第十七話 エリカさんの過去
パーティーから二週間ほど経ち……今日はお父さんに会いに行く日。私はエリカさんに、身支度を整えてもらっていた。
いつもと違う事としては、今日着ている服が、屋敷で着るドレスではなく、動きやすいエプロンドレスだ。久しぶりに着たけど、やっぱりこれが一番しっくりくる。
いつものドレスでも、行けない事は無いけど……お父さんに綺麗なドレスを見せたら、驚いてひっくり返っちゃうかもしれないしね。
「完璧ですわ。お綺麗ですよ、セーラ様」
「ありがとうございます。いつも思ってるんですけど、エリカさんはお化粧が本当に上手ですよね。お母さんとかに習ったんですか?」
「私には母がおりませんので、そういった経験はございませんでした」
「えっ……ご、ごめんなさい!!」
「お気になさらず」
エリカさんの過去って、想像以上に重たい感じみたいだ……私があまり深入りしない方が良いような気もするけど、聞いてほしいなら聞くつもりだ。
「良い機会ですし、少し昔話をしてもよろしいでしょうか? まだヴォルフ様の方の準備がかかりそうなので」
「はい、わかりました」
エリカさんは、すぅ……と小さく息を漏らしつつ、どこか悲しげな表情のまま、ゆっくりとその小さな口を開いた。
「この髪を見て薄々気づいてたかもしれませんが……私は元々、外国の出身でして。生まれて間もない私は、孤児院の前に捨てられていていたそうです」
「孤児院……」
「はい。その孤児院は経営が困難で、誰も子供はいませんでした。今すぐにでも閉めてもおかしくないくらいでしたが、それでも私を育てる為に頑張ってくれました」
そんな素敵な孤児院があったんだ……たった一人の為に、また頑張ろうと思えるのは、並大抵の事じゃないよね。
「ですが、結局孤児院は無くなる事となりました。行くあてがない私は、旦那様……ラドバル様に拾ってもらいました。そこで忠義を誓い、今もこうして働いているんです……って、セーラ様?」
悲しそうな目で話すエリカさんを見ていたら、私の方が悲しくなってしまって……溢れ出る涙を止める事が出来なかった。
「元気を出してくださいませ、セーラ様」
「だって、エリカさんが大変だったんだなって思ったら、つい……」
「私は自分を不幸と思っておりません。むしろヴォルフ様やセーラ様、そして旦那様や他の使用人……皆様と暮らせて、私は幸せなんです」
私を優しく抱きしめるエリカさんは、とても暖かかった。それは体温だけじゃなくて、言動から感じる心の温かさも含まれている。
エリカさんは……本当に幸せなんだ。本当に……よかったよぉ……ぐすん。
「準備が終わった……って、どうした!? なんでセーラが泣いている!? まさかエリカが泣かせたのか!?」
「ああもう、セーラ様の事になると、周りが見えなくなるんですから! 落ち着いてくださいませ!」
「これが落ち着けるか!」
唐突に始まった言い争いをなだめ、事情を説明した後、私達は馬車に乗りこんだ。
今日のルートとしては、馬車で港まで行き、それで船に乗って炭鉱がある大陸まで行く。そこからは歩いて進んでいくって感じだ。
「あの、ヴォルフ様が行くのに、一緒に行くのがエリカさんだけでいいんですか?」
「どういう事だい?」
「だって、ヴォルフ様は侯爵家の当主なんですよ? 遠出するなら、もっと護衛とかつけるものかと……」
「護衛はエリカが兼任してるのさ」
エリカさんが? エリカさんってそんなに強いのだろうか? それに、たとえ強いとしても、一人では何かあった時に対処出来ないんじゃないだろうか。
「エリカの実力を舐めてはいけないよ。大の大人が束になっても勝てない。それに、あまり大勢の護衛を連れたら、大事になってしまう。あくまで今回は、侯爵家当主ではなく、セーラの旅の同伴者だからね」
なるほど、それなら納得……なのかな。私にはよくわからないけど、ヴォルフ様がちゃんと考えた結果なら良いんだけどね。
「それにしても……今日もセーラも、とても美しい。これならお父上に再会しても問題無いだろうね」
「美しいって……そんなの、私に似合わないですから……」
ヴォルフ様がじっと私を見つめながら言った言葉に、私は思わず恥ずかしくて視線を逸らした。
「何を言う、その素材を殺さない、エリカの完璧な化粧によって生み出された、完璧なセーラ! これを美しいと言わずに何と言うんだい?」
「ヴォルフ様。セーラ様が若干引いておられてます。旅だからと浮かれすぎないように」
「うっ……いいじゃないか……初めてのセーラと一緒の遠出なんだから……」
落ち込んでるヴォルフ様って、ちょっと珍しいかも……このままだと、ヴォルフ様が可哀想だ……。
「私、ビックリはしましたけど、嬉しかったです。だから、大丈夫です」
「セーラ……ふふ、本当にセーラは優しいね」
互いに笑い合いながら、私達は港までのんびりと過ごしていると、先程までしっかりしていたのに、ヴォルフ様は突然ウトウトし始めた。体も大きく揺れていて、今にも倒れてしまいそうだ。
「さすがにそろそろ限界のようですね。寝かせてあげてください」
言われた通り、ヴォルフ様を起こさないようにそーっと寝かせた……のはよかったんだけど、馬車の中がちょっと狭くて、私の膝に、ヴォルフ様の頭が乗ってしまった。
これって膝枕……? ぴゃあぁぁぁぁぁ!?!? まさか自分がこんな恥ずかしい事をやるなんて、思ってもなかった!
「この旅の為に、ヴォルフ様は何日も徹夜で仕事をして、無理やりこの時間を作ったのです。お恥ずかしいのは重々承知ですが、このまま寝かせていただけないでしょうか?」
「な、何日も……?」
そんな大変な思いをしてまで、私の為についてきてくれたなんて……そんなの、嬉しすぎるよ。まだ恥ずかしいけど、このまま寝かせてあげよう。
「……はふぅ」
「エリカさんも眠いんですか?」
「い、いえ。私は大丈夫ですわ」
本当にそうだろうか? 基本的にヴォルフ様と一緒にいるんだから、エリカさんも無理なスケジュールを組んでいたとしてもおかしくない。
「エリカさんも休んでいてください」
「お心遣い、痛み入ります。ですが、私はメイドとして、何かあった時にお二人を守れるように、すぐに動けるようにしておかなければならないのです」
「大丈夫です! なにかあったら、私が守りますから! えいっえいっ!」
ヘロヘロではあったが、パンチを何度も見せてエリカさんを安心させるつもりが、何故か楽しそうにクスクスと笑われてしまった。
うぅ、やっぱり私のパンチなんかじゃ安心出来ないよね……。
「本当に可愛らしいお方ですこと」
「そ、そんな……可愛いだなんて……」
エリカさんもヴォルフ様も、私の事を綺麗とか可愛いって……嬉しいけど、私のような人間には、そんな言葉は似合わないし、なによりも恥ずかしすぎる……。
そんな事を思いながら、私は港に着くまでヴォルフ様に膝枕をして過ごすのだった。
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