第七話 お化粧の力って凄いなぁ……
「セーラ様、そろそろ起きてくださいませ」
「……ん……」
翌日、私は寝てるところに体を揺さぶられるという、何年も体験していなかった感覚に反応して目を開けると、そこは私の知っている、ボロボロの天井ではなかった。
ここは何処……? それにベッドがフカフカすぎて、なんだか変な感じ……あ、そうだ! 昨日から、ライル家の家でお世話になる事になったんだった! 寝ぼけてて忘れてた……!
「おはようございます」
「おはようございます、エリカさん。その、今何時ですか?」
「十時を少し回ったところです」
「あわわ……ご、ごめんなさい寝坊して!」
「いえ、お帰りになられてのが遅かったですし、お気になさらず」
そう言われても……人様の家でお世話になってるのに、こんな時間に起きたら失礼に当たりそうだ。
「あの、エリカさんはどうしてここに……?」
「僭越ながら、セーラ様の身支度のお手伝いをさせていただこうかと」
「そんな、自分で出来ますから!」
「お手伝いをしないと、私がヴォルフ様に叱られてしまいますわ」
「うっ……」
私のせいで、エリカさんが怒られるのは嫌だ。そう思った私には、もう頷く以外の選択肢が残されていなかった。
「では、まずはお着換えからさせていただきます」
「よ、よろしくお願いします」
エリカさんは、クローゼットから青を基調としたドレスを取り出すと、手早く私にそれを着させてくれた。
うわぁ……凄く綺麗……しかも動きやすい。私がなけなしのお金で買ったドレスとは、雲泥の差がある。
「よくお似合いですね。さすがヴォルフ様が選んだだけはありますね」
「これ、ヴォルフ様が選んでくれたんですか?」
「はい。厳選に厳選を重ねて決めた一着です」
そうだったんだ……私の為に考えて、こんな素敵なドレスを用意してくれたなんて、凄く嬉しくて、胸の奥がポカポカと暖かくなる。
「セーラ様、そこの化粧台の前に座っていただけますか?」
「わ、わかりました」
エリカさんに背中を押されて化粧台の前に座ると、エリカさんは沢山の道具を取り出して、私の顔を触り始めた。
「く、くすぐったいです」
「すぐに慣れますよ。目を閉じてジッとしていてください」
よくわからないまま、言われた通りに目を閉じてジッとしていると、更に私の顔がくすぐったくなった。
い、一体何をしているのだろうか? 痛い事をされてるわけじゃないのはわかるけど、未知の経験をするのは、やっぱり怖い。
「終わりました。目を開けてください」
「……え?」
目を開けた先にあった鏡には、私が映っているはずなのに、そこにいたのは私に似た、とても綺麗な人だった。
「いかがでしょう? セーラ様は元々可愛らしいお顔立ちですから、その可愛らしさを崩さないようにお化粧をさせていただきました」
「お化粧?」
あのくすぐったい感じは、お化粧をされていたから感じたものだったんだ。それに、あの沢山の道具は、お化粧をする道具だったんだね。
……自慢ではないが、私は生まれてこの方、お化粧というものに触れた事は無い。家が貧乏だったから、お化粧道具なんて買う余裕が無かったからだ。
「凄い……まるで自分じゃないみたいです! エリカさんって、お化粧をするのが、とってもお上手なんですね!」
「これくらい、メイドとして当然のスキルですわ」
お化粧も当然って、メイドの仕事って大変なんだなぁ……私なんかには、想像する事もできない。
「そうだ、ヴォルフ様に挨拶をして、ドレスを選んでくれた事のお礼を言わなきゃ」
「申し上げにくいのですが、ヴォルフ様は今朝からお出かけになられております」
「お出かけ?」
「はい。ライル家の家長として、色々としなければならない事があるのです」
確かに侯爵の爵位を持つ家の長なら、激務であって当然だ。本当はヴォルフ様とお話をしたかったし、お礼も言いたかった。
……それに、この姿を見てもらいたかったな。
「食事の用意が出来てます。すぐにお持ちしますので、そちらのテーブルにお掛けになっていてください」
「わかりました。ありがとうございます」
言われた通りに座って待っていると、コックの服を着た男性が、私の前に料理を並べてくれた。
焼きたてでフワフワのパンに、野菜がゴロゴロ入ったシチューに、ケーキにマフィンと、色々な物が用意されていた。
どれもとても美味しそうなのはいいけど、これ……全部私が好きな料理だ。どうしてこんなに私の好きな物ばかり出てくるの? ただの偶然?
……そうだよね、偶然だよね。良いから早く食べてしまおう……モグモグ……う~ん、美味ひぃ~……。
「あの、エリカさんは食べないんですか?」
「お気遣いいただき、恐縮でございます。私は既にいただいておりますので、どうぞお構いなく」
「そうなんですか? 残念……このマフィン、凄く美味しいから一緒に食べたくて……」
「では、お一つだけいただけますか?」
「っ……! は、はい!」
エリカさんの言葉に反応して顔を勢い良く上げた私は、マフィンをそっと手渡すと、エリカさんはとても上品にマフィンを口にした。
「ふふっ、甘いものは良いですね。大変美味です」
「えへへ、良かったです。私、誰かと食事をするのって、もう何年もしていなかったので、凄く嬉しいです」
「何年も……ヴォルフ様、何をされていたんですか……チャンスはあったでしょうに……」
「エリカさん? 何をブツブツ言っているんですか? あ、まだマフィン食べたいですか?」
「いえ、お気になさらず。こちらの事なので」
それならいいんだけど……あ、このマフィンは少し味付けが違う。これはこれで美味しいな……えへへ、幸せだなぁ……。
「この料理は、さっきのコックさんが作ってくれたんですか?」
「作ったのはその通りですが、献立を考えたのはヴォルフ様です」
「そうだったんですか? 好きな料理しかなかったので、凄く嬉しかったです」
「そ、それはよかったですわ……」
どうしたんだろう。エリカさんが急に疲れたような顔で、深い溜息を漏らした……もしかして、本当はまだマフィンが欲しかったのかな……?
「さて、今日のこの後のお話ですが、一度また家に戻っていただいて、こっちに持ってくる私物を運ぼうと思います」
「あ、確かに凄く大切な物は持ってきたけど、まだ向こうに置いたままのもある……」
「それを取りに向かいましょう。私も同行いたしますので」
「ありがとうございます。ほとんど物は無いので、そんなに大変じゃないと思います」
「かしこまりました」
それから私は、まだ残っていた朝食を全て美味しく平らげた後、エリカさんと一緒に馬車に乗り、私の家へと向かっていった――
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