表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/45

第六話 偽物の婚約の理由

 今日も無事に仕事が終わり、お給料をもらって家まで帰ってきた。すると、そこには貧民街には全く似合わない、一台の馬車が止まっていた。


「おかえりなさいませ、セーラ様。お仕事、お疲れ様でした」

「は、はい。えっと……ライル家の方ですか?」

「はい。メイド長のエリカが用事で来られない為、ワタクシが代わりにお迎えに上がりました」


 全く知らない男性の方の説明で理解した私は、何度も小さく頷いて見せた。


 仕事に行く前もいなかったから、きっとあの後すぐに他の用事があって、今もそれをしているのだろう。


 それにしても、エリカさんってメイド長だったんだ……全然知らなかった。


「えっと、すぐ着替えてくるので……」

「かしこまりました」


 私は家の中に入ると、またあのドレスに身を包んでから、今日もらったお給料の一部を、ボロボロの麻袋の中に入れた。


 この麻袋には、コツコツと貯めた小銭が沢山入っている。このお金がもっと溜まったら、私はとある事に使おうと思っている。


 それは、出稼ぎに行ったきり帰ってこない、お父さんの所に行く為の旅費だ。


 ――お父さんは五年前、ここからとても遠くにある、炭鉱の町に出稼ぎに行った。


 当時から貧乏だったうえに、お母さんが既に病気をしていて、その薬代でお金がかかっていた。だから、この辺りで普通に働くだけでは、生活が出来なくなったから、お金がたくさんもらえる仕事がある、炭鉱に行ったの。


