表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/45

第三話 今日も仕事!

「い、いらっしゃいませ! あっ……お席はいつもの所で?」

「はい。ありがとうございます」


 お客さんは窓際の席に座ると、その場で本を読みだした。この人は常連のお客さんで、いつも一人でやってくる。


「ご注文は?」

「エール一つとフルーツ盛り合わせ、それとリンゴジュース」

「は、はい。いつものですね。少々お待ちください」


 私は伝票を持って厨房に行くと、すでにエールと、フルーツ盛り合わせと、リンゴジュースが準備されていた。


 相変わらず、マスターの仕事の早さはとんでもない。グズな私から見たら、神業と言っても良いくらいだ。


「持っていけ」

「はい、行ってきます」


 私は転ばないように気を付けながら、なんとか運ぶ事に成功した。すると、お客さんはエールをちびちび飲み始めた。


 いつも思うんだけど……この方、男の人……だよね? 中性的な顔立ちでわかりにくいけど、声が結構低いし、スラッとした長身で、とても美しい。エールを飲んでるだけでも絵になるよ。


 そんな事を思っていたら、彼は私にリンゴジュースを差し出した。


「こちらをどうぞ。好きでしょう、リンゴジュース」

「はい、大好きです」

「では、暇な時に飲んでください」

「いつもありがとうございます……」


 私は一旦裏に戻って、いただいたリンゴジュースを飲むと、リンゴの甘さと酸味が口いっぱいに広がって……凄く幸せな気分になれた。


「今日も貰ったか。よかったな」

「はいっ」

「元気、だいぶ出たな。今日も二人で頑張るぞ」

「はいっ!」


 マスターの言う通り、この店の従業員は、ホール担当の私、セーラと……マスターの二人だけ。


 さすがに人員不足じゃないかと思うかもしれないけど、マスターの料理の腕は凄く、一人で何でもできてしまうくらいだ。


 更に店も十組程度しか入れない程度の大きさだし、そもそもお客さんの数自体がそんなにいない。だから、二人でも大丈夫だ。


 ……まあ、私の仕事は遅いし、人見知りをするし、よくドジをするから……それらを加味したら、もう一人くらい雇っても良いんじゃないかって思うけど。


「うぃ~……お~いマスタ~! セラちゃ~ん! 来ちゃったぜー!」

「い、いらっしゃいませ~……」


 次に来店してきたのは、小柄で貫禄のある男性と、身長が高くて細い男性の二人組だ。この人達も常連さんで、いつも来てくれる人達だ。


 って……小柄な人の方が、既に顔が真っ赤になっている。どこか別の場所で飲んできたのだろうか?


