早馬車
昨日のカオルとのキスのせいか何度も夜中に目覚め、浅くしか眠れなかった。
そのせいか今日は遅刻せずに珍しく早く目が覚めたのだ。
宿屋の外に出てベンチでまだ眠気の残る頭を覚ますべく、ボーっと座ってると後ろからレイナに声を掛けられた。
「おはよー、お兄ちゃん」
「おー。おはよう、レイナ」
「めずらしく早いんだね。どうしたの?」
「めずらしいは余計だよ」
「あ! 分かった。レイナと早く会いたかったんでしょ?」
「そっそ」
本当の事は言えないのでテキトーにはぐらかしておいた。
「てへっ」
レイナは俺の腕に抱きついてきた。
「そう言えばレイナ。お前、俺よりもだいぶ前にこっちの世界来てたんだけど、その間どうしてたんだ?」
「結構大変だったよ」
「何かあったのか?」
「ログインしてからお兄ちゃんをずっと待ってたけど全然来ないから、夜になって諦めてログアウトしようと思ったんだけど、そうしたらログアウト出来なくて、宿屋に泊るにもお金が無くて、お兄ちゃんと会えなくて寂しくて二日ぐらいずっと村の中で泣いてたんだ」
「そっかー、ごめんな」
俺はレイナの小さい頭をそっと撫ぜてやった。
「すごく寂しかったんだよ……」
レイナは俺の腕を更にギュッと抱きしめてきた。
俺もレイナを抱いてやった。
「三日目も泣いてたら、剣士の人に『楽しいゲームなのに泣いてちゃダメだろ』って声掛けられて一緒にレベル上げ始めたんだ」
「そっかー。すまなかった」
「最初二人だけでレベル上げしてたんだけど、二人だけだったからレベル上げもクエストも大変で、この町に来たらちょうど騎士団がクランメンバー募集してたから二人で入ったんだ」
「その人ってまだクランに居るの?」
「いるよ~。お兄ちゃんの知ってる人」
誰だろ?
俺、第一部隊や第二部隊に知り合いなんて殆ど居ないしな……。
俺が顔に手を当てて考え込んでるとレイナが答えを教えてくれた。
「クリハラさん」
「へっ?」
あのおっさんとパーティー組んでたのかー。
レイナは間違いなく年上好きだな。
そんな話をしてると、カオルが宿屋から出てくるのが見えた。
カオルは俺と目が合うと、昨日の事を思い出して恥ずかしくなったんだろうか?
モジモジした素振りをすると俯いてしまった。
「よ! カオル。重役出勤か?」
俺は少し元気すぎるぐらいのテンションで声を掛けてみた。
「カオルさん、おはよ~」
「おお! おはよー」
いつものハキハキしたカオルに戻ってくれた。
「今日は珍しく早いんだな」
「お前も言うのかよ……」
カオルにもレイナと同じことを言われてしまった。
「あはは! じゃ、ギルド行こう~」
「おお!」
明るいレイナの号令でギルドに向かう。
ギルドには既に多くの人が集まっていた。
「じゃ、またな~」
俺は第一部隊所属のエリートさん二人と別れ、部屋の隅に燻ってるヘッポコの第三部隊のメンバーのとこに集まる。
クリハラ部隊長は、ギルドのお偉いさんと朝の打ち合わせをしているのか、ここにはいなかった。
能天気な金髪ヤンキー系の高校一年生の武闘家のアツシ。
おなじく能天気な茶髪ショートヘアのヤンキー系中学一年生の女の子、武闘家のエミリ。
小柄で大人しいショートヘアの清純系中学二年生の女の子、魔法使いのサキ。
クールで無口で普段は目立たないが、実は全てを仕切ってる大学生の僧侶のキョウヤさんがそこに居た。
この四人とは大規模狩りで散々顔を合わせているので、既に打ち解けた関係だ。
「おはよう!」
「お、レイジ。今日も遅刻かー」
「ちこく、ちこくー」
「うるせー、これでも今日は早く起きたんだぜ」
「ほんとかよ?」
「ほんとほんと」
普段は無口なキョウヤさんが口を挟む。
キョウヤさんは普段無口なので、彼が話しだすとなぜだか周りが聞かないといけないような雰囲気になってしまう。
