氷河
氷結回廊を抜けると、吹雪の真っただ中であった。
風の音と共に氷の様に冷え切った冷気と数十メートル先が全く見えなくなるほどの雪を含んだ風がまるで刃物のように吹き荒れている。
「急に冷え込んできたな」
俺は凍える手を擦りながらそうつぶやくとアツシも寒いのか歯をガタガタと鳴らしていた。
「ああ、寒い、寒すぎる。俺なんて薄着だから寒すぎで鼻水出てきたぞ」
「そりゃ、アツシは空手着みたいなのを腕まくりしてる格好だもんな。なんでそんな恰好で来たんだよ?」
「雪山に来るなんて聞いてなかったしよ」
エミリも唇を青くしてガタガタと震えていた。
「寒くて耳がちょう痛い~。耳取れる~」
「ちょっと待っててくださいね」
見かねたキョウヤさんは何やら魔法を唱え始める。
寒さを跳ねのけ暖かな空気を纏うワームベールの魔法だ。
何度かの光と共に急に身体が温まり楽になった。
どうやらキョウヤさんの唱えた呪文が効いてきたようだ。
「あったかい」
「ぽかぽかだよ」
「キョウヤ凄いな。見直したぞ」
「耳痛くない~。すごーい」
武闘家二人組は大喜びだ。
「ワームベールの魔法を掛けてみました」
魔法を掛けてもらってから全然寒くないもんな。
魔法って結構すごいもんだ。
暖かくなると急に気分が軽くなった。この吹雪の中でも雪景色を楽しむ余裕まで出てくる。
「エミリ、雪だるま作るか~」
「いいね、いいね~。じゃ、わたしはかまくら作るよっ!」
余裕出過ぎだろって言うか明らかにこの二人は何にも考えてないな。
「そういうことをするのは砦に着いてから作りましょう。ここで作っても遊びに来るのが大変ですよ」
二人をあしらい慣れたキョウヤさんが諭す。
「そう言われてみると、そうだな」
「よーし、急いで砦にいこ~!」
武闘家二人は完全にキョウヤさんに飼いならされていた。
「ずいぶん彼らの扱いに慣れてるんですね」
俺はキョウヤさんの武闘家二人組の扱い上手さに感心した。
「え~。最初の頃はかなり苦労しましたが最近はだいぶ慣れてきましたよ」
軽く微笑むキョウヤさん。
婦女子ならこの笑顔でイチコロだ。
「『なんとかとハサミは使い様』、みたいな?」
「そそそ」
俺の話が聞こえたのかアツシとエミリが会話に割って入って来た。
「オイオイオイオイ~! 『何とか』って何だよ! バカにしてるのか?」
やべ、ムチャクチャ怒ってる。聞こえちゃったか?
「バカにしてるのか~?」
キョウヤさんがフォローしてくれた。
「『ナントカとハサミは使い様』ていうのはヨーロッパの故事のことですよ」
「そうなのか?」
「ナントカって言うのはレイピアやダガーの事なんですけど、普段便利な武器よりも安全なはずのハサミみたいな道具も気を付けて使わないと、鋭い刃物なので怪我をするって意味なんです」
「へ~、そうなのか~」
「いつも、キョウヤの話はためになるね~」
しきりに感心して感動のあまり目を潤ませているエミリ。
その故事って話、完全に嘘なんだけどな。
キョウヤさん、すげー。
二人の扱い慣れ過ぎてるよ。
俺はしきりに感心してしまった。
「アツシ君がキミにすぐちょっかいを出してくるのって、今まで話せる同性の同世代の人が近くにいなかったからなんで、あれも彼なりの友情表現なので許してやってくださいね。彼、君が来てからずいぶん口数も多くなって明るくなりましたよ」
「そうなんですか~」
吹雪の中を歩いていると突然吹雪が止んで日の光が差し始める。
今まで見えなかった辺りの景色が見えるようになった。
これなら歩くのがだいぶ楽になりそうだ。
アツシとエミリは晴れたことで大はしゃぎ。
雪の中を縦横無尽に走り回ってる。
サキは二人が走り回ってても仲間に入ることは無く、大人しく俺の後ろをついて歩いてきてた。
だか、キョウヤさんはこの好転した天候状況を見て不本意と取れるような表情をした。
