伯爵令嬢と辺境伯爵 6
馬車が止まり、外から扉が開けられました。結局、グラナード辺境伯爵から了承の言葉が得られませんでしたわ。
これはパートナー無しで会場に入るしかなさそうですわ。できればお父様とお母様と合流できればいいのですが、今日は国中の貴族がこの建国記念パーティーに出席するために集まって来ているのです。はっきり言って難しいでしょう。
「ヴァイオレット嬢?」
私が項垂れていますと、先に馬車から降りたグラナード辺境伯爵から手を差し出されていました。
何でしょうか?先に行ってくださって、よろしいですのに。
私が首を傾げていますと苦虫を噛み潰したような表情のグラナード辺境伯爵に右手を掴まれ、馬車から降ろされてしまいました。
「移動式魔砲台二十基だ」
ああ、今回のパートナーの件を二十基で手を打ってくださるのですね。
「あと、ヴァイオレット嬢が……あー……俺のところに来るってやつは……あーなんだ……その……」
「わかっております。恋人さんが大切ということですね」
「だから、恋人なんて居ないって言っているだろう!」
はい。そういうことに、しておくということですね。
私はわかっているというふうに、ニコリと微笑みます。
「絶対にわかってないだろう」
グラナード辺境伯爵はボソリとつぶやきましたが、わかっていますよ。
リーヴァコスタ辺境伯爵が四年ほど前に『アドラセウスが恋煩いって笑えるよなぁ。恋煩いに効く何か売ってくれないか』と頼み事をされましたけど、そのような物はないので、相手の女性の好きな物でも贈ればいいと思いますわと答えておきました。
その後どうなったかは存じませんが、リーヴァコスタ辺境伯爵が『アドラセウスの……あーなんだ。こ……恋人に贈るものなんだが、マルメリア伯爵令嬢の今一番欲しい物は何だ?』と全く関係のない私の欲しい物を聞かれた覚えがあります。
もちろん私はその時欲しい物を口にしましたが、未だに私の欲しい物を聞いてきた意味が理解できません。
私は無事グラナード辺境伯爵というパートナーを得て、王城の中に入り控えの間に向かいます。控えの間といっても会場となるかなり広い“歌人の間”に入るための待機場所という感じですので、かなりの広さがあります。
普通であれば、多くの貴族の方々がいらっしゃるのですが、下位貴族の人たちはすでに歌人の間に入っているようです。そして、顔ぶれからは侯爵以上の爵位をお持ちの方々ばかりがいらっしゃいました。
「お!アドラ。遅かったじゃないか!」
グラナード辺境伯爵に陽気に声をかけてきたのはリーヴァコスタ辺境伯爵です。緋色の髪に緋色の目が浅黒い肌によく映えています。やはりこの方も貴族というより武人と言い表した方がいいほど、躯体ががっしりとしており、その場にいるだけで、威圧感を感じてしまいます。
「ああ、ウィオラ・マンドスフリカ商会で引き止められていた」
「ふーん」
リーヴァコスタ辺境伯爵はグラナード辺境伯爵から私へを視線を移し、目を細めて見てきます。私はリーヴァコスタ辺境伯爵にニコリと微笑みを浮かべます。
「お久しぶりです。リーヴァコスタ辺境伯爵様。先日は奥方様がウィオラ・マンドスフリカ商会をご利用いただきましてありがとうございます」
その奥方様は私の商会で仕立てたドレスを着て、サフィーロス侯爵夫人とお話をされているので、リーヴァコスタ辺境伯爵の隣にはいらっしゃいません。
「聞いてないが?」
「とても、とても沢山お買い上げいただきまして、ウィオラ・マンドスフリカ商会としても嬉しい限りです」
「む。因みに何をあいつは買ったんだ?」
「あらあら、そのようなことは、私の口からは申し上げられませんわ。ぜひ、奥方様からお聞きになってくださいませ」
リーヴァコスタ辺境伯爵の誕生日プレゼントに魔剣を買われていかれたので、数日後にはおわかりになるでしょう。
あと、幼児教育に必要なおもちゃもお買い上げいただきました。しかし、3人のお子様がいらっしゃるとは思えないほど、奥方様は美人です。
「それで、何故二人が一緒にいるのか聞いていいか?ヴァイオレット嬢はあそこにいるアズオール侯爵子息の婚約者だろう?」
そう言って、リーヴァコスタ辺境伯爵はアズオール侯爵子息の方に視線を向けます。そこには元婚約者と妹のエルノーラの姿がありました。その二人を横目で見ながら答えます。
「婚約解消されました」
私の一言に周りがざわつきました。先程から聞き耳を立てられていることはわかっていましたし、別に隠すことではありません。普通のご令嬢であれば、口を貝のように閉じるところですが、アズオール侯爵家とマルメリア伯爵家の関係は少々普通ではありません。
「おい、そこを堂々と口にすれば、また色々言われることになるぞ」
「本当のことですし、隠したところで何れわかることです」
リーヴァコスタ辺境伯爵が私の立場を心配してくれていますが、私が言わなくてもこの貴族社会の噂というものはあっという間に広がり、陰口を叩かれるものです。
それに今更私の悪名が増えようが些細なこと。対外的には私とウィオラ・マンドスフリカ商会を貴族社会から追い出そうとしている5大公爵家も、別の貴族を装ってウィオラ・マンドスフリカ商会を利用しているのです。
所詮貴族というものは体裁が求められるのです。愚かしいことこの上ないですわ。
そして、こうして私に直接声をかけてくださるのが、私という存在を大きく買ってくださっている辺境伯爵の方々と若い貴族の方々です。
そのお一人がまたこちらにやってきました。




