアとアルとのいつものお茶会とか
まぁ、書くのは時間があるときなので、不定期になりますが。