ジェネシスへ
「なあ、カオル。この特別褒章ってどうやって使うんだ?」
「これは首都ジェネシスの冒険者ギルドに持って行くと表彰された後、経験値に変えてくれるんだ」
「なんだよ。今すぐ使えないのかよ」
「俺もこの場で使えたらなとは思うんだけど、本来はジェネシスの冒険者ギルドで受ける様な高レベルのクエストでしか貰えない様なアイテムだしな。一応ギルドで表彰されるんだけど表彰式なんて見てる奴なんて居ないし、この場で使えても何の問題も無いと思うんだけどな。なんでそんな制限掛けてるのかよく解らん」
「そのジェネシスってとこは遠いのか?」
「歩いて丸一日位かな?」
「遠いな」
「途中結構強い敵が出るからレベル15は欲しいところだ」
「レベル15か……俺たちレベル7だからまだまだ先の話だな」
「レベル7でも行けなくもないぞ。じゃあジェネシスに行ってみるか!」
「ん! どうやって?」
「それは明日のお楽しみさ」
カオルとは明日の朝いちばんにジェネシスへ行く約束をして別れた。
*
翌朝、宿屋から出ると待ちくたびれた感じのカオルが待っていた。
「遅いぞ! ジェネシスに着くのが真夜中になるぞ!」
「悪い悪い。ちょっと疲れてて寝過ごした」
「さ、時間も無いし冒険者ギルドに行くぞ!」
「ジェネシスに行くんじゃないのかよ?」
「そうさ」
「じゃ、なんで冒険者ギルドに?」
「人数が要るからな」
「?」
カオルが何を言ってるのか訳が解らない。
クエストでも利用してジェネシスに行くんだろうか?
俺には解らないのでカオルについて行く事にした。
冒険者ギルド前に着くとカオルが大声を出して呼び込みを始める。
「ジェネシスに行着たい人募集! レベル5以上!」
その言葉を聞いた冒険者が殺到する!
「行きてー!」
「参加させてー!」
「参加しますー!」
カオルが冒険者達に揉みくちゃにされる。
それをカオルは冷静に淡々と裁いていた。
「参加者は西門に集合!」
「9時出発!」
「出発5分前集合!」
「回復は自己責任で!」
10分ほどの呼び込みで参加者52人が集まった。
「おいカオル! 昨日ジェネシスに行くにはレベル15以上って言ってたけどなんでレベル5で募集するんだよ? 低すぎるだろ!」
「レベル15って言うのはソロの話さ。50人で行けばレベル3ぐらいでも行ける」
「なんと!」
「オンラインゲームなんだから、たまには他人とつるまないとな」
「オンラインゲームって事を綺麗さっぱり忘れてたぜ。あんまりにもリアルだからファンタジー世界に来てるんだと思い込んでいた」
「さ、集合時間まで20分しかない。準備しようぜ」
「準備って?」
「お弁当と飲み物とおやつさ!」
「遠足かよ!」
「遠足だよ! おやつは300円までな!」
「あははは!」
露店に行くと食事を買い求めるジェネシス行きの参加者でごったがえしていた。
サンドイッチと飲み物を二食分確保してアイテムボックスにしまう。
「さっきカオルが回復は自己責任とか言ってたけどあれは何の事だ?」
「あー、あれね。怪我したら回復は各自ポーション使って自分で対処しろって事さ」
「なるほど」
「僧侶が居てもこれだけ人数多いと回復が大変だろ?」
「確かに」
「そうでも言わないとレベル5から蘇生出来る魔法を持ってる僧侶が参加してくれないからね。僧侶を参加させる為さ」
「うは! お前思ったよりも策士だな」
「だから各自ポーション使って自分で回復しなさいって事さ」
「そう言う事か」
「さあ、ポーション買いに行くぞ!」
「おう!」
必要なアイテムを買い揃えて西門に行くとその中には見知った顔が何人もいた。
クエストでパーティーを組んだ仲間たちだ。
「おう!」
「久しぶり!」
「また、お世話になります」
「おひさー!」
「よろしくー!」
「調子どう?」
「俺はレベル10に上がったぜ!」
「私はレベル7」
「僕もレベル7」
「俺もレベル7」
昔話に花が咲く。
そんな昔の話じゃないけどな。
時間の5分前になると主催のカオルが説明を始めた。
「これから皆さんとジェネシスに行きたいと思います。はぐれたら探しませんので死を覚悟してください!」
「マジかよ!」
「厳しいな!」
