伯爵令嬢と辺境伯爵 7
「先程のことは本当かね?」
国土の北を守護されているヴァランガ辺境伯爵です。濃紺の髪に冷たい感じの浅葱色の瞳を私に向けてきました。その隣には金髪に琥珀色の瞳を持った美しい女性がヴァランガ辺境伯爵の腕に手を添えています。
「ヴァランガ辺境伯爵様。ヴァランガ辺境伯爵夫人。お久しぶりです。昨年納品させていただきました。暖房機器は如何でしたか?」
「とても助った。薪代がかなり浮いたため、作物の品種改良費に当てることができたよ」
ヴァランガ辺境伯爵はお二人と比べると細身であり、貴族らしい感じがありますが、怒らせるとかなり恐ろしいと、グラナード辺境伯爵もリーヴァコスタ辺境伯爵もおっしゃっていました。
「まぁ、では作物を育てる環境が整えられる『ハウス』という物は如何でしょうか?極寒の冬でも常春のように温度管理ができる商品ですのよ」
ヴァランガ地方は背後に16400ファルト級の山々が連なっており、冬は氷点下の日々が続くため、作物が育ちにくい土地なのです。
「それを購入しよう」
「ありがとうございます。一棟1億Ⅼになります」
私が値段を言うとヴァランガ辺境伯爵は固まってしまいました。
「……少し高いのではないのかね?」
高いですか。値段設定は妥当なのですが……それでは支払い方法を提案させていただきましょう。
「分割払いもできますわよ?」
「う……」
それでも駄目ですか……しかし、北の辺境は西と南とは違い、背後に山を抱えているため、防衛費はそこまでかかりません。その分極寒の地で生きるための工夫にお金が嵩むのです。
人が行きていく上で食べ物というのは切っても切り離せません。他の領地から運んでくるリスクよりも、地元で作物が作れるというのであれば、それが一番です。
「先行投資とは高いものですわ。ファルヴァール殿下は『面白そうだから買う!』と言って即決でしたわよ?」
馬鹿殿下……失礼しました。ファルヴァール第三王子は変わったものがお好きな方で、いろんな物を私の商会から購入していただいているのです。そう、まだ私が納得がいっていない魔動式自動車が欲しいといったのもファルヴァール第三王子です。おかげで、かなりいらない付属品をつけることになりましたが。
「あの殿下と比べられるとは……」
「ヴァイオレット様」
ファルヴァール第三王子と比べられ項垂れているヴァランガ辺境伯爵の横から声をかけられました。冬が近づくと大量の毛皮のコートを買ってくださるヴァランガ辺境伯爵夫人です。
「婚約が解消されたというのは本当なのですか?」
「ええ、つい先程アズオール侯爵子息様から直接言われましたわ」
私がそのように言うとヴァランガ辺境伯爵夫人は大輪の花のような笑顔を浮かべられました。
「では、次の婚約者にわたくしの息子は如何です?」
……ヴァランガ辺境伯爵夫人の息子というのは、今年三歳になられるご長男のことでしょうか?
「おい、キアナ突然何を言い出すのだ」
ヴァランガ辺境伯爵が焦った様に隣の夫人を窺い見ます。
「旦那様、これはチャンスです。ヴァイオレット様をヴァランガ家に迎えれば、毛皮のコートが選び放題なのですよ!」
それは少し違うと思いますわ。私が三歳のご子息に嫁いだとしても毛皮のコートが無尽蔵に手に入るわけではありません。それに……。
「ヴァランガ辺境伯爵夫人。私は今年で十八歳になりますので、三歳になるご子息には、歳が近いご令嬢の方がよろしいかと思いますわ」
「キアナ。私も同意見だ。早まったことをするな」
ヴァランガ辺境伯爵が夫人に考え直すように言っていますが、夫人は諦めきらないようです。
「では、旦那様の愛人というのは……」
ヴァランガ辺境伯爵夫人は御自分の夫の愛人に私を勧めてきましたが、それ程毛皮のコートが欲しいのでしょうか。しかし、その言葉もヴァランガ辺境伯爵の無言の圧力によって止められました。
「まぁ、そのように怖いお顔をされないでくださいませ。グラナード辺境伯爵」
あら?グラナード辺境伯爵?先程から無言でいる隣のグラナード辺境伯爵を窺い見ますが、いつもと変わりはありませんわよ?
「旦那様。そろそろ順番が回ってきそうです。ヴァイオレット様、先程言った愛人の……ふふっ。『ハウス』という物の詳しい説明を後でいただきたいですわ」
しかし、再度私を御自分の夫の愛人にと言われるなんて、夫人の毛皮好きは相当なもののようです。
そして、今は侯爵家の方々の名が呼ばれているので、私達も大扉の前で待機しておかねばなりません。
「旦那様。こちらにいらしたのですか」
そう言ってヴァランガ辺境伯爵夫妻と入れ違いに声を掛けてきたのはリーヴァコスタ辺境伯爵夫人です。
ピンクゴールドの髪を高く結って、豊満な身体を見せつけるようにぴったりとしたドレスを着たリーヴァコスタ辺境伯爵夫人は、何処に居ても目に留まる華やかな美しい女性です。
その美女がにこやかな笑みを浮かべ、リーヴァコスタ辺境伯爵の隣に立ちます。このご夫婦は本当に人の目を引きますわね。
そして、グラナード辺境伯爵と私に視線を向けて首を傾げています。
「グラナード辺境伯爵。お久しぶりです。マルメリア伯爵令嬢がご一緒に?これはもしかして……」
「さぁ、俺たちも行こうか」
リーヴァコスタ辺境伯爵夫人の言葉を遮るように、リーヴァコスタ辺境伯爵が夫人の腰を抱いて、歩くように促しました。
あの……私まだリーヴァコスタ辺境伯爵夫人に挨拶をしていないのですが?しかし、夫人は何を言おうとしていたのでしょう?
「何がもしかして、なのでしょう?」
「ん゛……んん!ヴァイオレット嬢。我々も行こうか」
グラナード辺境伯爵はそう言って私を豪華絢爛な扉の前に連れていきました。
「グラナード辺境伯爵様。マルメリア伯爵令嬢様。ご入場です」
広間に入る前に私達の名が呼ばれ、大きな扉が音もなく開きます。眩い光と共にざわめきが聞こえてきました。
さて、参りましょう。社交という名の戦場に。
ここまで書き上げたのですが、面白くないと思って、続きを書くのを止めました。これが少し先の冬の話になります。
閑話にそっと載せておきます。
そして、勿論グラナード辺境伯爵はヴァイオレットのことが好きです。ガラクシアースの血が選んだ女性でしたが、婚約者がいるということで、遠巻きに接してはいたものの、近しい人たちにはバレバレでした。フェリシアでさえ知っていたのですから(笑)
あと魔導式自動車が王城に侵入禁止の理由は表向きにはヴァイオレットが知っている理由が挙げられましたが、事実は勿論第三王子がやらかしたからです。
そして、毛皮の出どころは勿論フェリシアです。裏話ですね。
『私の秘密を婚約者に見られたときの対処法を誰か教えてください』を書き続けて行けばその内、この話にリンクするとは思います。
非公開にしているので、ここまで読んでくださる読者様は少ないと思いますが、読んでいただきましてありがとうございます。
続きをと言われて書き始めたものの、そろそろ最終話にすべきか……まだ続けるべきか……。
初っ端に題名を回収してしまっているので、さてさて……
ここまで読んでいただきましてありがとうございました。