「今日、クリハラ部隊長は明日のラスボス攻略の打ち合わせで忙しいので、僕たちだけでなにかやっててくださいと言ってました」
「俺が聞いたのは『俺忙しいから、今日はおまえらで勝手に遊んで時間潰しとけよな!』って聞いたけどな」
アツシが余計な事を言う。
「あそぼあそぼー!」
「なにするかな……」
俺は悩んだ。
正直何やっていいのかさっぱり解らん。
「レベル上げしてLV99まで上げる?」
サキが遠慮したように口を挟む。
「ん~、レベル上げしてもこの人数じゃ丸一日やっても1レベルも上がらないと思います」
「たしかに、サキさんの言う事にも一理ありますね」
冷静なキョウヤさんのコメントが入る。
アツシがニコニコした顔でエミリを見る。
「昨日までの狩りで金が結構手に入ったし、明日の戦いに備えて体力を温存する為、美味い物でも食いに行こうぜ!」
「いいねー! わたしお寿司食べたいー」
「おー、寿司かー! それなら海岸の町のホワイトビーチまで行って絶品の握りとかいくら丼くわねーか?」
「食べたい!食べたい!」
「キミたち……」
呆れるキョウヤさん。
俺もサキもドン引きだ。
アツシとエミリは武闘家だけあって脳筋そのもの、なんも考えてないな。
「レベル上げがダメなら、私、人間大砲にもう乗りたくないから、魔王城まで行って転移石登録しておきたい」
遠慮がちに言うサキ。
「転移石か! その事、綺麗さっぱり忘れてたぜ!」
「わたしも、わたしも!」
「レイジ君も魔王城の転移石取りでいいかな?」
「あ、はい!」
「おし! 転移石取りに行くぞ!」
「いこいこー!」
武闘家の二人は寿司の事はすっかり忘れてノリノリだ。
ホントにこの二人は元気だな。
「ところで、魔王城ってどこに行けばいいんです?」
「魔王城に近いのはレスティア氷河の砦ですね」
「聞いたことないんだけど、そこはどう行けばいいんだ?」
「赤獅子騎士団の本拠地のある『レッドレイク』から、氷結回廊を通って行くのが早いですね」
「レッドレイクは正式版になってから行ってないなー」
「あたしもいったことないー」
「あそこ、狩場混んでてまともに敵狩れないからなー」
「そそ、モンスターよりプレイヤーの方が多いんだもん」
「レイジ君とサキさんは行ったことあります?」
「ないです」
「ありません」
「となると、僕を除いた四人は行ってないと言う事で、まずはそこからですね」
「はい」
アツシはテンションノリノリで仕切り始めた。
「よし、行くか! 40秒で支度しな!」
「むりー」
「おやつは300ゴルダまでな。バナナは別!」
「むりー」
なんでおやつ持ってくんだよ……。
俺たちは道具屋で救急用の薬と食事を沢山用意して、不要なお金を預り所にあずけた後、クラン会館にまた集まった。
アツシとエミリは大さめの木箱一杯のお菓子と果物を買いこんで来た。
本当にお菓子買って来たよこいつら……冗談じゃなかったのかよ。
しかもこんなに沢山。
「これだけあれば長旅も安心だ」
「これじゃちょっと少ない気がするけどねー」
「向こうに着いたら串焼き食べるんだから少しはお腹空けとけよ」
「おー、くしやき、くしやきー! すっかり忘れてたよ」
「大砲で移動じゃないよな?」
俺は恐る恐る聞いた。
「バッカだなー。レイジ。大砲が嫌だから転移石取りに行くのに大砲は無いだろ? ウハハハ!」
アツシに思いっきり笑われた。
アツシに笑われるとなんかムカつく。
「じゃ、歩き?」
「な、わけねーじゃん。ここからレッドレイクの街まで歩いたら三日は掛かるぜ」
「かかるよねー」
「じゃ、どうやって?」
「馬車だよ。馬車」
キョウヤさんが間を割ってフォローする。
「レイジ君はまだ見た事無いかな? 首都ジェネシスと主要都市間には早馬車っていう乗り物が開通してるんですよ。リアルの長距離バスみたいな物だと思ってもらえばいいかな?」
「そうなんですか」