「ジェネシスまでは丸一日掛かります。時間的に遭難者を探してる余裕は有りません。もたもたしていたら日が暮れて強い魔物が徘徊する夜になってしまいます」
「なるほど」
「そのとおりだ!」
「なので、はぐれてからでは遅いのではぐれる前に大声を出して騒いで下さい! 敵に絡まれても大声です! いいですね!」
「「「はい!」」」
「先頭は俺が歩きます。普通に歩いていれば絶対について来れる速度なので安心してください。では出発しましょう!」
点呼を取ると参加者は募集通りの52人だった。
ちゃんと全員集まっているようだ。
大集団がジェネシスに向かって歩き始めた。
まるで軍隊の行軍の様だ。
さすがにこれだけ人数が居るとモンスターもビビッて絡んでこない。
たまに逃げ場を失って逆上したモンスターに絡まれる事も有ったが50人もいると一瞬で倒された。
途中、小さな村で昼食兼休憩をする。
大人数なので村の人たちもびっくりしていた。
俺はカオルと一緒に木陰で座り昼飯を食べる。
「やっと半分か。今の所誰もはぐれてないな」
「順調だな」
「ただここからは敵のレベルも徐々に上がり、敵も絡んで来るようになる」
「その時は俺に任せろ!」
「おう! 任せるぞ!」
「それにしてもよくこんなモンスターだらけのとこに村なんて作って住んでるよな。もしかしてここの村の住人は子供から老人迄勇者クラスの猛者なのか?」
「そんな事は無いさ。基本的にNPCは魔物に絡まれる事は無いからね。こんなとこでも問題なく暮らせる」
「ああ、そう言う事なのか」
「それに村の中は精霊石に守られた安全ゾーンで冒険者も襲われることは無い」
「なるほどねー」
レイナからカットインメッセージが入った。
「お兄ちゃんそんなとこにどうしたの? もしかしてジェネシスに向かってるの?」
「おう! 今ジェネシスに向かってるとこだ」
「もしかしてレベル15超えたの?」
「いやまだレベル7だよ」
「それでよくそこまで来れたね」
「50人の集団出来てるからね」
「懐かしい! ベータの時の大遠足だね!」
「そそ遠足!」
「あのさー、お兄ちゃんがジェネシスに着いたら連絡くれないかな?」
「どうした?」
「今日ね、クランで会議が有るんだ。そこに参加して欲しいの」
「会議?」
「うん。ちょっと色々有ってね。明日からクランのみんなでレベル上げする事になったからその打ち合わせ。その打ち合わせに参加して欲しんだ。もちろん明日のレベル上げも参加してね」
「俺、レベル7なのにそんなとこに参加していいのか?」
「うん。だいじょぶ」
「フレンドのカオルも一緒にいい?」
「もちろん! じゃあ連絡待ってるね」
「おう! じゃあまたな!」
メッセが終わるとカオルが心配そうに声を掛けて来た。
「何かあったのか?」
「なんか明日からレイナがクランでレベル上げするからそれに俺も参加して欲しいって話だった」
「まじ! いいなー!」
カオルが『自分も誘って欲しい』オーラを出しているのが俺にも見える。
「クランでレベル上げかよ! 俺も参加したいなー!」
ほら当たった。
「もちろんカオルも参加していいってさ」
「マジかよ! ラッキー! これで一気にレベルアップだよ。やはり持つべきは友だな!」
「クランのレベル上げってそんなに凄いのか?」
「凄いなんて物じゃないよ! 三回も参加すればレベル99カンストするんだぜ!」
「そりゃ凄いな!」
「俺もベータの時に一回だけクランのレベル上げの真似事に参加したことあるんだけど、それでもレベルが20も上がったな」
「レベル20かよ! そりゃ凄い」
「明日が楽しみだよ」
30分の休憩の後、再び移動を始めた。
カオルが休憩の時に言っていた様に、敵のレベルが上がったせいか敵が絡み始めた。
「みんな固まれ! やられた奴はすぐに下がるんだぞ! 回復が間に合わない時はポーション使って回復な!」
カオルの的確な指示で大きな事故もなく旅は続く。
日が落ち始め空が真っ赤になり始めた時に、真っ赤な空の中に黒く大きな物体が草原の上に浮かび上がった。
巨大な城壁を持つ街、首都ジェネシスだ!
「ジェネシスだ!」
「あと少し!」
「うぉぉぉぉ!」
「ジェネシス!」
皆の足が速くなる。
八時間以上歩き続けた疲れも皆忘れ笑顔で早足で歩く!
