第13.5話 先輩メイドと新人メイド②
「ここが前ネフリティス侯爵様のお住まいなのですか?」
先輩メイドであるメリアに続いて、新人メイドが馬車を降りて辺りを見渡している。降ろされた場所は荷物の搬入や使用人が出入りをする勝手口の目の前だ。
そこから見える建物は全貌が見えず、上を見上げれば四階建てということはわかるのだが、左右に視線を向ければ、どれほどの部屋数があるのだろうという窓枠が見える。
「タウンハウスと同じぐらいなのですか?」
「ここは前ネフリティス侯爵様が隠居するために買われた別邸だから、本邸より大きいわよ」
以前この別邸に配属されていた先輩メイドのメリアが、懐かしそうに目を細めて言葉にした。
「メリアさんは何故この別邸を外されたのですか?」
新人メイドの言い方だとメリアが何かミスでもして、ここを追い出されたように聞こえてしまう。そのことに思わずメリアは大声を出して言い返した。
「タウンハウスの人手が足りないから、移動になったのよ!」
その心の内は、まだこの別邸で勤めたかったようにも聞こえてくる。
「あれ?君、見たことあるメイドさんだね」
メリアが大声を出してしまったからか、誰かに聞かれてしまったらしい。
二人が視線を向けると、まず白い色が目に入った。白髪の人物が二階の窓から顔を出しているのだ。ただ容姿は逆光になっており、よくわからない。
しかし、その白髪を見てメリアは勢いよく頭を下げた。
「大声を出してしまい、申し訳ございません」
まさか、聞かれていたとはという焦りよりも、この人物がメイド達のいる方を向いているのが問題だというふうに、視線を決して合わせないようにしている。
「そんなに謝らなくていいよ。あっ! もしかしてファスシオン先輩の物を持って来てくれたのかな?」
途中まで上から聞こえていた声が、ファスシオンの名が出た辺りで、メリアの直ぐ側から声が聞こえる。恐る恐るメリアが視線を向けると、隣に白髪の少年の姿があった。いつの間に一階に下りてメリアの隣にいたのだろう。
白髪の少年は長髪を後ろで一つに結い、刺繍が施されたシャツにスラックスを身に着けた、気軽な服装の貴族の貴公子と言っていいが、その見た目でメリアは一歩少年から距離を取った。
醜いというわけではない。近寄りがたいという意味だ。
容姿は少女のように美人だと言っていい。それも少年から青年に変わろうしている中性的な印象を受ける。瞳は金色に輝いているように見え、一度見れば、視線を外し難いほど魅惑的だ。
ただ、容姿が整いすぎて人離れしているという印象も受けてしまう。だから、メリアは一歩距離を取ってしまったのだ。
「ファスシオン先輩なら庭で剣術の稽古をしているから行ってみる?」
白髪の少年の中ではメイドたちはファスシオンに用事があると決めつけている。いや、それに間違いはない。ただ、メイドとしてここで頷いてはならないのだ。
だから、メリアはドキドキしている心臓を服の上から押さえながら頭を下げ、白髪の少年から視線を外した。そして、別の言葉を言おうと口を開いた瞬間、メリアではない声が辺りに響き渡った。
「行きたいです!」
その言葉を発した者をメリアは何を言っているのかと言わんばかりに目を見開いて見る。
「リズ!おだまりなさい!」
「しかし、メリアさん。荷物は……」
「リズ!」
メリアのあまりにもの強い口調にリズと呼ばれた新人メイドは押し黙ってしまう。
「でもー、あの侍従の人がファスシオン様に持って行くようにって」
いや、違った。独り言のようにボソボソと話し、メリアに反発しているのだ。
そのリズの態度にメリアは顔を真っ青にさせて、白髪の少年と新人メイドの間に立ち入った。
「新人が失礼しました。私達は執事ラウム様に荷物をお渡ししなければなりません。ガラクシアース伯爵令息様のお心遣いに感謝いたします」
メイドとして預かった荷物は本人ではなく、その屋敷を取り仕切る執事の手に渡るようにし、執事の検分後にファスシオンの手に渡るようにするのが一通りの流れだ。
そこを飛び越して依頼したファスシオンに手渡していいのは、ファスシオンの侍従ぐらいだろう。
「そうなんだね。それじゃ一緒にラウムさんのところに行こう。さっきまで一緒だったんだ」
白髪の少年はニコニコと笑顔を浮かべて、メイドの二人に言った。この言葉にメリアの顔色は青色を通り越して、真っ白になっている。
白髪の少年は疑問形ではなく『行こう』という言葉を使った。これではただのメイドであるメリアに拒否権はない。
「お……お願い……いたします」
緊張で口の中がカラカラに乾ききっているメリアは何とか言葉を紡いだのだった。
あれ?終わらなかった……また何かのお礼の時に先輩メイドと新人メイド③を投稿します。