「乗ってるだけで着くから、大砲に比べたらずっと楽ちん」
大人しいサキがボソッと言った。
「二時間も乗ってれば着きます」
「歩いて三日が二時間で済むって、ずいぶん早いんですね」
「早い分、少し揺れるけど我慢です」
俺たちはギルドを出て町の城門外近くにある早馬車乗り場から馬車に乗った。
キョウヤさんは転移石を使って移動すると言う事だったので乗るのは四人。
馬車は六人乗りの客室みたいな感じだったけど朝早い時間だったので四人で貸し切り状態。
料金は一人当たり5,000ゴルダだった。
「おし、いくぞー!」
「おー!」
俺たちはチケットを買い、馬を操る御者のいない馬車に乗り込んだ。
馬車の中は対面のベンチが二つあり、俺とサキが同じベンチ、アツシとエミリの武闘家コンビが対面のベンチに座った。
俺たちが乗り込み出入り口の扉を閉めると馬車は静かに走り始め、徐々にスピードを上げる。
早馬車と言うだけあって確かに速い。
それはもう荒れ狂ったように。
激しい振動で揺さぶられる。
車輪で岩を踏むと馬車が大きく跳ね上がり遊園地のアトラクション感覚。
乗っている時間が長かったので、ある意味大砲よりも辛かった。
サキは揺れに耐えられなくなったのか俺の腕にしがみついてくる。
「ごめなさい。揺れで少し気持ち悪くなっちゃった」
「大丈夫か?」
返事は無かった。
俺はサキの肩に腕を廻しそっと抱いてやる。
サキは震える小動物の様に何もしゃべらず、俺の体に寄りかかっていた。
普段大人しいサキが、更に静かになると少し心配だ。
ふと対面のシートを見ると、武闘家2人組が大はしゃぎでお菓子を貪り食っていた。
「うめ~、このチョコの菓子。リアルじゃ味わえない味だぜ!」
「おいしいねー! やっぱ、揺れる馬車で舌噛みそうになりながら食べるお菓子はさいこうだねっ!」
こいつらバカだ!
俺とアツシの目があった。
「なんだい、お前も一緒に食いたいのか? ほら、食うか?」
「いや、要らない」
「せっかく仲間に入れてやろうと思ったのに、つまんないやつだなー」
「だねー」
「すまん。この揺れに耐えるのが精いっぱいで、お菓子を食べる余裕なんてないんだ」
「お前、体弱いのか? もやしっ子なのか?」
「もやしっ子、もやしっ子ー」
いや、お前らが元気すぎるだけだろ……。
30分もすると二人は小箱いっぱいのお菓子を食べきってバナナに取り掛かリ始めた。
「やっぱ、おやつの締めはバナナだよね」
「だなー、締めはバナナに限る」
凄まじい勢いでバナナを貪り食う二人。
見世物としてお金取れそうなレベルの食いっぷり。
そんな時に不幸が起こった。
エミリが最後のバナナを食べてる時、車輪が大きな石を踏んだのか大きく馬車が跳ね上がり、その勢いで手に持ってたバナナが喉の奥まで突っ込まれた。
突然エミリが青い顔をしたかと思うと「ゲボ~~~!!」という嫌な音と共に膝にの上に置いてた木箱に水道の蛇口から水を流す如くリバースし始めた。
さすがに箱からあふれると言う事は無かったが、馬車の中に酸っぱ臭い胃液の臭いが充満する。
その臭い嗅いでるだけでこっちまで気持ち悪くなってきた。
「だいじょぶか? エミリ」
エミリの背中をさするアツシ。
「だ、ダメ……」
断続的にリバースを続けるエミリ。
顔は真っ青だ。
その臭いを至近距離で嗅いでたせいかアツシの顔色も悪くなってきた。
「ごめ、俺も気持ち悪くなった」
そう言うとアツシは馬車のガラス窓を空け、『おえ~~~!』と大声を出しながら馬車の外にリバースを始めた。
胃の中の物を吐き終えたアツシが、「こいつが元凶だ」といい汚物の入った木箱を馬車の外に放り投げる。
お菓子じゃなく、お前たちの食いっぷりが元凶だろ。
その後、二人はボロボロになった雑巾のようにベンチに寄りかかり、一言も発せずレッドレイク到着まで静かに馬車に乗っていた。