迂闊だった。
その時、上空から襲ってくる大鳥の群れに気が付かなかったのだ。
「あれは何?」
参加者の女の子の僧侶が上空を指さして呟いた。
指さす方向を見る。
ガーゴイルだ!
五匹の群れだった。
俺がこの世界に来た時に襲われたあの鳥だ!
あの大鳥が俺たちの声に気がつき襲い掛かって来る!
大鳥たちは一斉に急降下を始めた。
俺は必死に叫ぶ!
「みんな! 逃げろ!」
だが手遅れだった。
大鳥の動きは素早かった。
足で逃げても逃げられる速度ではない。
次々に空に連れ去られて地面にたたき落とされる仲間たち!
悲鳴を上げて動かなくなる者!
身を捩じらせ苦痛にうめく者!
大鳥たちは歓喜の雄叫びを上げていた!
「こんなところに来てみたら人間の群れを見つけるなんてラッキーだな!」
「食い放題! 大満腹!」
「今夜はご馳走だぜ!」
「ジェネシスの周りなのに信じられないぐらいすげー弱いから倒すの楽だし!」
「ほんとラッキー!」
「もっと泣きわめけ!」
俺はカオルに助けを求める!
「どうすればいい!?」
「こいつらはレベル40の敵だ。なんでこんなとこにいるのか訳解らない! これだけ人数がいても俺たちには歯が立つ相手じゃない! 無理だ!」
「じゃあどうすれば!」
「ジェネシスに逃げ込むしかない!」
俺たちは必死でジェネシスへと走る!
ジェネシスまではおよそ2キロ。
容易く走り抜けられる距離では無かった。
一人、二人と空に舞い上げられ地面へと叩き落される。
仲間が叩き付けられる度に「ひゃっひゃっひゃ!」と癪に障る鳴き声が聞こえる。
その時レイナからメッセが入った。
「おにいちゃん、もうすぐ到着かな?」
「それどころじゃない! いま大鳥に襲われてる!」
レイナは俺の顔の背後の大鳥を見て笑顔から引き攣った顔に変わる。
「なんで! そこにガーゴイルが? そんなとこには絶対居ない筈なのに!」
「解らない!」
「今すぐ助けに行くね!」
その時背中に激痛が走る!
「レイジ!」
足元からカオルの叫び声が聞こえる。
メッセをしてたから敵の攻撃に気付かず捕まってしまった。
俺は大鳥に背中を掴まれて上空へと連れ去られていた。
大鳥の爪が背中に食い込み肉を裂く!
「いてぇ!」
だが、俺は前よりも少し強くなっている!
ただでやられる訳には!
俺は左手でガーゴイルの足を掴み、右手の剣で腹を刺す!
だが、俺の攻撃は全く効いてなかった!
「そんな貧弱な攻撃! 痛くも痒くもないわ!」
ガーゴイルとのレベル差が有り過ぎて攻撃が全く効いてなかった。
「俺様に抵抗した事を後悔させてやる!」
ガーゴイルはそう吐き捨てる様に言うと近くを飛んでいた仲間を呼ぶ。
「生意気だからコイツ引き裂いてやろう!」
「いいねー! 真っ二つにしてやろうぜ!」
新たに現れたガーゴイルが俺の右手を鷲掴みにする!
「さあ! 裂くか!」
「さあ! 裂こう!」
二匹のガーゴイルは俺の右腕と左腕を引っ張り始めた!
激痛が俺の腕に走る!
「痛い! やめろ! 痛い!」
「やめろと言われてやめる奴はいねーよ!」
「いねーよ!」
ギリギリと俺の腕と肩関節が悲鳴を上げる!
「痛い! 痛い! 痛い! 痛い!」
「いいねー! 最高なサウンドだな!」
「最高な悲鳴だな!」
「さてと、そろそろ腕をもいで次は足に取り掛かりますか!」
「いいね!いいねー!」
「いっせーのせ!で行くぞ!」
「行くぞ!」
「やめろ! やめろ! やめろって!!!」
「「いっせーの――」」
そこで不意に腕を引っ張る力が消えた。
見ると腕だけ残して大鳥達の姿が消えている。
光る片手剣を持ち激しく青く光る鎧を着た美少女が俺を抱き抱えていた。
「大丈夫ですか?」
「助かった! ありがとう」
「間に合ってよかった!」
俺はそっと地面に降ろされた。
目の前には息を切らせて座り込むカオルが居た。
少し離れた所には、淡く光る白い鎧を着たレイナが大鳥目掛けて弓を射っている。
大鳥は一瞬ですべて射落とされ草原に静寂が戻った。