「あの、私はセーラです……」

「こいつ、もう酔ってるから、気にしなくていいから! セーラちゃん、注文頼めるかい?」

「は、はい! も、もちろん!」


 アタフタしつつも、身長が高い常連さんから注文を聞き、それを厨房へと持っていく。すると、マスターは凄いスピードで準備を始めた。


 本当に凄いなぁ……料理の腕もそうだけど、事前にたくさんお酒の準備もして、料理の仕込みも……一人でそれをしてるなんて、いまだに信じられない。


「あ……い、いらっしゃいませ~」

「おい姉ちゃ~ん、オレ一人なんだけどさ~ちょっと遊んでくれよ~」

「ひぃ……!?」


 さっきとは別に、珍しく新規のお客さんが来店したと思ったら、変に私に絡んできた。顔が真っ赤だし、息も酒臭いし、この人も既にかなり飲んでるみたい。


「ちょっとくらい良いじぇねえかよ~!」

「その、困ります……」

「あなた、迷惑をかけるのはよしなさい」


 どうすれば良いか困っていると、あのリンゴジュースをくれた男性が、私と彼の間に割って入ってきた。


「大の男が、か弱い少女を困らせてどうするのですか」

「はぁ~? こんな所で働いてるなら、少しくらいは良いって事だろ!」

「い、嫌です……」

「嫌だと? 自覚が無さすぎんだろ、ふざけやがって! こっちはお客様だぞ!」


 恐る恐る首を横に振ると、案の定怒り出したお客さんは、目の前にあったテーブルを強く叩いた。


 これはマズいかもしれない……そう思った矢先、厨房からヌッとマスターが出てきた。


「おい、なにやってる」

「あんたが店主か? こいつが客に舐めた態度を取ってきたんだよ! 責任取りやがれ!」

「厨房から聞いてた。お前、俺の大切な従業員に手を出そうとしたのか?」

「はぁ? なんだ偉そうに!」

「五秒やる。ちゃんとセーラに謝罪をしろ。さもなくば、無理やりたたき出して、二度と店の敷居を跨がせない」

「ふざけんな! こんなとこ、こっちから願い下げだボケ! 二度と来るか!」


 結局私に謝るなんて事はせず、男性は怒りの形相で帰っていった。


 あー……こ、怖かったぁ……接客自体はほんの少し慣れてきたけど、ああいう類の相手は、この先も慣れそうにない。


「セーラ、大丈夫か?」

「あ、ありがとうございます。大丈夫です」

「そうか。一回厨房に来い」

「わかりました」


 マスターと一緒に厨房に戻ると、マスターは私の頭の先からつま先まで、ジッと見つめてきた。


「本当に怪我はないか」

「無いです」

「そうか」

「その……私のせいで、お客さんが一人いなくなっちゃって……」

「あんなのは客じゃない。それじゃ、俺は仕事に戻る。何かあったら、すぐに呼べ。それと、これを持っていってくれ」

「わかりました」


 私は注文があったお酒を持って、再びホールへと戻っていく。


 今日はちょっと特殊なパターンだったけど、その後は何事もなく、私の仕事の時間は過ぎていった――



 ****



「……んう……ぐぅ」


 コンコン――


「……ふにゃ……?」


 コンコンコン――


「……??」


 翌日のお昼頃、なにかが叩かれるような音に反応して、私は目を開けた。


 ……一体誰だろうか? 基本的に私の家に来る人なんていない。だって、遊びに来るような友達なんて出来た事がないし、知り合いだってマスターくらいしかいない。


 ……マスター……? え、もしかして本当にマスターが用があって来たとか? 一応あの人は私の家は知ってるから、無いとは言えない。


「は、はーい!」


 急いで玄関を開けると、そこにいたのはマスターではなく、メイド服を着た綺麗な女性が立っていた。


 その女性は、この国にはほとんどいない黒髪を短く揃えている、とても綺麗な女性だ。私よりも少し身長が高くて、切れ長の黒い目がちょっとだけ怖いけど、悪い人って雰囲気は無い。


「……ど、どちら様でしょう……?」

「突然の訪問、誠に申し訳ございません。私はライル家に仕えております、メイドのエリカと申します」

「ら、ライル家? それって侯爵家の……?」

「はい、仰る通りです」


 エリカと名乗った女性は、一切無駄のない動きでお辞儀をしてから、私の質問に簡潔に答えた。


 ライル家とは、貴族の世界に詳しくない私でも、名前を聞いた事があるくらいには名の知れている、侯爵の爵位を持つ家だ。そんな家の人が、私なんかに何の用だろう?


「我が主君のヴォルフ様が、あなた様に大切なお話がございます。なので、こうしてお迎えに上がりました」

「お話? も、もしかして私……知らないうちに何かご迷惑になる事を!?」

「いえ、そのような事はございません。悪いお話ではないので、ご安心を」


 よかった、もし知らない所で誰かに迷惑をかけてたら、その人に申し訳ない。


 ……うーん、本当に何の用で来たのか、全然わからない。もしかしたら、この人も私を騙そうとしているのかも?


 でも、そんな悪い人には見えないし、断るのも申し訳ないというか……そもそも、私にはお願いを断れるほどの度胸は無い。


「わ、わかりましたエリカ様。準備をするので、少し待ってもらえますか?」

「かしこまりました。焦る必要はございませんので、ごゆっくりご準備くださいませ。それと、私の事はエリカで構いませんわ」

「え、でも……それじゃあ、エリカさんで」

「はい。では後ほど」


 そう言って去っていくエリカさんを見送ってから、私は身支度を始めた。


 まさか、こんな所でこの前のドレスが役に立つとは思ってなかった。待たせるのも申し訳ないし、早く着替えないとね……。



ここまで読んでいただきありがとうございました。


少しでも面白い!と思っていただけましたら、モチベーションに繋がりますので、ぜひ評価、ブクマ、レビューよろしくお願いします。


ブックマークは下側の【ブックマークに追加】から、評価はこのページの下側にある【★★★★★】から出来ますのでよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