「困りましたね」
「え? 晴れたのに困るんですか?」
「はい」
「視界が良くなって、ずいぶん歩きやすくなったのでは?」
「まぁ、それは間違いじゃないんですが、敵にとってもそれは全く同じことでして……」
「どういう事です?」
「簡単に言うと敵に襲われやすくなったって事です」
そんな危険な状況なのに大はしゃぎの武闘家二人組は見えなくなるほど遠くまで走り去っていった。
「アツシとエミリは相変わらず元気だな……」
「それが取り柄ですからね」
微笑んで笑う顔が爽やかだ。
しばらくすると2人は雪煙をあげて走り戻って来た。
「たすけて~!」
「死ぬ死ぬ死ぬ~~!」
よく見ると二人があげた雪煙の後ろには白虎の大軍を引き連れていた。
「敵に見つかって大リンクしてますね」
「リンク?」
「敵に加勢されて大群になってる状態です」
なるほど。
でもこれってかなりヤバい状況だよな。
大規模狩りならともかく、こっちは5人しかいない。
どう考えても戦力不足だ。
「さてどうしますか……。サキさん、あの敵眠らせられます?」
「がんばります」
サキが自信なさげにか細い声で言った。
「サキさんの今のレベルなら間違いなく眠らせられるので安心してください。範囲魔法の『睡魔』で眠らせて、もし起きたら単体魔法の『睡眠』と『昏睡』を使って眠らせてください」
「はい」
「レイジ君は寝なかった敵の攻撃からサキさんを守ってください」
「はい!」
キョウヤさんから具体的な指示が出た。
的確でわかりやすい。
続けて、キョウヤさんは大声を出し走って来る二人に指示を出した。
「お~い! ここまで来て、止まれ~~!」
「わかった」
「うん」
二人は走ってくるとキョウヤの目の前で止まった。
追ってくる白虎は6匹いや7匹いた。
30メートル先ぐらいから追ってきている。
「それじゃ指示したら始めますよ。せ~の、はい!」
サキが『睡魔』の詠唱を始めた。
『睡魔』
その声と共にサキは敵を眠らせた。
敵は崩れ落ちる様に一瞬で眠った。
が、魔法が効かなかったのか一瞬で二匹が起きた。
「アツシ君、エミリさん、その起きた敵を左側から倒してください」
「おう」
「わかった」
二人の武闘家は敵に襲い掛かる。
俺はサキを襲ってくる敵の前に割り込み爪と牙を必死で盾で受け止めて守る。
虎だけあってその攻撃一発一発がやたら重い。
ガシン!
「くっ!」
まるでプロレスラーが持ったバットで殴られてるようだ……。
ま、実際にはプロレスラーに殴られたことないからあくまでも例えだけどな。
虎の爪攻撃が、か弱いサキに当たったら一発で死んでしまうだろう。
俺は必死で守って守り抜いた。
どのぐらい戦っていただろうか?
気が付くとそこには7体の白虎の死体が雪の上に転がっていた。
どうやら戦いのケリがついたようだ。
キョウヤがたしなめる様に二人に言う。
「もう、走り回ったらダメですよ。いいですね?」
「すまん、俺が悪かったよ。もうしない」
「ごめんなさい」
二人はキョウヤに対してはやたら素直だ。
「レイジ君ありがとう」
か細い声で言うと、サキは力を使い果たしてしまったのか俺にもたれかかったまま意識を失ってしまった。
「ここでサキさんが回復をするのを待った方がいいんですが、敵がいるので先に進みましょう」
「俺がサキを背負うよ」
俺はそう言いサキを背中に背負う。
まるで子猫や子ウサギのようにサキ軽かった。
俺の耳元で「すーっ、すーっ」と小さな呼吸が聞こえる。
「大丈夫そうだな」
俺は砦への歩みを進めた。
ただ、ここで俺は大きな過ちを犯していた。
俺の気が付かない所でサキが白虎の攻撃を受けていたことを見逃していた……。
*
雪の中をサキを背負いながら進むと、信じられないほど巨大な巨人が居た。
この前戦ったイノシシの王より大きい。
どんだけ肉食えばここまで大きくなるんだよ!
