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第三十六話 私だって出来る……

 ラドバル様が見せてくれた手紙を見ていた私は、全身の血の気が一気に引いていくのを感じていた。


 処刑って、そんなのおかしい。だってヴォルフ様もエリカさんも、何も悪い事なんてしていないのに!


「随分と思い切った事をするものだ。マルク王子は、よほどヴォルフとエリカに恨みがあるようだな」

「ど、どうしましょう! このままじゃ、二人が殺されちゃう……!」

「こういう時こそ冷静になれ、セーラ。焦っていては、何も好転はしない。焦らず、急いで行動をするんだ」

「あっ……」


 焦らず急げ。前にマスターとして振舞っていたヴォルフ様から教えてもらった心構えを聞いた私は、不思議と少し落ち着く事が出来た。


 そうだよね、焦っても良い事なんて無い。それは、私が今まで仕事で焦った結果、沢山のドジをしたのが良い例だ。


「一日、二日で処刑されるような事例はないから、しばらくは大丈夫だと思うが……悠長にしているのもよろしくない。こうなったら、直接的な行動をした方が早いか」

「直接的、とは?」


 少し考えるように目を閉じたラドバル様は、今までで一番真剣な表情で、私を真っ直ぐ見つめた。


「私は国王陛下と直接話をしに行く。君には、その間にヴォルフとエリカの救出をお願いしたい」

「わ、私が二人を助ける……?」


 何かの聞き間違いかと思って聞き返すが、帰ってきたのは頷きだけだった。


 これでも一応、私は店の手伝いとしてお城に行った事はあるから、警備が厳重なのは知っている。そんな所に私が行ったところで、すぐに捕まるか、追い出されるのが関の山だ。


「なにも馬鹿正直に正面から行く必要は無い。三日後に何があるか、セーラは知っているか?」

「なにって……なんですか?」

「三日後は、マルク王子の誕生日だ」


 マルク様の? 全然知らなかった……私、マルク様の婚約者として過ごしていたけど、マルク様の事で知っている事は、あまりなかったりする。


 まあ、所詮私はマルク様に騙されていただけなんだから、知る術がないのも無理はないかもしれないけどね。


「その日はパーティーが開かれる。もちろん警備は多くなるが、今までの傾向からして、パーティー会場の周りの警備が増え、城の内部はやや手薄になる。だから、一度侵入してしまえば、そこからはさほど難しくない」

「な、なるほど……でもどうやって侵入するんですか?」

「それは考えがある。潜入は得意分野なものでな」


 潜入が得意って、ラドバル様は一体何をしていた人なの? この人に関しても、謎が多くて、頭が痛くなる。


「潜入するまではいいが、その後はセーラが一人でヴォルフとエリカを見つけなければならない。バレてしまえば、その後どうなるかは私にもわからない、危険な仕事だ」

「…………」


 そうだよね、バレたら私も捕まってしまうどころか、潜入を手伝ったラドバル様も酷い目に合わされるかもしれない。最悪、今度こそライル家全体に被害が及ぶかもしれない、危険な仕事だ……。


「確かに私はなんでもすると言いました。でも、私はグズでドジで駄目な人間です。そんな私に、どうして頼むのですか?」

「何でもすると言った時、君の目がとても真剣だったからだ。私はそれを見て、セーラなら出来ると思ったのだ」

「っ……!」


 ……私は、何を弱気になっていたのだろうか。ラドバル様がこうして信じてくれたのに、私はまた自分には出来ないと思い込んで、逃げる所だった。


 今まで何度も逃げてきたんだから、もう逃げちゃ駄目だよね。


「わかりました。私がやります!」

「ありがとう。当日はよろしく頼む」


 ラドバル様の言葉に、私は意を決して頷いて見せた。


 正直、まだ怖いけど……やるといった以上、絶対にやりとげてみせる。


 ヴォルフ様、エリカさん。待っててください……必ず私が助けに行きますから。そしてお母さん……こんな弱い私だけど、空から見守っててね……!



 ****



■マルク視点■


「マルク! 貴様という馬鹿息子は!!」


 忌々しい連中を捕まえてから数日経ったある日、父上の私室に呼び出された俺様は、突然父上に怒鳴り声をあげられた。


 全く、何をそんなにお怒りになられているのだろうか。面倒な事この上ないが、邪険にすると後が面倒だし、さっさと相手をして去るとしよう。


「急にどうなさったのですか? 落ち着いてください父上」

「貴様、兵を使って勝手に我が友の息子とメイドをさらった挙句、その者達に処刑を言い渡すなど、何を考えている! 財務班の資料も勝手に持ち出して、資料を置いてくるとは!」


 おや、どうして父上がその事を知っているんだ? 多忙を極める父上にはバレないと思っていたのだが……それに、バレたら一々うるさいから、ライル家から来た手紙を事前に抜き取って燃やしたというのに。


 誰か告げ口をした愚か者がいるのか……? 後で見つけて、極刑に処してやらんと気が済まない。


「何の事でしょう?」

「惚けるな! ワシは全て知っておるのだぞ!」

「はぁ……ええ、そうですよ。奴らは脱税で大金を稼いでおりました。そのうえ、次期国王である自分に反抗してきました。これは立派な反逆罪――死刑は妥当かと」

「兄上、本当に彼らは脱税しておったのでしょうか?」

「……何が言いたい、フェラート」


 父上の隣に立っていた、国の第二王子である弟のフェラートが、金の髪を揺らしながら、俯かせていた顔を上げた。その目は、俺様を怪しんでいるというのが、ありありと伝わってくる。


「ボクも資料を見せてもらいました。店を経営し始めた頃は、しっかり税金を納めておりましたが、ある日から突然その額が減っておりますね」

「ああ。その頃から悪知恵をつけたのだろう」

「しかし、おかしくありませんか? 脱税した額が、あまりにも大きすぎるんです。これでは調査を依頼しなくても、財務班の方々なら、すぐに気づくと思うんですが?」


 ……ちっ、奴らの犯罪の重大さを知らしめる為に、額を大きくしすぎたか。さすがに迂闊だったな。


 財務班の連中も、俺様が指示を出した時に、何故これではバレると言わなかったんだ、無能共め。


「言われてみれば変だな。父上、今回の件に関与した責任として、自分がその不自然を解明いたします。安心してお任せを」

「何を勝手に――待て、どこに行く!」


 これ以上はさすがに分が悪いと判断した俺様は、背中に浴びせられる父上の声を完全に無視して、部屋を立ち去った。


 さて、これからどうするか……あまり悠長にしていると、変に勘繰られそうだ。さっさとケリをつけるべきだろう。


 くくっ……本当なら、民の前で公開処刑をしたかったが、こうなったら俺様が自ら奴らを死刑……いや、私刑してやろうじゃないか。


 実行日は……そうだな。俺様の誕生日のパーティーが終わった後、気分が良い所に更に面白い事をして、最高の気分になろうじゃないか。


「そして、その後に我が愛しの妻と……想像しただけでも、ゾクゾクしてくるな……くくくっ……!」

ここまで読んでいただきありがとうございました。


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