第三十四話 連行
突然やってきたマルク様の言葉が何も理解できなくて、私はポカンと口を開けてしまった。
「マルク王子、突然お越しになったと思ったら、随分と愉快な冗談を仰るのですね」
「ふん、冗談などではない。これを見ろ」
マルク様は、兵士から筒を受け取ると、書類を出して広げてみせた。
えっと……これ、なんなんだろう。なんか色々数字が書いてあるけど……全然理解できない。
「あの酒場の売上を調べさせてもらった。そのうえで、最近の納税の額を調べた結果、売上に対して納税された額が、明らかに低いのが発覚した」
「何を言い出すかと思ったら、不愉快な冗談でしたか。僕は国の法に基づいて、納税をしておりますが」
「この書類を見ろ。王家直属の、財務班の資料だ」
ヴォルフ様に手渡すのではなく、足元に投げたマルク様の事を睨みつけながら、ヴォルフ様は書類に目を通す。すると、みるみると目を丸くしていった。
「馬鹿な……明らかに僕が支払った額より少ないじゃないか!」
「何を喚こうが、これが記録として残ってる以上、反抗しても無駄だ。連れて行け」
「ふざけるな! くっ……やめろ、放せ!」
「ヴォルフ様! 今お助け致します」
拘束されてしまったヴォルフ様を救おうと、エリカさんが勢いよく飛びかかるが、マルク様と一緒にいた兵士が鞘から剣を取り出し、一瞬で倒してしまった。
「嘘っ……エリカさん!?」
体格が大きいお父さんを一瞬で倒せる実力があるエリカさんが、一瞬で倒されたのも驚きだけど、それ以上に……私にはエリカさんが斬られたように見えたのが、あまりにもショックだった。
「案ずるな、殺してはいない。ここで死んだら面白くないからな」
「えっ……?」
よく見ると、エリカさんは斬られた訳ではなく、剣の柄がお腹にめり込んで、その痛みで倒れたみたいだ。
「それにしても……腕に自信があるのかは知らないが、俺様の直属の兵士が、女一人にやられるはずないだろう、馬鹿が。くくっ……これで暴行罪も重ねてやろう。さあ、連れて行け」
「ヴォルフ様!!」
「来るな! 君は安全な所にいるんだ! 君達も手出しをするな! 僕達は大丈夫だから!」
連れていかれる二人を、私や騒ぎを聞きつけて来た使用人達が助けようとしたけど、今まで聞いた事がないくらい、切羽詰まったヴォルフ様の声に驚いてしまい、私達は足が石のように固まってしまった。
どうして? なにがどうしてこうなってしまったの? 嫌だ……私の大切な人達を連れていかないでよ!
「馬鹿な連中だ。俺様に逆らうからこうなるんだ。本当なら、この家全てを滅ぼしてもいいんだが、俺様は優しいからな。この程度で許してやる。それじゃあ、邪魔したな」
「ま、待って!」
私は、兵士達の後を追って去ろうとするマルク様の手を、震える手で握る。
正直怖い。今のこの人に逆らったら、何をされるかわかったものではない。それでも……恐怖に勝ってでも、あの二人と離ればなれになりたくない!
「きっと何かの間違いです! ヴォルフ様も、エリカさんも、凄く優しい人達なんです! お願いです、連れていかないで!!」
真っ直ぐ目を見てお願いするが、マルク様は不機嫌そうに舌打ちをしてから、私の手を払った。
「お前はつくづく馬鹿だな。お前は騙されていたんだよ。俺様に簡単に騙された時のようにな」
「ち、違う……違うもん……意地悪なあなたと、二人は違う!」
「戯言を。俺様はこれから忙しくなるから、構っている暇はない。奴らにどんな極刑を下すか考えないといけないんでな」
「待って!!」
一度振り払われた程度で諦めない。私は再度手を取ったが、再び払いのけられてしまった。それどころか、さっきよりも振り払う勢いが凄くて、尻餅をついてしまった。
「お願い……私の大切な人達を……」
「この……しつこいんだよ!」
尻餅をついてしまった私は、立ち上がる時間も惜しくて、マルク様の足にしがみつく。それが癇に障ったのか、マルク様は私の事を蹴り飛ばした。
「いい加減、自分達がいかに愚かだったかに気づけ! 俺様は、いずれ国王になる存在だ! 国王はこの国で一番偉い人間! つまり、俺様が次世代の神となるんだ! 神に逆らえば、罰が下るのは当然なんだよ!」
一度では満足していないと言わんばかりに、蹴られた痛みで蹲る私に、マルク様は何度も足をめり込ませてきた。
私の事なんていくらでも蹴っていい。だから……お願いだから、私の大好きな人達を……連れて、いかない……で……。
「オイラ達のセーラちゃんに何しやがる! いくら王子でも、やって良い事と悪い事があるだろ!」
「そうだそうだ!」
「……どこの雑魚かは知らないが、あまり調子の乗っていると、お前らも同じ目に合わせるぞ」
うぅ……じょ、常連さん達の声が聞こえる……駄目です、あなた達だって何も悪くないんだから……早く逃げて……。
「や、やや、やれるもんならやってみやがれ!」
「ほう、威勢がいいな。お前らのような馬鹿は、嫌いではない。では……オイラ達のセーラちゃんとやらの首を刎ねる。それでも良いならかかってこい」
顔を上げると、そこには剣を私の喉元につきつけるマルク様がいた。その姿は……私に初めて優しく声をかけて、婚約を申し出た人と同じ人とは思えないくらい、恐ろしく見えた。
「うっ……ひ、卑怯な……!」
「ふん……本当なら、俺様に逆らったお前らにも、厳罰を与えてもいいんだが、先ほども言った通り、俺様は優しいからな。今回だけは見逃してやる」
その言葉を最後に、マルク様は屋敷を立ち去っていった。
結局……私は今回もなにもできなかった。散々お世話になった人達を、助ける事が出来なかった。
私は……なんでこんなに無力なの……。
「どうして……どう、して……」
「しっかりしろセーラちゃん! きっとあの偉そうな王子の罠に決まってるだろ!」
「だな! オイラ達が知ってるマスターは、クソ真面目な男だ! そんな犯罪をしてるなんて思わねえよ!」
そ、そうだよね。ヴォルフ様もエリカさんも、優しくて真面目な人……そんな人達が、犯罪になんて手を染めるはずがない。
でも、仮に犯罪をしていないからといって、それをどうやって証明して、どうやって助ければいいのだろうか……。
駄目だ、散々蹴られたせいなのか、それともショックが大きすぎたのか……私を呼ぶ声が、遠くに聞こえてきた……。
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