片手に白虎を握りしめてスナック菓子を食べるかのようにバリボリと貪り食っている。
キョウヤさんがたしなめる様にアツシとエミリに言う。
「絶対に見つからないで下さいね。大人しくしてれば絶対に見つからないですからね。いいですね? アツシ君、エミリさん」
「名指しかよ……」
「イジメよくない」
「わ・か・り・ま・し・た・か? 二人とも?」
真面目に受け答えしてくれないのでイラついたキョウヤさんが怒ってる素振りを見せる。
「わかりましたっ!」
「はいっ!」
キョウヤさんが怒っているのを察してか武闘家二人はやたら素直だ。
「キョウヤを怒らすと怖いからな~」
「回復してくれなくなるし~」
「調子に乗った俺たちが悪いんだけど、前なんて敵に追いかけられながら土下座してもなかなか許してくれなかったよな~」
「あれはキツかったよね~」
キョウヤさんは怒ると回復してくれなくなるのか……ちょっと怖いな。
俺たちは雪の中を砦に向かって静かに歩みを進めた。
アツシとエミリは何も出来ない事が不満なのか退屈そうに歩いている。
「んん~」
という声と共にサキが目覚めた。
「目覚めたか? 大丈夫か?」
「うん。もう大丈夫」
「いきなり倒れたんでちょっと心配したよ」
そう言ってサキが俺の背から降りようとするが、何やらふらついてる様で降りるのに手間取っているようだ。
「もう少しおぶさっとけよ。大して重くないし」
「ありがとう。レイジ君」
サキは頭を俺の背中にあずけてまた眠ってしまった。
しばらく歩くとまた吹雪いてきた。
また視界が悪くなり風音が増してくる。
急に気温が下がり冷え込んで寒さが身に染みてきた。
ブルブルと震えたアツシが懇願する。
「寒いな~。キョウヤ。また温かくなる魔法を頼む!」
キョウヤは魔法を唱え始めた。
シャリ シャリ シャリ シャリ シャリ……。
呪文とは違う何か聞き慣れない音がした。
「シャリ シャリって何の音だ?」
「シャリシャリ?」
一同は音に耳を傾ける。
それが何者か気が付いたキョウヤが大声をあげた!
「逃げろ! 精霊だ! 魔法を使ったから見つかったんだ」
冷静なキョウヤさんがかなり取り乱している。
本当にヤバイのかもしれない。
「エレメンタル族、魔法感知で絡んで来て物理攻撃耐性があって剣の攻撃はほぼ無効、魔法しか効かない!」
このパーティーに魔法使いはサキしかいない。
「サキ、起きろ!」
俺がサキを降ろし声掛けたり揺すってもぐったりしている。額を触るとすごい熱だ。
「これは……」
キョウヤさんが今までに見せたことのない深刻な顔をしている。
「さっきの虎の攻撃で悪疫を貰ってますね」
俺の見てない所でダメージ受けてたのか……。
それを誰にも言ずに我慢していたのか……。
俺のふがいなさで……俺の心はすまないという気持ちで一杯になる。
氷の精霊が襲ってくる。
人型の敵であった。
姿は良くファンタジーで描かれるフェアリーその物。
ただ違うのは小さなサイズでなく普通の人間と同じぐらいなサイズで、体全体が透き通る水晶のような青い氷で出来ていた。
精霊をみたキョウヤさんから的確な指示が飛び交い始める。
「アツシ君、エミリさん、その精霊を殴ってからさっき虎を引き連れて逃げ回った時みたいに連れまわして時間稼ぎしてください。精霊が魔法を使ってきたら全速力で魔法攻撃の範囲外にまで逃げていれば大きなダメージは喰らわないはずです」
「まかせてっ!」
「おうよ!」
「僕はサキさんの治療、レイジ君はコンパニオンの登録の準備をしてください」
「コンパニオン?」
俺が聞くとキョウヤさんは魔法で治療をしながら俺に説明した。
「さっき、アツシ君とエミリさんの必殺技見ましたよね?」
「ええ」
「あれがコンパニオンです」
「なるほど」