 出稼ぎに行ってから数年は、お金や手紙が送られて来たけど、いつからかその数が少なくなり、そして……全く送られてこなくなった。


 私の方から、何度も手紙を送ったけど、その返事も来なかった。


 そして……それから間もなく、お母さんが病気で亡くなり、私は孤独となった。


 ……もしかしたら、お父さんも既に亡くなってるかもしれない。それでも、生きてる可能性に賭けて、お父さんに直接会いに行きたいの。


 その為に貯め始めたお金だけど……遠く離れた炭鉱に行く為の旅費は、中々貯まらない。それでも、諦めるつもりは無い。


「……あっ、早く行かないと……」


 もう夜中だというのに、これ以上待たせるのはあまりにも申し訳ない。早く準備をしなきゃ。


「あの、お待たせしました」

「では、お乗りくださいませ」


 ハンカチと麻袋だけを持った私は、使用人の男性の手を借りて馬車に乗り込むと、馬車はゆっくりと屋敷に向かって進み始めた。


 なんか疲れたなぁ……いつもとやった事は変わらないはずなのに、今日は凄く疲れてる。きっと、マルク様の件や、偽物の婚約者の件で、精神的に疲れてちゃったのだろう。


「セーラ様、屋敷に食事が用意されてありますが、どうされますか?」

「あ、大丈夫です……いつもまかないを食べてるので……」

「そうでしたか。大変失礼いたしました」

「い、いえ。用意してくれたのに食べられなくて、ごめんなさい」


 うぅ、所詮私は偽物の婚約者だというのに、こんなに良くしてもらえるなんて、嬉しさよりも、申し訳なさの方がはるかに強い。


 何か、ライル家の人達に返せる事ってないのかな……そんな事を思いながらぼんやりとしていたら、私はいつの間にか眠りについてしまっていた。



 ****



■ヴォルフ視点■


「ヴォルフ様、ちゃんと反省してるんですか?」

「あ、ああ……」


 セーラを招いてから初めての夜。一仕事を終えて自室に戻ってきた僕は、メイド長のエリカに怒られていた。


「全く、まさか事前に決めていた偽物の婚約じゃなくて、あんなにストレートに、本物と勘違いされそうな婚約を申し出るとは、思いもしませんでした」


 深く溜息を吐くエリカ。一方の僕は、自分が完全に悪い為、何も言い返す事が出来なかった。


「私がフォローしたから何とかなったものの……突然すぎて、苦し紛れもいいところでした。それに、随所に怪しまれる発言もされていましたし……」


 全くもってその通りだ。反論する余地がない。


「本当にすまなかった。あんなに馬鹿にされてしまったセーラを助けたいって気持ちと、ずっと好きだった気持ちが、会った瞬間に爆発してしまってね……」

「大衆の前で貶されるのは、本当に可哀想でしたし、ヴォルフ様がセーラ様の邪魔をしないように、ずっと恋心を抑え込んで、婚約を祝福しておりましたものね」


 ……今思い出しても腹立たしい。あの馬鹿王子め……セーラをずっと騙していたのもそうだが、何もあんな大衆の前で馬鹿にするなんて、酷いじゃないか。王族だからといって、何でも許される訳ではない。


「しかし、一時の感情に従って秘密がバレてしまったら、あなたの掴んだ夢を捨てるだけではなく、セーラ様を路頭に迷わせていた可能性だってあるのですよ」

「それは……嫌だな。僕の夢がどうこうは自業自得だが、セーラに迷惑はかけたくない」

「なら、自重してくださいませ」


 エリカの言葉に、僕は深く頷いて見せる。


 一応エリカは僕に仕えるメイドの長だが、幼い頃から付き合いがあるからか、姉と呼んだ方が近い存在だ。だからなのか、時々こうして主従関係なんてお構いなしに、説教をされる事がある。


「だがエリカ……この溢れ出る恋心はどうすればいい? セーラを見てるだけで、胸が高鳴り、体が熱くなるのがわかるんだ! 特にあの笑顔が最高だ! 本を前にした時のあの嬉しそうな表情、エリカも見ただろう!?」

「ヴォルフ様、落ち着いてくださいませ。率直に申し上げて、気持ち悪いですわ」

「さすがに辛辣すぎじゃないか!?」


 ……いくら姉のような存在とはいえ、さすがに今の言葉は傷ついたぞ……もう少しオブラートに包むという事を覚えてほしい……。


「そういえば、以前から思っていたのですが、どうして偽物の婚約者を申し込もうと思ったのですか? 助けたい気持ちや恋心を考えたら、すぐに式を上げてもおかしくないと思うのですが」

「いくらなんでも、それは気が早すぎないかな?」


 そういえば、エリカにはきちんと説明をしていなかった。良い機会だし、説明しておこう。


「僕はセーラの事を知っているが、彼女はちゃんとした僕を知らないじゃないか。それでいきなり結婚は、迷惑に思うかもしれないだろう? だから、ちゃんと知ってもらう為に、まずは偽物として申し込もうと思ったんだ」

「……はい? あんな感情任せの行動を行えたのに、なんでそんなところで変に慎重なのですか……? 私には理解いたしかねます」

「こ、恋心は複雑なんだ!」

「はぁ……ヴォルフ様がそれでよろしいのなら、私はそのお考えを尊重いたしますが……」


 心底呆れているエリカには、きっとこの複雑な気持ちは理解できないだろう。なにせ、当事者の僕ですら、ちゃんとコントロール出来ていないのだから。


「とにかく、気を付けてくださいませ」

「ああ、わかった。さて、そろそろ僕は休むとするよ」

「かしこまりました。明日は早朝から会議と乗馬、パーティーと続きます。それと、卸売業者から連絡が来ていたので、その対応も必要かと」


 ……いつもの事だが、ほとんど寝ている時間は無さそうだ。それに、セーラとゆっくりするのも不可能だろう。


 でも、これも僕に課せられた大事な仕事だ。ライル家を守る為にも、そして僕の夢をこれからも続ける為にも、どれも手を抜かないようにしないとね。

ここまで読んでいただきありがとうございました。


少しでも面白い!と思っていただけましたら、モチベーションに繋がりますので、ぜひ評価、ブクマ、レビューよろしくお願いします。


ブックマークは下側の【ブックマークに追加】から、評価はこのページの下側にある【★★★★★】から出来ますのでよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