13.5話 先輩メイドと新人メイド①
「はぁ」
「ため息なんてついてどうなさったのですか?」
銀のティースプーンを磨いてため息を吐いている20歳程の女性に対して、その女性より若い15歳程の少女といっていい女性が、首を傾げて尋ねている。二人は同じ衣服を身にまとっていた。紺色の裾の長いワンピースに白いエプロンをつけた、いわゆるピナフォアというものだ。
「貴女はいいわね。ここに来てまだ一ヶ月で」
年上の女性はどうやら、新人の教育を担当しているようだ。女性は後ろで一つに結っている、くすんだ金髪がはらりと顔にかかったのを鬱陶しいと耳にかけながら年下のあどけない表情をしている少女を見る。
「いいの……でしょうか?毎日覚える事がいっぱいで、大変です」
少女は慣れないながらも、一生懸命に銀のティースプーンを見様見真似で拭いていた。この一ヶ月を先輩メイドたちについて回って、なんとか仕事をやっている感じなのだろう。
「本当に羨ましいわ。あのギルフォード様の婚約者の姫君に給仕しなくていいことが」
「姫君ですか? 確か公爵家のご令嬢だったはずです」
新人メイドは首を傾げて、先輩メイドに尋ねる。
「姫君よ。わがまま姫君。お茶が不味いとか、お菓子が不味いとか、使用人の質が悪いとか。何かと理由をつけて文句を言ってくるよ」
「はあ」
先輩メイドの日頃の鬱憤を吐露するような言い方に、新人メイドは若干引き気味だった。
「口だけならまだしも、手まで出してくるし!」
「悪口を言うのはおやめなさい」
そこに白髪交じりのグレーの髪を後ろに撫でつけた初老の老人が立っていた。背筋を伸ばし、無駄口を叩いている二人のメイドに対して、厳しい視線を向けている。
「侍従コルト様!申し訳ございません」
先輩メイドは突然現れた初老の男性に向かって頭を下げた。それにつられるように、新人メイドも頭を下げる。ただ新人メイドはこの人物が誰かは理解していないようだ。
それはそうだろう。まだ一月。関わりがあるのはメイド長を始め、メイドとして配属されている女性たちと、出入りが許された下女下男が行動する範囲のみだ。未だに仕えている侯爵家の方々にお目にかかったこともない。
次男のアルフレッドに仕えている侍従コルトとの接点など皆無だった。
「メリア。確か貴女は以前大旦那様のお屋敷に配属されていましたね」
侍従コルトは先輩メイドに前ネフリティス侯爵が住まう別邸にいたことを確認した。
「はい。そうです」
メリアと呼ばれた先輩メイドは、姿勢を正して返事をする。その後ろで新人メイドは自分はどうすればいいのかとオロオロとしていた。
「実はファスシオン様から持ってきて欲しい物があると言われたのです。しかし、私は今から出かけなければなりません。人手を割くと突然訪問されるカルディア公爵令嬢に対応できません。が、丁度貴女が新人教育で手が空いていると聞きましてね」
新人教育している者が手が開いているとは言わないと思うが、先程も話題に上がっていた公爵令嬢がかなり、問題になっているらしい。
何か不備があるとネフリティス侯爵家の品位を指摘され、その後も色々叱咤されるのだろう。それを避けるために、万全の体制を整えておかないとならない。
「これを別邸に持って行って欲しいのですよ」
「かしこまりました」
先輩メイドは頭を下げて、侍従コルトの言葉に了承し、侍従コルトが差し出した箱をうやうやしく受け取る。先程、公爵令嬢に対して文句を言っていた同一人物は思えないほどだ。
「それから、その新人も一緒に連れて行きなさい。これも勉強です」
「はい」
侍従コルトは言うべきことことを言って、背を向けて去って行く。すると先輩メイドは大きくため息を吐いた。
「はぁ。まさかコルト様から声を掛けていただくことがあるなんて……よっぽど急ぎだったの?」
侍従コルトから受け取った箱を見ながら、先輩メイドは首を傾げた。渡された箱は両手に抱える程だが、それほど重くはないのだろう。
「あの……私もご一緒して本当にいいのでしょうか?」
背後からの声に先輩メイドはハッとなり、振り向いた。お使いを頼まれたのは先輩メイドであり、新人メイドである自分はお荷物ではないのかと言いたいのだろう。
「あら?いいのよ?折角お使いを頼まれたのだから、帰りに寄り道してなにか、美味しいものを食べましょう。最近、ウィオラ・マンドスフリカ商会が変わった物を売り出したって聞いたから、それでもいいわね」
先輩メイドはお使いの帰りに思いっきり寄り道をする気満々だ。
「あ、これだけは言っておかないといけないわね」
先輩メイドは新人メイドに向かって、真剣な表情をして向き合った。その先輩メイドの態度に新人メイドは背筋を伸ばして、話を聞く姿勢になる。
「今から行く別邸には三男のファスシオン様とご友人のカルディオン様がいらっしゃるの。絶っっっっっっ対にお顔を直接みてはならないからね」
先輩メイドはよくわならないことを言った。いや、貴族の方々に対して頭を下げることを忘れないように注意をしたのだろう。
「もう現実に存在しているとは思えないからね。私達下級貴族とは違う次元の方々だからね。直接見ると目が潰れるからね」
違っていた。目が潰れるとは言い過ぎだろうが、容姿がいいと言っているのだった。
先輩メイドは新人メイドに言い聞かせるように受けとった荷物を脇に置いて、両肩を掴んで言っているのだった。