「あれはプレイヤー二人でペアになって戦う技なんです。それをサキさんと登録してもらいます」
キョウヤさんは俺に説明しながらサキの治療を行っている。
周りを見るとアツシとエミリが精霊を殴っては敵に魔法を詠唱させて魔法の効果範囲外まで逃げる事で時間稼ぎをしてくれていた。
俺はというと、コンパニオンの登録を必死の形相で設定メニューから探していた。
必死でメニューを押しまくり探しているとカットインメニューからそれらしい設定を見つけた。
俺のほっとした表情を見て、キョウヤさんが声を掛けてきた。
「コンパニオンの登録画面見つかりましたか?」
「これかな? コンパニオンパートナーの登録でいいのかな?」
「それです。それをサキさんと相互で登録すればコンパニオン成立で、サキさんが動けない状態でも物理攻撃に魔法属性を載せるコマンドぐらいは使えるようになります」
「なるほど」
「あと少しでサキさんが目覚めますよ」
サキは「うう~ん」とうなると薄眼で目を開いた。
どうやら意識が戻ったようだ。
「サキさんすいません。レイジ君とコンパニオン登録してもらえますか?」
「レイジ君……本当に私とでいいの?」
「お願いします」
「レイジ君、ありがとう」
サキは病み上がりで衰弱していると言うのに顔を赤らめていた。
すぐにサキからコンパニオンパートナーの登録承認のメッセージが届いた。
俺はそのメッセージに有る確認項目の『はい』を押す。
すると登録完了の表示と共に、カットインステータスにサキの情報が表示されるようになった。
「これで二人はパートナーですね」
「サキ、ありがとう」
「こちらこそ。ありがとう、レイジ君」
なぜかサキは涙ぐんでしまった。
遠くからアツシの声が聞こえてきた。
「おい、レイジ! 登録が済んだなら遊んでないでさっさと倒しに来いよ! こっちはもう限界だ!」
「登録は出来たけど使い方がわからないからもう少し頑張れ!」
「夕飯はてめーの奢りだからな。エミリもうひと頑張りだ」
「おー!」
キョウヤさんがコンパニオンの使い方を説明する。
「レイジ君、今まで使えなかった魔法コマンドが使えるようになっていませんか?」
言われた通り、今まで灰色で選択できなかった『魔法』コマンドが白い表示で選択できるようになっている。
『魔法』コマンドの中を見ると10個ほどの魔法が使える様になっていた。
「はい、使えます」
「その中にある、『属性付加』というコマンドを使ってください」
俺は『属性付加』を選んでみたら何種類か魔法が有ったので更に選ぶ。
『属性付加:氷』
これだな。
いかにも氷の敵に効きそうな名前の魔法だ。
俺は魔法を唱えた。
剣の刀身が青く凍てつき氷の欠片みたいなのがポロポロと零れ落ちている。
俺は氷の精霊に切りかかった!
切りかかる度に氷を砕くような音が聞こえる。
効いてる! 効いてる!
ログのダメージを見ると、
──レイジの攻撃! 氷の精霊は5のダメージ! 氷の追加効果242回復!
回復?
「攻撃の度に回復しています」
「おい、誰だよ! 俺たちが必死の思いでちょこっと減らしたHPを思いっきり回復させてる糞バカ野郎は!」
アツシがスゲー怒ってるぞ。
俺だって逆の立場なら怒るかもしれん。
「属性はなに使っています?」
「属性?」
「属性付加の後に付いてる文字です」
「氷です」
「あ~、なるほど。それでは氷の反属性になる『炎』を使ってみてください」
俺は言われるままに『付加:炎』を使ってみた。
剣の刀身が炎を纏い鋳鉄の様に真赤に燃えあがって刀身からは火の粉が舞っている。
俺は改めて氷の精霊に切りかかった。
でも幻を切ってるような感触で手ごたえは全くない。
ログのダメージを見ると、
──レイジの攻撃! 氷の精霊は5のダメージ! 炎の追加効果363ダメージ!
スゲー効いてる!
