伯爵令嬢と辺境伯爵 5
するとグラナード辺境伯爵様はほっとした感じで腕は離してくださいました。
「しかし、ヴァイオレット嬢がマルメリア伯爵を継ぐことに変わりはないだろう?」
「それですか、私に何か遭った場合には従兄のウィリディス子爵が伯爵の地位につけるように鍛えてありますので、問題はありません」
妹のエルノーラに任せると、領地のお金を使い切りそうですから、エルノーラには何処かの貴族に嫁に出すことは父との間で取り決めてあるので、エルノーラがアズオール侯爵子息と婚姻しても伯爵位を受け継ぐことはありません。
そして、納得できたのでしたら、私の話を受けてもらえますかともう一度グラナード辺境伯爵に問おうとすれば、下から突き上げるような衝撃に私は座席から浮き上がってしまいました。
「きゃ!」
「お嬢様!!」
何があってもいいように、馬車の内装に掴まる取っ手をつけているのですが、それは壁面についているため、グラナード辺境伯爵の方に向いていた私に掴まるところがありません。
「クルス!きちんと着地をしなさいと、あれほど練習したのに、これはどういうことですか!」
カリンが彼女の背後の壁を叩きながらクレームを御者台にいるクルスに言っています。
『えー。ガンバッテミタノデスガ、シッパイシマシタ』
何故か片言の返事が外にいるクルスから返ってきました。
「貴方が着地に失敗するなんて有り得ないでしょ!」
カリンはそれなりにクルスの腕を認めているので、このような失敗は普通はしないと決めつけているようですが、人は失敗するものですので、クルスの主としては彼の失敗を許すべきなのですが……。
『ちょっと話の内容からハプニングがあった方がいいかと下僕は愚考しました』
はい、今現在の私の状態を説明しますと、グラナード辺境伯爵に横抱きにされているのです。いわゆるお姫様抱っこですわ。
恥ずかし過ぎます。
「着地とはどういうことだ?」
とても近くからグラナード辺境伯爵の声が聞こえてきます。このような状態では説明もままなりません。
「グラナード辺境伯爵様。下ろしていただけますか?」
「何が起こったんだ?」
赤い瞳が私を見下ろしてきました。流石にこの状態は予想していなかったので、内心とても焦っています。
「ヴァイオレット嬢?先程の衝撃は普通では無かった。説明してくれなければ、おろすこともできない」
こ……この状態で説明をしなければならないのですか!カリン!!
カリンに助けを求めて視線を送りますと、馬車を降りる準備を始めているので、私の方を見てくれていません。
わ……私がこ……このような状態で、せ……説明を?
「ば……馬車に乗る前に、言いましたわ。王城までひとっ飛びですわと。既に城門を超えて馬車留めに向かっていますわ」
「この短時間で王城にだと!」
グラナード辺境伯爵は私を抱えたまま、馬車窓に引いてあったカーテンを開けて外を確認しています。
「本当に王城に着いている。空を飛んだということか?」
「あの……下ろして、い……ただきたい……のですが……」
答えたのでそろそろ、下ろして欲しいのです。それに、もう馬車留めに到着しそうですのに。
「この馬車は空を飛んだというのか?」
これも答えなければならないのでしょう。
「空を飛ぶ騎獣に馬車を引いてもらっただけですわ」
言葉にすれば簡単ですが、実際は宙に浮いても風の抵抗を受けても馬車の位置を定位置に留めることが大変でした。大変だったのは技術開発部の方々ですが。
私はヒントになりそうな事を話すだけで、対して力にはなっていませんでした。
あの……本当にそろそろ、下ろして欲しいですわ。
「ですから、もう先程のようなことにはなりませんわ。それに普通であれば、あの様に突き上げるような衝撃は発生しないのです。本店の到着を私が急いだために、無茶な車の運転をしてクルスに負担をかけてしまったのです」
クルスのミスを穏便にできるようにするのも、主たる私の務めですわ。
「な……なので……下ろしてほしいです」
すると、グラナード辺境伯爵は人の悪そうな笑顔を私を見下ろしながら向けてきました。
「久しぶりに、仮面が取れたヴァイオレット嬢を見れたから良しとするか」
私の動揺がもろに表情に出ていたようです。
鉄仮面のマルメリア伯爵令嬢というのは私を示す言葉の一つです。貴族の令嬢がいち商会を持ちますと、周りから色々言われることがあります。ですが、そのようなことは気にしていては商売にはなりませんので、私は笑顔を絶やさないのです。