俺は何度か氷の精霊からの魔法を喰らい死にそうになるが、キョウヤさんの回復サポートもあって5撃ほどで氷の精霊を倒すことが出来た。
「みんな、ありがとう」
「いえいえ」
「今日はレイジのおごりで夕飯で許してやる」
「今日はタダ飯パーティーだ!」
滅茶苦茶食いそうな気がしてすごく怖い。
サキを見ると治療が終わったようで立てるようになっていた。
サキは俺に腕に纏わりつくように寄り添ってきた。
「コンパニオンパートナーに私を選んでくれてありがとう」
サキが小声で言う。
「こっちこそ強引にコンパニオンにしてすまなかった」
「いいの、すごく嬉しい」
そう言うと、俺の腕に小さな頭をあずけてきた。
「お~、レイジ。カオルに振られたからってもう新しい彼女かよ!」
「この、浮気もん~!」
武闘家二人が俺とサキを冷かしてきた。
「うるせ~!」
俺は照れながら二人を怒鳴りつけた。
第三部隊のメンバーは砦に歩を進める。
砦はもうすぐだ。
*
俺たちは砦を目の前にしていた。
砦と言ってもそれほど大きな建物じゃなく、リアル世界で言うならば郊外型のコンビニ位の大きさの平屋の建物だった。
「やっと着いたな」
「ついたついた~」
「つかれた」
時刻は既に夕刻で日も傾きかけている。
キョウヤさんが転移石の確認をする。
「皆様お疲れ様です。転移石に『レスティア氷河:砦』と登録されてますか?」
カットインメニューから確認してみると転移石の飛翔先に『レスティア氷河:砦』と登録されていた。
「これで今度来る時は大砲に乗らなくて済むな」
「ああ、あれだけはごめんだ」
「私も大砲だけは嫌」
ボツりとサキが言う。
「んじゃ~、帰るか~」アツシがそう言うと、キョウヤが止める。
「この砦何かおかしいですね」
「どうした?」
「人が誰も居ないです」
「ん?」
確かに人の気配が全く無い。
「ここは魔王城の入り口を封印した結界の管理もしている砦なので警備のNPCが常駐してるはずなんですけど……。人がいないはずが無いんですが……」
「そうなのか?」
「ちょっと中を調べてみましょう」
俺たちはキョウヤさんを先頭に砦の中を調べることにした。
どの部屋にも人がいなかった。
でも、キッチンには焼いてからそれ程時間の経っていないと思えるまだ柔らかいパンがカゴの中に積まれていたり、飲みかけのコーヒーのカップが置いてあったりで生活の痕跡が見られる。
この砦の一番奥の部屋に入ると悲惨な光景を目にした。
三人のNPC兵士が惨殺されていた。
一人はこの部屋の主の所有物と思われる机に座りながら首を跳ねられ、二人は入り口近くで胸を刺されて死んでいた。
首を跳ねられた兵士のすぐ後ろにある壁に埋め込まれた隠し金庫の扉が開かれて中は空になっている。
キョウヤさんが落ち着いた口調で現状を分析し始めた。
「誰か先客が居たようですね。NPCが死んだままとなっているって事は殺されてから日替わりしてない事を意味します。さらにパンの暖かさから事件から数時間も経過してない事が解ります。それから判断すると、つい今しがたこの兵士達は殺されたという事です」
「誰がこんな事したんだろう?」
死体の陰惨な状況を見ていると気分が悪くなる。
「さ~。ただ、このエリアに来れるプレイヤーと言えばこのエリアの敵のレベルの高さから考えて、今のところ神聖騎士団か赤獅子騎士団のメンバーぐらいでしょうね」
キョウヤさんは少し考え込んだ後「ギルドにこのことを報告するとして、僕たちはこれ以上深入りしないでここを引き上げましょう」と提案してきた。
俺たちはその言葉に従い、転移石を使い首都ジェネシスに帰還した。
*
ジェネシスに戻ると今までの低すぎる気温と比べて暖かかったので汗がどっと噴き出た。
まるでサウナに居るようで頭がくらくらしそうなぐらいだ。
時刻は夕方6時を過ぎていた。
ギルドの前まで来ると、ギルドから帰ろうとするレイナとカオルにバッタリと出会った。
「お兄ちゃん、お帰りっ!」
「お~、レイジ。どこ行ってたんだ?」
「今、レスティア氷河の砦に転移石取りに行ってたんだけど大変だったよ」
「レイジも行って来たのか?」
「ああ、馬車で揺られて気持ち悪くなるわ、氷の洞窟じゃ雪男に襲われて死にそうになるし、氷河に出れば白虎の大群に襲われて雪の中では精霊にも襲われて大変だった」
「それは災難だったな~。俺たちもさっき行ってきたんだ」
「カオルも行ってきたのか~。氷の洞窟の雪男大変じゃなかったか?」
「俺、レイナちゃんに抱きかかえられて空から行ったからあっという間だったよ。レイナ凄いな」
「てへっ」と言って照れるレイナ。
俺の頭に嫌な考えが浮かんだ……。
レイナとカオルが砦に行ったって事は……まさかな。
「レイナとカオルの二人で砦に行ったんだよな?」
「行ったって言ってるだろ」
「もしかして、砦の兵士を殺したりしてないか?」
言ってから思ったんだが、少しストレートすぎな質問だったかもしれないが、言ってしまったので今更訂正できない。
「そんな訳ないだろ。俺たちが行ったときはピンピンしてたぞ」
「そうなのか?」
「俺たちが砦の奥の部屋で兵長から封印解除の札貰ったけど怪我してる人なんて一人もいなかったし、キッチンで焼き立てパンも貰った」
カオルが「ほれ!」と言って見せたパンは俺たちが先ほど砦のキッチンで見たパンと同じものだった。
「俺たちの前に午前中に魔王城に下見に行った先遣部隊も居たけど、昼前には帰ってきてたしな~」
「カオルさんが砦を訪れたのは何時ぐらいでした?」
俺たちの話を聞いていたキョウヤさんも聞いてくる。
「えーと、昼に帰って来た先遣部隊の人から砦の転移石の話聞いていったから、午後2時から3時ぐらいかな?」
「そうですか、ありがとうございます」
気が付くと俺とカオルが親しげに話してるのが気になったのか、サキが俺の鎧の袖をツンツンと引っ張っていた。
「どした? サキ」
「早く…………、行こう……」
「ああ」
俺はカオルとレイナに「そんじゃギルド行ってくるから、また明日な~」と言ってギルド本部の中に入っていった。
ギルドに行ってクリハラ部隊長に本日起こったことを報告すると、衝撃的な発言を聞かされる。
「お前たちは、明日留守番に決まった」
「な、なんでだよ!」
アツシがクリハラ部隊長の胸ぐらを掴んで突っかかる。
クリハラ部隊長はアツシの腕をつかみゆっくりと振りほどいた。
「俺も連れて行きたかったんだが、今日魔王城に入った先遣部隊からの報告で、中ボスのレベルが150を超えてると報告があったんだ」
そう言えばイエティもレベル100を超えてたな。
イエティのレベルはバグじゃなかったのか……。
「多分製品版で魔王城のモンスターのレベルが大幅アップしたと思うんだが、そんな状況なんで装備が揃ってないお前たちは足手纏いになると言われて連れていけなくなったんだ」
「なんでだよ~! 魔王をぶん殴りたかったのに!」
アツシは床にへたり込んで床をガンガンと殴りつけている。
「俺も結構粘ったんだがダメだった。俺の力不足だ、すまん」
そう言い頭を深く下げて詫びるクリハラ部隊長。
「もう決まってしまった事だし、今回は諦めましょう」
キョウヤさんがアツシをなだめるように言った。
アツシもキョウヤさんの声を聞いてしぶしぶ納得したようだ。
俺たちは残念な気持ち一杯でギルドを後にする。
今までやって来たことが全て否定されたような気分になった。
安食堂でラスボス討伐と言う記念的なイベントに参加できなかったことを悔やむ「残念パーティー」をしてやけ食いをし、宿では枕を涙で濡らしその日を終わったのだった。
その時の俺たちはラスボス討伐のキーパーソンになる事など知りもしなかった……。




